第1章 4
建物は二階建ての飲食店兼事務所といった作りで、建物一階の飲食店は照明が明るく灯りにぎやかな雰囲気だが、対照的に建物二階の事務所は薄暗い明りが一部の窓から少し確認できる程度である。
また屋上には、線状アンテナや複数のパラボラアンテナが、基地の正面ゲートの投光器からの黄色い光を受け反射によりかすかに輝きつつ、物干し竿にかけられた布切れの一部が、夜の薄闇の中に白くぼんやりと浮かんでいる。
一階部分に目を移すと、もともとは廃業した飲食店の居抜きをそのまま利用してできた店のようにも見え、黄色く塗られひび割れたモルタル製の外壁や西洋風の木製の扉、少しせり出した出窓の緑色に塗られた小さな木製の屋根からは、イタリアンなおしゃれ感が漂うものの、店の正面に掲げられた大きな赤い看板のせいか、ぱっと見はかねてから日本で勢力を伸ばしているいわゆる台湾料理店の外観とどことなく似ている。
しかしよく見てみると、店の看板の店名や強まる雨に濡れながら翻る上り旗の料理名は中国語の簡体字と英語のアルファベットにより併記されており、日本の一地方都市である三沢市に所在する店にも関わらず、中国、米国そして伊国の雰囲気が同居し、捉えどころのない独特の多国籍感が漂っている。
タクシーが中華料理店の前に到着したので運転手が支払いメーターを止め、王玲が運転手に運賃の支払いを済ませているこのときにはすでに雨脚は強まっており、地面からの跳ね返りで足元が濡れるほどザーザーと降り始めていた。ところが、王玲と僕の二人とも傘を持ってはいなかった。
王玲が運賃の支払いを済ませるとすぐに、運転手がタクシーの手動式の自動ドアを開けた。王玲はタクシーを出るとすぐに雨になるべく濡れないよう駆け足で、店の入口ドアまでの三メートルほどの距離を急いで移動し、僕が後に続いた。
店の入口ドア――西洋風の木製の扉のドアノブの近くには、営業している旨を示す樹脂製のプレートと、営業時間が記載された木製のプレートの両方がかけられていた。
店の入口ドアを開け中に入ると、円卓や客席が並んでいるホールがあり、チャイナ服を身にまとった女性店員が迎えてくれた。
この店員の身に着けているチャイナ服は、最近多い現代風のデザインで肌の露出の多いものというよりは、赤さび色のシルクの生地に梅の花柄の模様を金色の刺繍であしらったものであり、伝統的で抑制的な大人の雰囲気がした。
ホール内は、店の入口ドアから入ってすぐ左が小さなレジスペースになっており、右の奥の隅の天井に近いスペースには、時代を感じさせるブラウン管型テレビが置かれており、ちょうど地上波のクイズ番組が放送されていた。
左側のレジから店の奥までには右側と同様に、垂れ布の長いワインレッドのテーブルクロスをかけた四人掛けの円卓が三卓ずつ設置されており、さらにそれぞれの円卓の周りには赤い布がわたされた古風な椅子が置かれている。
店の入口ドアからまっすぐ進み、これら三卓ずつ並ぶ赤い円卓の間を過ぎ、ホールを抜けた先の中央に小さいドアのない入口がある。
その入口から先は小さな通路となっており、突き当りは行き止りだが、通路を挟んで右側が厨房、左側が手洗いと二階へ続く階段室になっている。
この赤いチャイナ服姿の女性店員は、僕と王玲を店の入口ドアから入って左の一番奥の円卓へ案内した後に、すぐにホールから厨房の方へ戻って行った。
すでに店内には米国人の家族連れやカップルが合わせて四組おり、店の入口ドアから見て、右の一番奥の円卓には白人の女性と迷彩服を着たアフリカ系米国人の男性のカップルが一組、右の真ん中の円卓には白人の家族連れ、右の一番手前の円卓には三人組の迷彩服姿の集団と若いアジア系の女性がビール片手に騒いでおり、左の真ん中の円卓にアフリカ系米国人の家族連れがいるといった風で、王玲と僕が入ったことで店内はほぼいっぱいになった。
僕は王玲と対面する形で窓側の席に着いた。座ってみてわかったのだが、円卓の赤いテーブルクロスはポリエステルでできた市販品という感じだが、椅子の生地はビロードの毛足の長いパイル生地を用いており座り心地は良かった。
後方の窓辺から強い雨音が聞こえてくる。中華料理店へ到着した直後よりも雨脚が強まっていることがわかった。予報どおり、時間の経過に従い徐々に天候は荒れていっているようだ。
僕の座る席からは、ちょうど店内に入って右の大きな壁掛け時計が目に入ったので、僕の腕時計が示す時刻と比較した。
このとき店の壁掛け時計も僕の腕時計も、時刻は十九時十分を示していた。




