第1章 1
東京国際空港のC滑走路を離陸したボーイング七三七は青森県三沢市の三沢飛行場への航路を予定どおり順調に航行し、三沢飛行場の東の太平洋上空へとたどり着いた。
上空から見た三沢市の西方には南北に長い大きな小川原湖を臨み、その湖の南東の畔には東西方向に約三キロメートルの長い滑走路が走っている。
滑走路南側には三沢の市街地が、滑走路北側には米軍基地や関連施設、米軍住宅が広がっている。
さらに米軍基地の西側の湖の畔にある姉沼通信所には、米国国家安全保障局のマイクロ波レーダーを利用した通信傍受及び遠隔監視施設があり、レーダードームと呼ばれる真っ白い巨大なゴルフボールのような形の装置がいくつも設けられ異様な存在感を放っており、基地の町である三沢市の特殊な一面を象徴しているようだ。
こうした風景を機上から眺めていると、まるでこれから地球以外の別の惑星に降り立つかのような不思議な感覚を想起させる。
機内アナウンスが流れ始めた。
「みなさまあと二十分ほどで着陸いたします。シートベルトはしっかりとお締め下さい」
客室乗務員の確認作業が始まりそうな雰囲気だった。
続いて、また機内アナウンスが流れた。
「座席の背もたれ、テーブル、フットレストは元の位置にお戻し下さい」
「機内Wi―Fiサービスはまもなく終了いたします」
やがて少しずつガタガタと揺れ始めた機体は、徐々に着陸に向けた態勢を整えていった。
それまで、曖昧にしか捉えられなかった市街地の建物群は、機体の高度が下がるに従って、あれはコンビニエンスストア、あれはガソリンスタンドといったように、具体的に識別可能な個の建物に分解されていった。
いまや、ほとんど着陸に近い高度になってからは、基地内の滑走路近傍に配置されたF―十六戦闘機、F―三五戦闘機、貯油施設、対爆シェルター、整備用格納庫、駐機場、誘導路などが個別の機器や施設として目の前に迫ったが、ゆっくり観賞する間もなくとおり過ぎ、すぐに機体は轟音とともに滑走路に接地し着陸した後、地上走行し三沢空港ターミナル前にたどり着いた。
「みなさま、三沢空港に到着いたしました」
――二〇一九年五月一日。飛行機のタラップを降りると、外は少し霞がかっているが、濃い橙色の夕焼けが印象的な暮れ時だった。
三沢空港ターミナルの手荷物受取所では、預けてある手荷物の回遊が始まろうとしており、ベルトコンベアの近くでは、荷物を受け取ろうと待ち構える薄手の服装の米国人の集団で、熱っぽくざわついていた。
そんな手持ち無沙汰の集団の脇をとおり過ぎて行ったアジア系の女性の後に、少し遅れる形で米国人の女性もまっすぐに到着ロビーへ向かって行くのだった。
手荷物を預けておらずベルトコンベアの周囲で待つ必要がないのだろう。
三沢飛行場は現在こそ、米国空軍、航空自衛隊及び民間事業者とともに運営する日本で唯一の軍民共用施設となっており、飛行場の周りには住宅が立ち並ぶとともに温泉、市民球場、パチンコ店などが疎に軒を連ねるまでになっているが、もともと一九四一年から帝国海軍の航空基地として開設された当初は、短い滑走路を三本組み合わせた小規模な三角形の飛行場とともに、その周りには基地建設のための労働者の住むバラック、建設会社の事務所、民家などがあるだけで、それらを除いた大半の土地には林野が広がるばかりであった。
戦後は米国空軍に接収され、ジェット機の発着に耐え得るよう現在のような東西に長く伸びる直線の滑走路に拡張され、日本の航空自衛隊による共同使用を経て民間機の運行も開始し、一九七七年に三沢空港ターミナルが建設されてから、もうかれこれ四十年余りが経とうとしている。
そしてこの年、二〇一九年の今はまだ五月なので折返し地点にも至っていないが、これまでの主な出来事を概説すると、一月には中国通信大手ジョンウェイ(中為技術)の創業者の娘で副会長兼最高技術責任者(CTO)がカナダのバンクーバーで逮捕され、二月には米国のドナルド・トランプ大統領が米国の原子力技術の軍事転用を防ぐため、中国広州核電集団への契約延長の申請を却下すると発表し、三月には香港で逃亡犯条例改正案に抗議する大規模デモが開始された。
さらに、この年の四月には、日本政府が平成に代わる次の元号を『令和』と発表し、そしてまさに本日二〇一九年五月一日には、日本の皇太子が天皇に即位し令和へ改元され、剣璽等承継の儀が執り行われた。
これら全ての出来事に共通する特筆すべき点がある。
人々はこれらの出来事を撮影するため、静的あるいは動的に被写体の像を光学的に捉え、電算処理可能な超高密度の数値群に置き換えて記憶するといった一連の機能を具備するデジタルカメラ、ビデオカメラあるいはこれら両方の機能を備えたスマートフォンなどの機材を個別に所持しており、そして、その機材に付属する撮影ボタンを心赴くままにオンするだけで安易に得られた超大規模数値群を、最寄りの中継基地局及び地球周回軌道上に位置する通信衛星若しくは海底に敷設された通信用高純度ガラス製光導繊維ケーブルを介して瞬時に地上にいる人々に送信することで、地理的にかけ離れた場所にいる人々が、お互いの挙動をほぼ遅れ時間なく精密に確認し合っていたということだ。
それはまさに地球規模で行われた〝監視〟だった……




