現代魔女は箒で飛ばない(らしい)
ここは、新幹線が開通したばかりの駅前にある喫茶店。
僕はこの店で先月からバイトとして雇われている。
ランチタイムのラッシュは、とうに過ぎ、午後3時を少し過ぎた頃。
店には今、僕だけだ。店長はというと、少し用事があるとのことで出て行ってしまった。
「店長もお客さんもいないと暇だなあ」
店内に流れるジャズの音楽に僕のつぶやきが混ざる。
「そうだ」
急な思い付きだが、店長が留守の時間だけ、店内BGMを変更させてもらおう。スマホと店のスピーカーを繋いでBGMを変更だ。
この後、来店するお客さんがいるかもしれないから聞かれても変に思われない曲がいいかな。
「よし。この曲にするか」
僕が選んだのは、テーマパークに再現エリアが作られる程ヒットした魔法学校を舞台にした某魔法ファンタジー映画のテーマ曲だ。
スマホを操作して店内BGMが切り替わる。テーマ曲が流れると、見慣れた店内がいつもとは違う雰囲気で少しワクワクする。
ファンタジー感に一人浸っていると、入口のドアが開く。新しいお客様のご来店だ。
「すみません。二人なんですけど」
新たなお客様は、気品漂うマダムが二人。一人は「京都」の文字が入った高級感漂う黒い紙袋を腕にかけておられる。お土産だろか。もう一人のマダムは、UVカット率が高そうな黒い日傘をお持ちだ。そのお陰か艶やかな肌が店内の照明で輝いている。
電車のダイヤからして、二人は京都方面から特急で敦賀に到着たところなのかもしれない。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
当店は、今、来店して頂いたお二人だけだから座りたい放題ですよ。
「じゃあ、窓際のテーブルにしましょうか」
「そうね」
京土産のマダムが席を決めて日傘のマダムがそのあとに続く。マダム二人は、優雅な足取りで入口近くにある窓際のテーブルへと向かった。
二人が席に着いたことを確認して、僕はお冷とおしぼりを二人分を用意してマダム達が待つテーブルへと向むかう。
テーブルでは既に二人がメニューを見ながら歓談を始めている。
「敦賀の駅も新幹線開通で変わったわね」
「そうね。駅前がオシャレになっててびっくりしたわ」
会話からして、二人は敦賀市民ではなく、他所からのお越しのようだ。ようこそ敦賀市へ。
それにしても、オシャレな服を着たマダム二人が、店がある駅前をオシャレだと褒めてくれている。地元民としては、嬉しい限りだ。
「ご来店ありがとうございます」
テーブルについた僕は、上機嫌でお冷とおしぼりを出しす。
「ブレンドコーヒーとチーズケーキをお願いします」
「私も同じものを」
マダム、ありがとうございます。二人揃って同じ注文をしていただけるとは、僕的に凄く助かります。
「ブレンドコーヒーとチーズケーキをお二人分ですね。少々お待ちください」
さて、厨房でコーヒーを煎れて、冷蔵庫にあるマスターお手製のチーズケーキを用意するとしよう。
カウンターを挟んだ厨房にいても、店自体は広くない為、マダムたちの会話は、変更した店内BGMと共に耳に入ってくる。
「新幹線が開通して、金沢や東京への移動が便利になるわね」
「そうね。あとは、空港に定期便なんかが来てくれると福井の人も、もっと便利になるんじゃない」
日傘のマダムが、我が福井県の航空事情に触れてくれた。
福井県にも空港はある。ただ、滑走路の長さや隣県の空港拡張なんかが原因で、今は旅客機の定期便がないらしい。というか、嶺南の敦賀市民の僕からすると馴染みが薄い話ではある。※あくまで個人の意見です。
「でも、私たちには必要ないんじゃないかしら」
「それもそうね」
おや。マダムたちは、鉄道での移動の方がお好みのなのかな。それはそれで優雅な特別列車での旅をしているところを想像してしまう。
「私たち、魔女にとってはね」
ん? 京土産のマダム、今、なんとおっしゃいましたか。
「箒に乗って移動すれば、飛行機事情なんて関係ないものね」
んんん? 日傘のマダムも?!
