第1章 14
これで第1章は終わりです。
コンビニエンスストアから中華料理店の前までたどり着き、店の入口ドア――西洋風の木製の扉のドアノブの近くを見ると、初めて入店する直前に目にした営業している旨を示していた樹脂製のプレートが、裏返され閉店となっていた。
また、僕と李梅がこの店を出てコンビニエンスストアへ向かった直前には施錠されていた店の入口ドアだったが、僕と李梅が店を出る時には当然に店の内部から開錠してから出て行ったものの、それから誰も施錠することなく今に至っていたようで、李梅はそのまま開錠せずに入口ドアを開けることができた。
僕と李梅がコンビニエンスストアへ出発する時よりも、さらに雨脚は強くなっており、これは体感だが外のトタン屋根が吹き飛びそうなぐらいに風の強さも増しているためもはや傘は使えないだろう。
店内に入り傘をたたみ終わった直後に、僕が入口ドアのサムターンを回して施錠した。借りていた傘を傘立てに戻した後に、入店直後から僕が座っていた椅子の背もたれに脱いだ上着をふわっと掛けたのだが、このとき同じ円卓の周りでは、やはりまだ王玲と崔虎はタブレット端末相手に悪戦苦闘していた。
円卓の上に、コンビニエンスストアで購入したスイーツや飲み物の入った白いビニール袋を置き、ビニール袋の上部を内側から外側へ折るようにして、ビニール袋内部にある購入した商品を露出させた後に、一つ一つの商品を丁寧に取り出し円卓の上に陳列する。
「ヒキカズ、オレのどれだ?」
崔虎は王玲の操作するタブレット端末の液晶画面を後ろからのぞき込みながら、そこから目を離さずにぶっきらぼうに問うたので、僕もぶっきらぼうに答えた。
「イタリア栗のモンブラン、とろーりチーズのピザまん、烏龍茶」
「なんだよ、オレ肉まんって言ったよな。まぁ良いけど……これとっておけ」
崔虎はようやくタブレット端末の液晶画面から目を離し、今度は目を宙へ転じつつズボンのポケットを探って、やっと取り出した財布から五百円玉を手に取ると円卓の上のテーブルクロスの表面を綺麗に滑らせて、僕の手元まで寄越した。
〝イタリア栗のモンブラン〟が二百九十八円(税別)で、〝とろーりチーズのピザまん〟が百三十円(税別)、黒烏龍茶が百六十八円(税別)なので、税込みで六百円を超えており五百円玉一枚ではどう考えても不足なのだが、細かいことは言うまい、この野郎。
そのとき、ようやく指紋採取に用いるタブレット端末の不具合の問題が解決しそうだと言って王玲が顔を上げた。
「引据さん、ごめんなさい、時間かかっちゃって」
「王玲さん、原因はなんだったんですか?」
王玲は大きな塩豆大福と黒烏龍茶を僕の手元から、王玲の方へ両手で抱えるような動作でいっぺんに引き寄せながら答えた。
「スキャン不能の原因は、結局のところタブレット端末に貼ってあったガラスフィルムのせいみたいで……」
王玲曰く、北京の担当者のアドバイスに従いガラスフィルムをはがして、まずは王玲の手のひらで試しにスキャンしてみると、あっけなくスキャンに成功したとのこと。
その後は念のためアプリの設定を改めて確認していたみたいで、それが終了したのがついさっきということらしい。
「だから、引据さん。ちょっと烏龍茶を飲んでいるところ申し訳ないですが、ここに手を置いてみて下さいませんか?」
王玲がタブレット端末を僕に気軽に片手で手渡すと、それとの交換といった感じで王玲側の机上にある〝大きな塩豆大福〟を手に取りそのビニールの包装をはがし、むしゃむしゃと食べ始めた。
そしていつの間にか崔虎も〝とろーりチーズのピザまん〟を頬張っている。
僕は王玲から先ほど手渡されたタブレット端末を卓上に配置した後に、液晶画面に表示されたスキャンボタンを押すと「スキャンを開始します」と言う女性の音声とともに液晶画面が輝きだしたので片手を置くと、数秒後に「スキャンを終了しました」と言う音声が流れるのに続き、今度はまた同じ音声によりもう片方の手のスキャンも促されるのだった。
こうして、スキャンは両手合わせてものの一分程度で終了した。
「王玲さん、終わりましたけど」
僕はそう言って宙を経由させず卓の表面を滑らせる形で、タブレット端末を王玲に返却した。
王玲は右手で〝大きな塩豆大福〟を持ちながら、少しタブレット端末を操作し満足そうにうなずいた後、少し左側に身体を傾けなにやら床に置いてあるショルダーバッグの中を左手で探っており、目当てのものを見つけたのか、姿勢をもとに戻して握った左手を手の甲を上にして、僕の方に突き出して、
「はい! 引据さん」
「はい?」
「引据さん、とりあえず受け取って下さい」
「はい」
僕は王玲の突き出した左手の下に、僕自身の右手の手のひらを開いた状態でセットし、王玲の左手の一部が僕の右手と接触した瞬間、なにか小さくて軽いものを残して王玲の左手が引き戻されるのと同時に、僕も僕自身の右手を引き戻したのだった。
僕は自分の右手の中身を確認すると、そこには人差し指の第一関節から第二関節ほどの大きさのピンク色の樹脂製の容器のようなものがあった。これが血液を採取する道具――穿刺器というものらしいのだが初めて見た。僕が王玲の方を向くと、
「引据さん、簡単です。丸くなっているところを、引据さんの指の腹の真ん中ではなく端の方に押し当てて、そこのスイッチみたいなものを押すとそれで終わりですので」
「はい、おぉ、少し痛い! 少し痛いです!」
「引据さん、はい、絆創膏。それ下さい」
左手の中指から少し出血しているものの、絆創膏を巻き応急手当をした。それが済んだ後に、円卓で隔てられ正対する王玲に向かって僕は、
「王玲さん、これで本人確認は完了ですね」
僕は、僕から見て正面やや右の卓上に置かれた二本の黒烏龍茶のペットボトルに手が当たらないように配慮しつつ、右手を伸ばし円卓の中央に使用済穿刺器を静かに置いた。〝大きな塩豆大福〟の最後の欠片を口に放り込みもぐもぐした後に王玲が、
「暫定の確認結果が通知されるのが明日の朝、というかもう今日の朝となります。血液検査の結果を含めた確認結果はさらに後日ということですが」
王玲の右手が円卓中央まで延びて、使用済穿刺器を取り上げようとしている。
崔虎は、僕から見て左の椅子にだらしなく腰掛けスマートフォンのオンラインゲームに密かに熱狂しているようで、李梅は僕から見て右の椅子に座り王玲が使用済穿刺器を取得するのに合わせて、店から引き上げる準備をしたそうな感じで手持ち無沙汰に待機している。
王玲が使用済穿刺器を取得し、床に置いてあるショルダーバッグに落とした後すぐに、
「暫定結果を確認次第、契約書の確認、それでよろしければ署名という流れになります。それまでは近くのホテル・ルートイン三沢に部屋を予約しているので、ダブルで……」
そのとき、王玲の発言を遮るように、一瞬だけ青白い閃光が走り部屋全体が真っ白に照らされたすぐ後、落雷の轟音などが聞こえるとともに大きな地鳴りを感じた。




