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嫌な転生

歌転生

作者: 水無月 黒

……何も見えない。

……何も聞こえない。

……何も感じない。


 気が付くと真っ暗闇の中にいた。

 自分自身も感じられない曖昧な世界で、何だかぼんやりとして何も考えられないままに、ふと思った。


 ああ、僕は死んでしまったのだ。


 ここは死後の世界だろうか?

 何も分からない、何も考えられないまま、ただ暗闇の中で微睡んでいた。

 そして、どれくらい時が流れただろうか。

 ほんの一瞬かも知れない。

 何百年も経っていたのかもしれない。

 時が流れているのかも不明な暗闇の中で、変化の兆しが現れた。

 最初に聞こえたのは、音だった。


――タン、タン、タタン。タン、タタン。


 何かを叩くような音が調子よく繰り返される。

 これは、律動(リズム)


――アーアーアアー。アー、アアー。


 高く、低く、響く声。

 これは、旋律(メロディー)


――アーアーアアー。アー、アアー。

――アーアーアアー。アー、アアー。


 最初の者の声に重なるように響き合ういくつもの声。

 これは、和声(ハーモニー)


 これは、歌だ。


 そう気が付くと、暗闇の世界が一気に開けた。

 数名の人が声を合わせて歌っている様子が手に取るようにわかる。

 ああ、僕は歌になったのだ。


 ここは原始的な世界のようだ。

 人々は木や石や骨を利用した簡単な道具を使い、動物の毛皮を加工した服を着ていた。

 家族を中心とした小さな集団で生活し、他の集団とも交流はあるが国のような大きな集団にはなっていないようだ。

 そんな小さな集団の中で、()は生まれた。

 そして、少しずつ広がって行った。

 最初は交流のある隣の集団に。そこからまた交流のある別の集団へと。

 気が付くとかなり広い範囲で()が歌われていた。

 不思議なことに、()が広がるにつれて集団が大きくなって行った。

 同じ歌を歌う者は仲間とみなし、助け合うようになった。

 仲間にならない者達もいた。

 微妙に種族が異なるためか、歌を歌わない者達だった。

 彼らは力が強かったり、知能が高かったり、器用に道具を作ったりする優れた者達だったが、大きな集団を作ることはなかった。

 歌わない者達は、小さな集団に分かれたまま、環境の変化に付いて行けずに消えて行った。


 一方、唯一の人類となった者達は世界中に広がって行った。

 山を越え、海を越え、極寒の地にも熱帯の森林にも人々は住み着いた。

 そして()も世界中に広まった。

 各地に散らばった()は様々に変化し、多くの種類が生み出された。

 人々が言葉を操るようになると、()に歌詞が付くようになった。

 ()はますます種類を増やした。それでもその全てが僕だった。

 やがて、文明が芽生えた。


 文明が興ると変化が速くなった。

 ()はさらに種類を増やした。

 仕事の歌、恋の歌、子守歌、歴史を語る歌、英雄を讃える歌、祭り歌、戯れ歌。

 歌の種類が増えただけでなく、楽器類も大きく進歩した。

 打楽器、弦楽器、管楽器、鍵盤楽器。

 歌を伴わない楽器だけの音楽も色々と増えていた。

 それでも、()は生き続けた。


――主は天にありて我等を見守る。

――主は地に降りて我等を導く。


 巨大なパイプオルガンの重厚な音と、大勢の声を合わせた厚みのある和声が織りなす、それは神を讃える讃美歌。

 ずいぶんと形が変わったように見えて、人と人を繋げるそれは原始の()を色濃く受け継いでいた。


 やがて、別々に発生した文明が出会い、交流を始めると、多くのものが新しく生まれて行った。

 新しい技術、新しい知識、新しいファッション、新しい文学、新しい芸術、新しい音楽――新しい歌。

 世の中が豊かになると、娯楽としての歌も増えてきた。

 喜びの歌。

 悲しみの歌。

 激情を叩きつけるように歌う歌。

 静かにしみじみと謳う歌。

 恋の歌。

 失恋の歌。

 家族を想う歌。

 友を想う歌。

 故人を偲ぶ歌。

 季節を歌う歌。

 雄大な自然を歌う歌。

 社会に訴えかける歌。

 何も考えずに言葉の羅列を歌う歌。


 社会は豊かになり、世界に歌が満ちた。

 人類は栄華の極みにあった。

 しかし、栄華の中にも静かに翳りが忍び寄っていた。


 退廃的な歌が歌われた。

 刹那的な生が歌われた。

 反社会を賛美する歌が歌われた。

 将来への不安が歌われた。

 絶望が歌われた。


