第1章 12
僕がコンビニエンスストアへ出かける直前に、王玲と李梅が目配せしつつ、
「わたしが引据くんのこと面倒見るから大丈夫。作業続けて」
「李梅さん、よろしくお願いしまーす」
と王玲が言うに続き、崔虎がまたテキトーなことを言った。
「肉まんがいい。でもピザまんでもいい。やっぱり、ケーキが食べたい」
崔虎は何でも良いらしい。
「李梅さん、ここから一番近いコンビニというと」
「すぐそこにあるよ。一緒に歩いて行こう」
「傘、貸して下さい」
李梅はレジカウンターの横にある傘立てを指さすと、そこから一本の透明なビニール傘の柄をつかみ、僕はというと黒地のポリエステルの傘を選び一本取り出した。
李梅が中華料理店の入口ドアのサムターンを回して開錠した後に扉を開けると、そこはやはり土砂降りの大雨であり、まずは扉を開け放った後、店内と屋外との境界で傘を開き、傘の石突を屋外に傾けた。こうすることによって、屋外にせり出している傘の生地の部分にかかる雨水が店内ではなく屋外に流れるよう配慮しつつ、傘を持っている本人の身体を傘の下に入れという感じで、一つ一つの動作についてかなり気を付けて濡れない努力をするのだが、結局はズボンのすそが濡れるのは避けがたかった。
また、靴自体がびしょびしょになるのは、米国人のカップルが帰り際に伝えていったとおりであり、道はまるで浅い川の様に軽く氾濫していて、長靴でもない限り、靴内が浸水することは避けることができなそうだった。
心折れかけた僕だったが、先に李梅さんが進むものだから、半ばあきらめてついて行くしかなかった。
店の入口ドアを出るとすぐに右に曲がり、さらに燃料販売所のある十字路を右に曲がる。ちょうど中華料理店の裏が燃料販売所という位置関係にある。途中、燃料販売所の横を通過する時に付属の燃料貯蔵タンクが見えたが、タンクに接続されている配管のバルブは全閉となっており、しっかりと管理されているように思った。
さらに進むと米軍基地の正門へ続く大きめの通りに出るが、この道を右へ少し進み、スカイプラザミサワという大型のショッピングセンターに面する中央通りに出て、その道を東に進んで行くと、独立行政法人駐留軍等労働者労務管理機構三沢支部のたぶん鉄筋コンクリート造の古い二階建ての事務所を過ぎたところ、左側に目指すコンビニエンスストアはあった。
つまり、僕が今日三沢空港に到着しタクシーに乗り、中華料理店へたどり着いた往路の逆の道を途中まで進んで来たわけである。
このコンビニエンスストアは、緑色、白色、青色の三色からなるデザインの看板を掲げる日本の大手コンビニエンスストアの加盟店の一つであり、個人的にはコンビニスナックとしてレジ横のホットショーケースで売られているフライドチキンが美味しいといった記憶が残っている。
コンビニエンスストアの入口まで到着したので、李梅に続いて僕も風除室の手前で少し傘をすぼめつつ、右手で手動ドアを横にずらして戸を開け、そのまま中へ入り傘を畳んで傘立てに置いた。
人感センサーによる検知により自動的に定番の入店音がスピーカーから流れるとともに、スライド式の自動ドアが開き李梅に続きコンビニエンスストアの店内へ入った。
店内にはレジカウンターに男性の店員が一人いるのみで、僕と李梅の他には客はいなかった。
中華料理店からこのコンビニエンスストアへ至るまでの徒歩約十分の間に、靴やズボンといった足元はもちろん、上着もかなり雨水を吸ってしまっており居心地は悪かった。
王玲と崔虎の所望する飲食物を物色しつつ、僕もなにか食べたいものはないかと考えるものの、夕食をお腹いっぱい食べてからそう時間は経過していないため食欲がないことに気が付いた。
僕はそういった気付きと同時に、僕以上に食べているはずの王玲がさらに何か食べたいと宣ったことと、彼女の体型との間には強い相関関係が存在することに気が付きつつあった。
それは別として、とりあえずスイーツコーナーへ向かい、
「李梅さん、王玲さんがケーキでしたよね。崔虎さんが何でしたっけ、肉まん?」
「ケーキとも言ってたけど……」
そのとき、李梅が店員と目を合わせ少し手を振った。知り合いのようだ。
スイーツの陳列棚の前で僕は〝イタリア栗のモンブラン〟か、それとも〝たっぷりクリームのシュークリーム〟、あるいは〝大きな塩豆大福〟のいづれかを王玲のために購入しようと考えあぐねていると、李梅が、
「引据クン、買い物は君に任せた。わたしはそこのスペースでコーヒーを飲みながら待ってるから。急がなくて良いよ、どうせ王玲のあの調子だとまだまだ時間かかるから」
李梅はそう言うとスイーツ棚のすぐ目の前にあるレジカウンターへ足を向けつつ、顔見知りだろうレジカウンターの男性店員に話しかけ、
「元浩宇、ひさしぶり! 元気してた? ホットMで」
「百五十万円になりまーす(笑)こうして、バイトができるぐらいは元気ですよ」
「それは良かった、最近見かけなかったから」
「国に帰ってたんですよ。カードはお持ちですか?」
「はい。そっか、四川だっけ?」
「お預かりいたします。違います、湖南です」
「プライベート? それとも?」
「はい、二百円お預かりいたします。ここでは言えないです」
ちらっとレジカウンターの方を伺うと、育ちの良さを感じさせる二十代前半の男性店員だった。
李梅は会計を済ませると男性店員からMサイズの紙コップを受け取り、キャッシュレジスターのすぐ隣に設置されているコーヒーマシンの前に立ちコーヒーを入れ、それが終わるとイートインスペースの一番窓側の奥の席に座り、スマートフォンを片手に足を組み、ときおり熱いコーヒーをフーフー冷ましながら飲んでいるのであった。
僕は結局、王玲と崔虎向けにスイーツコーナーで〝イタリア栗のモンブラン〟と〝大きな塩豆大福〟を選び、飲み物コーナーで黒烏龍茶四本を緑色の樹脂製の買い物かごに入れ、レジカウンターへ向かった。
レジカウンターでは、男性店員にホットショーケース内の〝とろーりチーズのピザまん〟も注文し、会計を済ませたのだが、僕の場合は定価の一万倍もの額を請求されることはなかったので、万が一過大な金額を請求された場合になにか気の利いたことを言おうと準備していたのが結局は無駄になってしまった。




