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夜空の夢  作者: 珠眠十話
はじまり
1/7

夢の始まり。現の終わり

私が頑張れば、それでみんなが幸せに…

 夕来(ゆうらい)の里。少女の住むこの里は、夕暮れが美しい事で有名だった。普段であれば、この夕暮れの時間帯は他所からの旅人やこの里に住む住民の幾らかが、美しい夕日を眺めに、ここ『空見(そらみ)の大橋』に集まっている。

 そう、普段であれば。

年に一度の神楽舞の日。この行事は里の巫女が舞を披露し、里の住民、この里の安泰を祈るというものだ。だから今日は特に人が多くても良いはず。だが、ここには誰もおらず、巫女がいるはずの神社にも誰もいない。

 今日は神楽舞の日であると同時に『忌日』なのだ。忌日は多くの人が悪夢を見る傾向が高い日。この日だけは異常なほど悪夢を見たという人が多い。そういったものは怪異のせいだと信じてやまないこの世界の人々は恐れ、外に出ることがない。

 さらに今年は数十年に一度あるか無いかの『厄年』だ。巫女やそれに関わるもの全てが、そう告げた。


空見の大橋で夕陽を眺める少女は真っ白な装束に身を包み、その光のない瞳に故郷の空を映した。けれど、少女は何も感じていなかった。今の異常な世界を何とも思えなかった。

「さあ、参りましょうか。夜空様」

 隣に立つ色白の男が少女の手を引いて歩き始める。橋から里に戻っても、誰も迎えることはなかった。彼女と一人は異様な静けさの中、里を見下ろす神社の裏山、そこの大樹を目指して歩いた。


私は昔から夢を見なかった。将来の目標も、眠ってみる夢すら見たことがない。途中からではなく、生まれつき夢を見ることが出来なかった。昔はこのことを話しても、冗談だと思われて、みんな笑っていた。それが冗談でなくなったのは、私の体の成長が止まったときだ。現に私の体は年齢にそぐわないほど小さく、声もまた昔のまま幼い。


 人々はそんな自分たちとは違う存在を怪異と呼び、蔑み、恐れた。怪異はこの世界に悪影響を与える元凶。それを殺すことで平和を勝ち取ってきた。


この里にはこんな伝承がある。


『白い子供は神の子であり、悪魔の子。夢の終わりは世界の終わり。お山の大樹に捧げなさい。正しくない願いはお札の中に。滅びを避けよ。滅びを避けよ。世界を正しくするため、かみさまの腹の中に逃げなさい』


 これを解釈した学者たちは私の特徴に当てはめた。神様の恩恵である夢を見ない罰当たりな子供を生贄に捧げたかったのだ。

私の眠りにあるものは何もない。目を瞑って広がる景色は何も存在しない。あるのは一切の闇だけ。

 この世界では夢は大切なものとして扱われており、それが悪夢であろうとも夢は夢。それもまた大切で尊いものなのだ。人々は悪夢を恐れていながらも心のどこかで大切に思っている。私にはそう思うことが出来ない。故に…私は欠陥品。


「さよなら、阿久田(あくた)さん」

 私は自分を気にかけてくれた人の名前を最後に言った。彼をきっかけに何かが変わるなんてことはなかったが、彼だけが私に対して他の人とは違う行動をしていた。


 感情が分からない。生まれて少ししてからから笑わず、泣かず、表情を変えなかった。変えることが出来なくなっていった。

そんな子を誰がどう見ようと思い浮かぶものは『異常者』という事だけ。更にそれを喋ってしまったのであれば、より一層思われるのは明白。だから、私を気に入らない人から石を投げられて大怪我をしたことがあった。頭からは大量の血が流れ、真っ白な私の髪は真っ赤に、そして真っ黒になったらしい。

その時も泣くことはできなかった。涙も流れてくれなかった。その時にあったのは痛みだけ。痛覚はある。けれど…子供のように泣きじゃくることが出来なかった。

 そんな使い物にならない私にも好機が訪れた。それは巫女の正当後継者である姉が背負いきることが出来ない穢れ、この世界にとって良くない物を代わりに背負うというものだった。

巫女の血を継ぐ私たちは怪異を祓い、人々がより良い夢を見ることが出来るように心の調整をする。そんな大役を任されたのだ。

 今までは「あの子には無理だ」とか「朝陽(あさひ)だけで十分だろう」と言われ続けてきたが、ようやく私を認めてくれる可能性が出てきた。それを信じて私は請け負う事にした。

姉の力になれる。皆を助けることが出来る。そう信じていた。


 人の抱えられる悪夢には限界がある。人間がどれだけ強かろうと、ある出来事がきっかけでぽっきりと折れてしまうものだ。また、どれだけ夢が尊いものだからと言って、夢を貯蔵しすぎるのも精神的に悪影響を及ぼす。壊れてしまう前に壊してしまう。それもまた、一種の救いなのだろう。

 けれど、それ以外にも道はある。限界を迎えるのなら今生きている人間の代わりに不適合者に押し付けてしまえばいいのさ。なにせ、大きすぎる悪夢に必要なものは無限に続く大きな虚なのだから。


 厄年は全てを変えた。いくら巫女とはいえ、何十、何百もの悪夢を祓っていたら人ではなくなってしまう。次第に悪夢は収束し、大きな変革をもたらすと言われている。そうならないように対策がされているが、今年は少し違う。今までにないほど大きな器があるのだ。そのことを知る一部の人間は笑った。世界はこのまま安泰だと。


 彼女たちが御神体である大樹の根元にある小部屋着くと、儀式の準備が始まった。彼女の腕が赤い縄で縛られ、壁に括り付けられる。そして、最後に目、首、腕、脚包帯が巻かれた。

「さあ、始めましょうか」

 男が何かを口ずさみ始めた。それは歌のようにも、呪いのようにも聞こえる。彼しか知らない言葉による詠唱。それを終えると、報告のために来た道を戻っていった。

「全く…なぜこのような面倒な事を…何をしたところで、怪異によって滅ぼされるというのに」

 面倒そうに独り言を話す男。だが、彼は笑っていた。


 誰かがあくびをした。それは瞬く間に広まり、多くの人が眠りについた。


次回投稿予定:2022/07/01 or 2022/07/02

遅れないように頑張ります。

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