 豊かで幸せな世界がやがて終わることを、人々は敏感に感じていたのかもしれない。

 不安は不満に変わり、人々はそのはけ口を求めた。


 誰かを非難する歌が生まれた。

 仲間を賛美する歌が生まれた。

 皆同じであることに安心する歌が生まれた。

 異なる者を敵視する歌が生まれた。

 差別や偏見を助長する歌が生まれた。

 誰かを憎む歌が生まれた。


 歌によって繋がった世界は、より強い結び付きを求める歌によって引き千切られた。

 ナショナリズムが台頭し、世界は様々な軸で分裂、対立して行った。

 国家、民族、イデオロギー、宗教。

 異なる者達との間で緊張が高まり、そして戦争が始まった。


 局地的に始まった戦争は、瞬く間に世界中に広がった。

 そして、永く永く続いた。

 どこの国も、どこに住む人々も疲弊して行った。

 それでも戦争は終わらない。

 永く続く戦争は人々の生活に影響を及ぼしていった。

 歌われる歌の種類が減った。

 多くの人の生活に余裕がなくなり、また戦争に注力するために娯楽が制限された。

 多くの歌は封印され、小さな声でこっそりと歌われた。

 そんな中、唯一大々的に歌われた歌があった。


――敵を殺せ、殺せ、殺せ!

――血の川作れ、屍の山築け!

――奴らの血肉をぶちまけろ!


 軍歌だった。

 勇ましい軍歌に鼓舞されれて雄々しく戦う兵士達。

 その一方で、他の人々の活力は失われて行った。


 そして、軍歌以外の歌が消え去った。


 おそらくこの時既に人類は滅びてしまったのだろう。

 残ったのは兵器に囲まれて既に人間と呼べるのかも怪しい兵士達だけ。

 戦う意味を失った後も、戦うことしか知らない彼らは軍歌と共に戦い続けた。

 そしてその軍歌も途絶えて行った。

 敵に倒されなかったとしても、補給を失った兵士は長く活動することはできない。

 そして、世界は静寂に包まれた。


 再び僕は真っ暗な中にいた。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何も感じない。


 ()は死んだのだ。


 歌う者も聞く者もいない世界では歌は存在できない。

 この暗闇の中での微睡から覚めることはもうないだろう。

 そう思った。


――ポロン。


 しかし、なぜか音が聞こえてきた。


――ポロン、ポロン。


 微かで、今にも消え入りそうだったが、人のいなくなった世界に確かにその音は響いてていた。

 これは、()だ。

 かつて()だった残滓だ。

 それはオルゴールか何かだろう。

 戦乱を生き延びた自動楽器が、何かのはずみで動き出したのだろう。

 これは、もはや歌とは呼べない。演奏するテンポも微妙にずれていて、今にも止まりそうだ。

 そんな微妙な音楽が、人のいなくなった世界に響く。

 それにしても。

 滅び去った人類に手向ける鎮魂歌(レクイエム)が、まさか生誕を祝う曲になるとは。何とも皮肉なことだ。

 やがて曲はゆっくりになって行き、そのまま途切れた。


 曲が止まると再び静寂に覆われた。

 ささやかな音でも、無くなると寂しい。


――リーリー。


 静かすぎて、さっきのの曲の残響が聞こえる。


――リーリ、リー。


 あれ? 残響じゃない。


――リーリ、リーリー。


 実際に音がしている。


――リーリ、リーリーリーリー。

――リーリ、リーリーリーリー。

――リーリ、リーリーリーリー。

――リーリ、リーリーリーリー。


 世界が開けた。

 これは、歌だ。


 刻む韻律(リズム)は命の鼓動。

 奏でる旋律(メロディー)は魂の調べ。

 重なる和声(ハーモニー)は絆の証。

 人無き世界で、歌が生まれた。

 一体、何者が歌っているのだろうか?

 獣だろうか?

 鳥だろうか?

 虫だろうか?

 それとも、全く別の何かだろうか?


――リーリ、リーリーリーリー。


 いずれにしても、人類に代わって歌を受け継いだのだ。

 生誕、おめでとう。

 この世界は、君たちのものだ。


歌を歌うことによって人が人になった世界です。

たぶん、異世界の話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ―リーリ、リーリーリーリー。  いずれにしても、人類に代わって歌を受け継いだのだ。  生誕、おめでとう。  この世界は、君たちのものだ。 この終わり方まで神すぎる
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