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第1章 13

 会計を無事に済ませたので、イートインスペースでくつろぐ李梅の横の椅子に座り話しかけた。


「会計が済みましたけど、どうします?」


「さっき王玲に確認したんだけど、まだ終わらないって。少し休憩しましょうか」


 僕も少しくつろぐことにした。相変わらずこの嵐の中である。まだ僕と李梅以外に客は入ってこない。


 僕は購入した四本の黒烏龍茶のうちの一本のペットボトルのキャップを時計回りに回し開け、ペットボトル本体から分離したキャップをイートインスペースの机上にキャップの内側を上にして一時的に置き、ペットボトルの飲み口に直接口をつけ、ペットボトル本体に封入された烏龍茶を飲んだ。


 僕は自分自身がくつろぎ過ぎて油断したとは思ったが、一度思いついた質問を止めることはできなかった。


「李梅さん」


 それまでイートインスペースの机上に置いたスマートフォンの画面を見つめ、ときおり画面をタッチしていた李梅がこちらを向いた。


「王玲さんはどういう人なんですか?」


 李梅は最初困ったような顔つきをしたが、すぐに笑いながら言った。

「引据クン、急にそんなこといわれても回答に困るな、でも……」


と、言いかけたが、


「ごめん、ちょっと缶コーヒー買ってくる」


 李梅はそう言って、イートインスペースの机上に飲み終わったコーヒーの紙コップとモバイルバッテリーを残して席を立った。


 窓際のこの席に座っていると、屋外の激しい雨や嵐の音が良く聞こえる。


 雨のザーザー音に紛れて、店舗の軒先から地面のアスファルトへ周期性を帯びてまとまって流れ落ちる雨水の音も聞こえてくる気がする。


 しかし、僕の耳にはこの軒先から流れ落ちる雨水の音とともに、一緒くたになって大音量の嵐の音、土砂降りの雨の音なども入ってきており、これらの音を分解して認識することは難しいため、流れ落ちる雨水のビジュアルを入力として、今までの短い経験に照らして音としてはどのように聞こえるのだろうと、脳が勝手に離散値を出力し補間した結果なのだろう。


 そんなとりとめのない、意味のないことを考えていると、急に焦燥感が募り始める。


 今までの忙しい研究生活が突然に途切れ、こうして放り出されてしまった。


 原因は自分の能力不足にあるのだろうが、一方であの二人を除いた誰よりも結果は出してきたつもりだったのだが……


 これから僕はどうするのだろう……


 ……中華料理店へ戻り、本人確認を終わらせる。ホテルに行く。寝る。明日起床する。契約書に署名する……、それから僕はどうするのだろうか。


 少し先の未来を予想しつつ、でもさらにその先の展望がないことに遺憾を覚えつつ、樹脂製のペットボトル本体に無数に開いているはずのわずかに気体をとおす小さな穴を思い浮かべ、ペットボトル内部の気相部―合成樹脂部―ペットボトル外部の気相部間の分子レベルの気体の移動、窒素、酸素、二酸化炭素……に思いをはせると、なんだか少し気持ちが落ち着いてきた。



 李梅が戻って来て、先ほどと同じ席に腰を下ろした。手には朝専用の赤いデザインの缶コーヒーがあり、それをさっと上着のポケットに入れると、さっきの話の続きだといった感じで、


「……引据クン、王玲は優しくて面倒見は良いよ。責任感もある。天然入っている感じで可愛いし、なにを考えているかわかならい時もあるけど……たぶん自分の現状に不満があるのだけだと思うけど。あのちょっとどっしりした体型だけど運動神経は一番良いんじゃないのかな? ああ、わたし、王玲、崔虎の中ではってこと。頭より先に身体が動くタイプかな」


「確かに、そんな気がします、タクシー乗った時もどっしりしていたし、あのタブレットも。じゃあ、崔虎は? 話しぶりからするとテキトーな印象を受けましたが」


 李梅はまた考え込むような表情をして、でもすぐに、


「王玲とは逆のタイプかな。あいつ良くテキトーなことばかり言うけど。メリハリはついてると思う。ほら、例えば、料理はしっかり美味しいじゃない。そういうところでは手は抜かないけど、自分にとってどうでもいいとか、関係ないと思ったところについては、引据くんの考えているとおりだと、わたしも思う。本人には言えないけどね」


「ところで……、引据くんはどういう人なのかな?」


 李梅は僕の目をのぞき込むように見据え、今度は逆に質問してきた。その問いに対する正答を僕は持ち合わせてはいなかったが、僕の質問に対する答えを与えてくれた以上、僕も李梅の質問に対してなにか答え返すしかない。


「そうですね、僕は小学生の頃に学芸会で死んだふりがうまいと褒められたことがあるぐらいで……能力不足で優柔不断、自信がなくて、すぐに調子に乗る癖があるし、あまり良い奴とはいえないと思います。残念ですけど」


「そんなことないよ、そう思うのは君がまだ若いから……」


と李梅は言ってくれたけど、僕自身がこのような発言をすると、李梅が必然的にそういった反応をするとわかっていながらも、こういった相手に配慮を強いることしか言えない僕自身が本当に嫌になるのだった。


 四十分程度の休憩が終わりコンビニエンスストアを出た。右手には傘、左手には王玲と崔虎のために購入したコンビニスイーツなどが入った白いビニール袋を提げている。


 天候はさっきよりも悪化しており、ちょっともうこれ以上風が強くなると傘は使えないと思った。


 また、まだ風向きが定常的に一定の範囲に収まっているから良いものの、傘が壊れないよう、風が吹いてくる方向に対向して、傘の石突から手元にかけての棒を平行に近く維持しなければならず、頻繁に風向きが変わるならば、風が吹いてくる方向に対向してこうした動きが追い付かなくなり傘は大破することになるだろう。


 こうして風が強い中にも関わらず李梅に続いて外に出たものの、一瞬だけ今自分がどこに立っていて、どこに向かえば良いかわからなくなった。


 雨は相変わらずザーザー降り続いており、風の方向に配慮して右手で傘の向きを制御し、左手でビニール袋を持ちながらという中で、とりあえずは左を向こうとしたその時、気が付いたら隣に李梅がおり、李梅が右手で僕の左肩を引き寄せて、


「道はこっちだよ」


 雨に濡れた黒い路面に、信号機の電球の赤色とコンビニエンスストアの看板からの明るい淡色が融けて映える夜半だった。

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