おいおい。いい歳した……いや、オシャレで優雅なマダムが、そんな子供が描くような設定話を恥ずかしげもなく繰り広げるなんて痛々しいですよ。
ここは千葉にある夢の国でもなければ、大阪にある映画の国でもないんですよ。福井敦賀にあるごくごく普通の喫茶店なんですよ。
おっと、いけない。聞こえてくるマダムたちによる予想外の会話内容に気が散ってしまった。注文されたコーヒーの方に集中しなくては!
「でも、箒で飛ぶのも疲れるのよね。移動手段が増えてくれるなら、新幹線でも飛行機でも私は歓迎よ」
日傘のマダム、聞いてるそばからなんてことを言うんだ! 魔女は箒に乗って、空飛んでなんぼでしょうが!
そういう設定の会話をするなら、ファンタジー感を壊すような話はしないでくれ! 折角、僕が選曲した魔法ファンタジーに溢れる店内BGMもなんかミスマッチだよ!
「あら、いけない。私ったら、外で魔法のことを話すなんて迂闊だったわね」
もう、手遅れです。だってここに一人聞いちゃった人がいるんですから。
でも、変に反応するのは、まずいよなあ。会話の内容がアレだもんなあ。かと言って、お客さんを変な目で見て接客する訳にもいかないし……
「大丈夫よ。ここのオーナーも魔女だもの。そういった店には、魔女以外に聞かれちゃ不味い会話は、上手く誤魔化してくれる魔法が何かしらかけられいるものよ」
うちの店長も「魔女」だと? 京土産のマダム、それはとんでもない追加設定ですねえ。
てか、店長。あなたも魔女だったんですか⁈ もし本当なら、誤魔化しの魔法かかってないから僕の耳に自称『魔女』のマダム2人の会話がそのまんま聞こえちゃってますよ!
まあ、リアルな話。魔法なんてないから普通に僕の耳にも聞こえるわけですよ。
「そうだったの。じゃあ、さっきの会話、店員さんにもばれてないかしら?」
顔を見合わせていたマダム二人がこっちを見ている。これまでの会話を店内で聞いていた僕の顔色を窺っているのか。
とりあえず、某ハンバーガーチェーンのようにゼロ円スマイルを送っておこう。
「ニコっ」
さて、二人の反応はどうだ。
「ペコっ」
会釈を返された。まあそうなるか。
おや。いろいろ脳内ツッコミしているうちにコーヒーを煎れ終わってしまった。あとは、冷蔵庫からケーキと一緒にお出しするだけだ。
さて、ケーキ用のお皿を出してーー
「ほら。店員さんのあの笑顔を見て。大丈夫だったでしょう」
全然大丈夫じゃないですけど、京土産のマダムには、大丈夫だと思っておいてもらいましょう!
我ながらナイススマイル、僕。
「帰りに店員さんへ記憶消去の魔法かけてかないで大丈夫かしら」
どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 日傘のマダム、何を言っていらっしゃるんですか? なんかヤバい事になってきてない? 店長だけでなく僕も巻き込まれるパターンですか⁈
「もう、心配性ねえ」
いや、日傘のマダム。僕はあなたの事も心配ですよ! いや、それよりも今は自分の心配をせねば!
マダムたちのファンタジー設定に巻き込まれたら、今日のバイトは、無事に終わらないかもしれないぞ。
ダメだ。この後の二人に対する接客を考えたら動揺で手元がーーー
ガシャーン!
やってしまった。ケーキ用の皿を床に落としてしまった。
「店員さん?」
僕を呼ぶ京土産のマダムの声。
はっ! もしや、自称魔女の会話を聞いて動揺したことに気づかれたか⁈
はじめまして。キョウモト ケンです。
読んで頂きありがとうございます。
ブックマーク、評価を頂けたらとても嬉しいです。
今後の投稿も、頭の中で深く考察せずに、楽しんで読んで頂けたら幸いです。