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第1章 5

 店の壁掛け時計からそのまま店内の壁へ目を転じると、もともとは白い漆喰で塗られた壁だったようなのだが、ところどころ経年により漆喰が剥げて下地がむき出しの箇所があり、そういったところには料理の名称と価格を示した木製の札や飛行機の写真をあてがっているようだが、それでも札や写真の枚数には限りがあったのだろうか、カバーしきれないむき出しの下地の箇所が散見される。


 床材は昭和の時代を思わせる塩ビ素材の茶色のフロアクッションとなっていて、これがきれいなパターンデザインとなっているが、ところどころ剥げかかったり、欠けていたり、穴が開いていたりでひどくみすぼらしい。


 窓は、花などの模様をあしらった薄いすりガラスの板が濃い色の木枠にはめられた引き違い戸となっており、それが店の入口ドアを入って左右に二か所ずつと店の入口ドアを挟んで左右にそれぞれ一か所ずつあり、今は強風でバリバリと音がしており割れないか心配である。


 店内の雰囲気は、古臭い壁や窓、ブラウン管型テレビによる昭和の時代感に支配されているが、それでも単なる古臭さに終始せずに、ある種のエキゾチック感を醸し出しているのは、店内の天井のデザインによるところが大きいと思う。


 天井全体には、ちょうど二つの勾玉のような形を組み合わせた一つの巨大な円が描かれており、二つの勾玉のうち一方は赤色を基調とし薄赤色や黄色、白色が混ざり合ったガラスモザイクが、もう片方の勾玉は黒色を基調とし緑色や茶色、黄色が混ざり合ったガラスモザイクが一面に施されている。


 また、この赤色と黒色の勾玉のような形の少し円形に太った側の真ん中にはそれぞれ突起があり、赤色の勾玉の方には単に黒色のガラス球が埋め込まれているだけのようだが、黒色の勾玉の方にはガラス球の中にさらに電球があり、赤色に輝いており、それに加えて、それぞれの円卓の上の天井から吊るされたLED電球の黄色い光が、ガラスモザイクに反射し輝くさまが美しい。


 後で聞いたところだと、この意匠は太陰太極図とか陰陽太極図とかいうらしいが、最近日本でも認知されてきている四川料理の非常に辛いことで有名な火鍋が、一つの鍋で二種類のスープ――辛い麻辣スープと辛くない白湯スープを楽しむことを基本としているようなのだが、この火鍋の専用仕切り鍋のデザインに良く似ている。


 卓上に目線を移すと、定番の酢や醤油、ラー油が入った小瓶に加え、紙ナプキンや爪楊枝、メニューが置いてあった。


 ラー油については既製品というよりは、店で特別に調理したものなのであろうか、粒子沈降した後の低粘度スラリーのように、赤色の油層の下に唐辛子、ねぎ、しょうが、にんにくなどの具材が沈殿しているように見える。


 水の入ったグラスを両手に持って戻って来た赤いチャイナ服姿の女性店員が、僕の手元に勢い良く置いたグラスからはカラカラと涼しい音がした。しかし、王玲のグラスからは音がしなかった。王玲はやはりこの店の常連であるらしい。


 赤いチャイナ服姿の女性店員は、注文が決まり次第声をかけるようにと正確な日本語で伝えると、再びホールから厨房の方へ戻って行った。


 さっそくメニューを開くと料理の名称は英語のアルファベットや日本語の漢字・ひらがな、中国語の簡体字で表記されており、料理の内容としてはかなり本格的であり、ピータンと豚肉の粥である〝皮蛋痩肉粥〟、小さな土鍋で米を炊き、炊きあがる直前に各種の味付けした具を乗せた〝煲仔飯〟といった中国の定番のご飯ものから、おなじみの〝雲呑麺〟、天井のデザインと共通性を持つ〝火鍋〟、丸鶏の素揚げである〝脆皮炸子鶏〟があり、シャコをからっと素揚げにしてから、にんにくや唐辛子、塩で味付けして炒める〝椒鹽瀬尿蝦〟といった香港料理まであった。


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