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第1章 10

 蛍光灯型LED照明の真っ白い光に包まれたオフィスは静寂に包まれており、室内の空気は外気から粒子フィルターで埃などを除去した後、さらに二段直列の高性能粒子フィルターにより浄化されてから導入されているため、ここが光化学スモッグやPM二・五が漂う汚い街であったとしても、室内が清浄を保つよう設計されている。


 オフィスへ入ってから給湯室へ向かう途中で、たまたま上を向いて目に付いた空気の吹き出し口が目に入り、そんなことを考えた。


 入口に簡体字で『水房』とプレートが掲げられた給湯室に入り、中国は山東省のビールで有名な青島市を拠点とする家電メーカーであるハイアール製の百三十八リットルで二ドアの冷蔵庫の前に立ち、まずは上の冷蔵室のドアを開けるとコーヒー豆の入ったガラス瓶を取り出し、給湯室のシンク横のスペースに置くと同時に冷蔵室のドアを閉めた。


 ガラス瓶の蓋を反時計回りに回し、蓋と本体のガラス容器が完全に分離したところで、蓋をガラス容器の脇へよけた。


 ガラス容器に満たされたコーヒー豆を、すぐ横のシンク横の棚に置かれている定量スプーンにて、全自動コーヒーメーカーの上部から投入し、こちらも棚にあった定量カップで人数分の水を半歩先のウォーターサーバーからそそぎ、全自動コーヒーメーカーの投入口に入れた。


 あとは電源を入れ出来上がるのを待つだけである。


 豊かな時代になったと思った。


 自分が幼い頃は、自分の実家の周り――汚く舗装もされておらず土埃立つ周りは低木だらけで他にはなにもない田舎道だったところが、今は完全に舗装され、道の両脇にはいくつもの商店やアパートが立ち並んだ普通の住宅街のようになっている。


 加えて、中国メーカーの製品といえば安いがすぐ壊れると、中国人自身があまり信用していないものでもあったが、今では日本や米国でも中国製品が低価格帯の一選択肢から脱却しつつあることも考え合わせると、自分も年を取ったのだと思う。


 特にスマートフォンに至っては、価格の割りに性能が高い製品が多く非常に重宝している。


 コーヒーが出来上がると全自動コーヒーメーカーの電源を切り、人数分の白い紙コップに注ぎ入れ、といっても一人は人数にカウントしないので二人分しかないのだが、両手にコーヒーを持ち、オフィススペースに戻った。


 全自動コーヒーメーカーの清掃は後で行おう。今はそういう気分ではない。


 オフィスの入口から入ってすぐ手前、大きな液晶画面の前の机にコーヒーを二つ置いた。


 もうすぐ戻ってくるはずの時刻だ。


 決行は日をまたぐ前だと聞いているが、早めに済ませてもらいたい。


 パソコンを起動させ、インスタントメッセンジャーのアプリケーションを立ち上げる。

傍らのコーヒーを一口飲む。


 このアプリケーションはスマートフォン上のアプリケーションとの連携も可能であり、チャットのように複数人と、インスタントメッセージや音声、動画の送受信が可能であり、当然音声通話やビデオチャットでのやり取りも可能である。世間一般に使用される、いわゆるチャットアプリと似たようなものであるが、異なるのはセキュリティが普通のものよりもしっかりしていることぐらいか。


 現場からメッセージが入っていた。


〈これから引据数理の本人確認を実施するが、照合に要するリードタイムは如何ほどか〉


 現場へ返信する。


〈対象者の本人確認は優先度と重要度ともに高なのでデータが着次第、こちらで速やかに実施する。データ照合は長くて二、三時間程度なので明日朝までには結果を送付可能〉


 返信が終わると今度は本格的に自分の仕事ということで、だぶだぶの服の大きめのポケットから施設支給のスマートフォンを取り出し、スマートフォンから画像をパソコンに送信した。


 画像は手振れ防止機能により、思ったよりもどれも映えが良く選定に困るが、色味からこれだという三枚を見つけてソフトウェア上にアップロードし簡体字で説明を追加。


〈本日二〇一九年五月一日に本タスクの対応完了済み。エビデンスは添付画像参照。詳細については、後日報告書を送付予定。なお、タスクのうち三分の二は完了済み。残りのタスクについても本日中に完了させる予定〉


 それにしても、いつも同じような書類作成作業には滅入ってしまうが、しかたがない〝仕事だから〟。


 文章を打ち終えて送信ボタンをクリックし、立ち上がった。


 大型液晶画面には、このオフィスの映像もいくつか表示されており、なんとなく自分がどう映っているのか気になったので、つまり暇になったのでちょっと確認してみる。


 靴だけが浮いている。反省しなければ。


 それにしても、こんな夜中から招集なんてとんだブラック企業である。


 オフィスの入口から手前、二つの大きな液晶画面の上の壁面に飾られている毛沢東同志の肖像画の横のデジタル電波時計によると、時刻はもう二十一時を過ぎていた。

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