ワッツ
ワッツはレムール大陸の西側に広い領土を持つアメリナ帝国の第3の都市だ。首都ヨークが政治の中心であるのに対し周辺に鉱山が点在するワッツは鉱工業の町だ。
なんで俺がそこにセイフハウスを持っているかというと、
数ヶ月前、転移しながらあっちこっちを調べていた時、
金の鉱脈を見つけた。
変換魔法を応用して金と銀を抽出し砂金と銀のインゴットにして、それをワッツに持ち込んだ。
子供が砂金を売りたいと店に持ち込んだりすると、当然当局に通報され厄介ごとに巻き込まれるので、俺は砂金をワッツの町の1番治安が悪くて怪しげな素材の買取店に持ち込んだ。
この世界は魔物を倒した時に取れる素材や、魔石、迷宮で見つかった物や素材などを買い取る素材屋が、大きな街には必ず存在している。
鉱山には利権が存在し、荒くれ者の鉱夫が沢山いるワッツの町には当然歓楽街が存在し、そこにはそれを仕切るその筋の人達がいる。
裏社会の人間の絡んでるであろう素材屋に、子供がそれなりの量の砂金を持ち込んだら、まぁ普通は碌な事にはならない。
まともな店だったらそのまま買い取ってもらうか、通報されそうなら逃げれば良い。
運良く俺の入った店は、期待をを裏切らない素晴らしい店だった。
まず、俺を捕まえようとした数人のお兄さん方をボコボコにして、そこから上へ上へと辿ってこの街を仕切るドン・ドローネに会う事ができた。
ドローネ氏は話のわかる御仁で、
俺の持ち込む素材や金、銀などをきちんと手数料をとって換金する。
俺の代わりに町に家を借りて、それを維持管理する事。
俺の事は一切詮索無用である事。その分換金手数料上乗せする。
というウィン・ウィンの契約を結ぶ事ができたのだ。
ドローネ氏は俺の事を気に入ってくれて、今後、関わらないでくれるなら手数料は一切要らないとまで言ってくれたのだが、俺も鬼じゃない。
通常レートプラスアルファの手数料は取ってもらう事にした。
で、俺のセイフハウスだが、町の隅の目立たない所にある一軒家で部屋数は台所と、沸かしたお湯を入れる式の
浴室と、他に3部屋。週に1回掃除人が入ってくれるが、
そのうち一部屋は転移に使うので鍵をつけて誰も入室禁止。
荒野や山の中に転移するのと違って、街中で人の目に触れずに転移するのは中々難しいのだ。大きな町の近くだと郊外でも結構人の目があったりする。
無駄の多いやり方だとは思うが、成人するまでは仕方がない。
ドローネ氏が、田舎貴族の子弟が街に遊学に来ているという内容の身分証明書を作ってくれたのはありがたかった。
今度、抗争でもあった時は手伝ってあげようと思った。
そんな訳で、ワッツの家の一室に転移した俺は、体を拭いて帝国式の服に着替えて街に出た。
何度か来ているので、顔見知りになった近所の食堂で
夕食を食べて部屋に戻って1人反省会。
それにしても、今日のエネルギー反応は凄かった。
中心に太陽が出現したかと思った。
どこかに飛ばせたから良かったものの、あのままあの場で爆発でもしたらと思うと恐ろしい。
今後、この手の実験をするならどこかに隔離空間を
作ってそこでやるべきなのか?
そもそもそんな空間を作れるのか?
亜空間収納は中では時間も停止する為、入れた物を中で、操作する事は出来ない。
自分も入れる別の次元空間なんで作れるのだろうか?
試した事はないが、時間移動もできそうなので生物が生まれる前とか、いなくなった後の星で試す事は可能かもしれないが、戻ってきたら現在が同じところなのか、
並行世界なのかとか、わからない事が多すぎる。
結局、今のようにはっきりした理論的裏付けがないまま、実験するのはやめる事にした。今現在何も起こってないこと自体、運が良かっただけなのかもしれないのだから……
しかし、勇者の家来的な立場の俺でも、現状制御しきれてないにせよ、膨大なエネルギーを操れるのだ。
成人した勇者は更に凄い力を持っていて、と考えると、
勇者パーティと、対等に渡り合う魔王の力とはなんと
恐ろしい事か……
改めて強くならねばと決意する俺であった。
私の名前はドン・ドローネ
アメリナ帝国のワッツの街を取り仕切る4人の顔役の1人だ。
今日うちの組織に殴り込みがあった。こちらはそれなりに腕に自信のある荒くれ共が20人以上いたのだか、
そいつはたった1人。しかも素手で殴り込んできた。
しかもどう見ても子供。12〜3歳にしか見えない。本拠地にしている家に入ってきて、こちらが武器を持っていても、全く気にせず片っ端から殴り倒していく。
普通は人が人を攻撃する時はなんらかの覚悟というか、躊躇があったりするのだがこいつは違う。
全く無表情のまま、呼吸をするように当たり前に殴り倒してゆく。
しかも殺す気はないようで、誰1人死んではいない。
「何の用だ」
という問いかけにも一切答えず、私以外の全員を
叩きのめした後、私の前に来て
「取引したいんだけど大丈夫かな?」
口元は笑っているが、目は笑ってない。
この目は子供の目ではない。老練な狩人?いや、
昔、一度だけ見たことのある伝説の殺し屋がこんな目をしていた。
こいつは絶対関わってはいけないやつだ。
私は、生命以外はなんでも差し出す事を覚悟した。