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第15話 ハプニング

 ごくっとエリシアの喉が鳴る。


 目の前にいる三人の顔は、見たことがあるものだ。


(たしか、文官派である私たちによくつっかかってきていた武門派に属する令嬢たち……!)


 文官派から次の王太子妃候補が選ばれたことが、気に入らなかったのだろう。


 なにかつけ、エリシアやその友人たちに、嫌みをこめた眼差しを投げつけていた少し年上の令嬢たちを見つめる。


 一度大きく息を吸った。


(慌てないで……。破滅フラグを折るためよ)


 そのためならば、完璧令嬢といわれた名に恥じず、嫌みや過去の出来事もすべて完璧にスルーしてみせる!


 そう心の中で握り拳を作ると、花のようだと称えられる完璧な笑みを浮かべた。


「ご機嫌よう。サンドラ嬢、パトリシア嬢、シェイラ嬢」


 できれば会いたくなかったが、そんなことは言っていられない。


 微笑みながら社交界で鍛えた美しい姿勢で立つと、相手はエリシアが先に礼をするつもりはないのに気がついたようだ。


「ふん、いつまで王太子妃候補のつもりなのかしら。実家の宰相家からも捨てられたくせに」


 グッと手のひらを握りしめる。


「あら、ご存じなかったのですね。私は今やあなた方の属する武門の長であるレオディネロ家の女主人ですわ。私が自分から先に膝を折ることは、あなたがたに礼を失させることになります」


 だから、待っているのですよと爽やかに付け加えれば、それが同時に今のエリシアと相手の令嬢との立場の差を示していると気がついたのだろう。


 ぷるぷるとパトリシア嬢が手を震わせた。


「この間まで文官派の筆頭令嬢だったあなたが、ラウル様の結婚相手だなんて……」


 キッとその眼差しが鋭くなる。


「そんなこと認められるわけがないでしょう!? 武門のことをなにも知らないあなたに、ラウル様の伴侶が務まるはずがないもの……!」


「そうよ! 第一、あなたは王太子殿下と長年婚約していた身でしょう!? それなのに、婚約を破棄されてすぐに、恥知らずにもほかの相手と結婚するなんて! お下がりを押しつけられたラウル様の身にもなってみなさいよ!」


「だいたい、ふつうならば、婚約者と親友の不実を嘆いて修道院にでも入るところだわ! それなのに、ラウル様をこんなふうに王太子殿下が撒いた醜聞の後片付けに巻き込むだなんて……!」


(あー、なるほど……)


 パトリシアに続き、サンドラとシェイラの言葉を聞いて、この令嬢たちがしていた先ほどの眼差しの意味がわかった。


(そうだったわ。ラウルには、隠れファンがいるという噂だったのよ)


 当時は、武門派の中の誰かという程度しか知らなかったが、どうやらそのファンのうちの一部が、目の前にいるこの令嬢たちらしい。


(うーん……、よくあの性格を目にして、ファンでいられるわね……)


 どういう趣味をしているのだろうと思わないでもないが、人の好みはそれぞれだ。


 ファンである彼女らから見れば、ラウルの妻というだけでも腹立たしいのに、それが自分たちと敵対していた文官派の元王太子妃候補の女性だというのだから、忌ま忌ましさは二倍だろう。実際その眼差しは、宮廷で王太子妃候補であった時にエリシアに向けられたものよりも、憎々しげになっている。


「それなのに、親友に裏切られて婚約者に捨てられた挙げ句、その後始末をラウル様に押しつけるだなんて――」


 パトリシアの口にしたレヒーナを指す言葉に、胸がきゅっと痛んだ。


 慌てて、深呼吸を一度する。


「たしかに私は、王太子殿下の婚約者でしたが……」


 捨てられたことに罪はないはずだ。むしろ、親友に恋人をとられた辛い思い出を振り切って、明るく前へ向かって歩いていこうとしているのに、どうして過去はエリシアを捕らえて放してはくれないのか。


「親友である私を裏切り、婚約者である王太子殿下を奪ったのは、レヒーナです。そして、同じように婚約者である私を裏切ったのは、フェルナン殿下です」


 ――裏切ったのは、自分ではない。糾弾されるようなことは、エリシアはなにもしていないのだ。


 だから、背を伸ばして真っ直ぐに三人の令嬢を見つめた。


「それに、この結婚は王命でした。国を二分しないために、敢えて私との縁談を呑まれたラウル様の賢明なご判断を、私も尊重したいと思っております」


 ――だから、これ以上その件について口にするなと、言外に告げながら微笑めば、相手はラウルの伴侶としての公爵夫人らしい笑みを浮かべるエリシアの態度に苛立ったのだろう。


「なによ! 妻みたいな言動をして! あなたなんて、ラウル様は仕方なく娶っただけなのに――!」


「そうよ! その証拠に、ラウル様は披露宴だって開かなかったと聞くわ!?」


 サンドラ、シェイラの言葉に続き、パトリシアが口を開く。


「それが、ラウル様があなたを厄介だと思っているなによりの証拠よ! それに文官派の出身であるあなたが、今後どうやってラウル様を支えられるというの!? あなたより、ずっと長く側にいたマルティナ様のほうが、ラウル様にはお似合いだというのに!」


 マルティナ――聞いた名前に、一瞬息を呑む。


(それは、ラウルが恋をしていたという……)


 本に出てきた名前だ。動揺を隠すように、大きく息を吸った。


「たしかに、私は文官派の生まれで、武門の妻としては、至らないところばかりかもしれませんが……」


 震えそうな口を、必死で動かす。


「それでも、国を争いで分かちたくないというラウル様のお考えには共感いたします。ラウル様が、それを望まれるのならば、私は今後は妻として、その考えに寄り添いたいと思っています」


 必死で強がる心を集めて、微笑んだつもりだった。


 しかし、目の前のパトリシア嬢は、エリシアの言葉にカッとしたようだ。


「妻って――! 不要品のお下がり妻の分際で、よくもラウル様にそんな馴れ馴れしい――!」


 ドンと体を、扇を持った手で打ち据えられた。


「あっ!」


 ひょっとしたら、パトリシアにしたら、たいした力ではなかったのかもしれない。


 しかし、幼い頃から武芸で鍛えていたのだろう。細いが筋力のある手で打ち据えられたせいで、体が後ろへとよろけてしまう。


「お嬢様!」


 少し離れたところにいたロラが、口元を押さえながら叫ぶ声が聞こえた。


 小高いところに茣蓙を敷いていたおかげで、押された体は、ゆっくりと後ろにある傾斜を斜めに下がっていくではないか。


「あ……」


 落ちると思った。草を踏んだ足は、止まるところがなく、背後にあった坂を滑っていく。


 ハッとした。見れば、後ろには泥だらけの池があるではないか。


(どうしよう。私、泳げないのに……!)


 いや、一見池に見えるが、ひょっとしたら泥だらけだから沼なのかもしれない。


 それならば、足が着くところに底があるのかも疑問だ。


(もし、底なし沼だったら、無事浮き上がってこられるかどうか――!)


 助けて、と必死で前に手を差し出した。


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