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ラストリゾート  作者: シェリー
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1年前のある日。中編

 望月陽葵。朗らかな笑顔が特徴の明るい少女。そんな誰からも愛されている少女は、私の一番の親友は……突然、いじめられ始めた。

 いや、思えば突然ではなかったのかもしれない。友達も多く人気があった彼女はスクールカースト上位の女子からあまりよく思われていなかったからだ(陽葵はスクールカーストの上下関係のなかに入らないタイプ)。

 しかし直接のきっかけはある。

 一つ目は、当時いじめっ子グループのリーダーが想いを寄せていた男子が陽葵に告白し、フラれたことだ。

 彼女にとっては告白されることなど日常茶飯事なので大して気にはしていなかったみたいだったが……男子の方は顔も整っていて社交性もあっただけにフラれることをまるで想定していなかったようで、露骨に落ち込んでいた。リーダーの子はその男子を慰めようとしたらしいが、かなりキツい言葉を返されたと聞いた。彼女はそれを陽葵のせいにしたんだろう。そう思うことで自分のプライドを守ったのかもしれない。

 二つ目は、陽葵がいじめを止めに入ったことだ。

 いじめは特に隠されていたわけでもなく、生徒だけでなく教師の一部までもが認知しているほど有名だったが、わざわざ明るい陽葵の前でその話を持ちかけたりしない。いや、陽葵の纏う雰囲気がその話をさせなかったのかもしれないが。

 ともかく、そういう話は裏でするもの。私も陽葵にその話をしたことはなかった。

 だから彼女は知らなかったのだ。学校でいじめがあったことを。

 そんな彼女だが、偶然……本当に偶然、いじめの現場を目撃してしまう。そこは人気のない多目的教室で、助けを呼ぶには時間がかかると判断した彼女は迷わず黒板消しで叩かれているいじめられっ子を助けようとした。

 リーダーからしてみれば、自分の恋路を邪魔したやつがその失恋のストレス発散にも手を出してきたわけで。

 ……その時からいじめの対象は、チョークの粉まみれの怯えきった少女から……その少女を庇うように抱きかかえる陽葵に移ったのだ。

 それからというもの、ありとあらゆるいじめが陽葵を襲った。女子トイレで水をかけられたり殴られたり蹴られたりのような直接的なものから、教科書がなくなったりロッカーに鍵が増えて開けられなくなったりという陰湿なものまで。


 それでも、彼女が笑顔を崩すことはなかった。


「……みたいな感じで始まる物語、面白そうじゃない!?」

「う、うん……そうだね……?」

登校中の通学路で長々と話し込んだと思ったら、急に目を輝かせてこちらに意見を求める少女。彼女こそが望月陽葵だ。

 急に熱く語り出した彼女に若干引きつつ、私は歩みを進めながら話を続ける。

「……ねえ、ほんとに大丈夫なんだよね? 今言ってたことも実際に起こったことだし、なんというか、その……」

「大丈夫大丈夫!私はそんなにヤワじゃないよ、沙月ちゃんだって知ってるでしょ?」

……そう笑顔で答える陽葵に、一瞬言葉が詰まった。

 私は知っている。陽葵が屋上で一人、ペンダントを握りしめながら声を押し殺して泣いているのを。

 ……それでも。彼女がいつも通りの私を望むのならば。

「……そうだね、大丈夫だよね。なんといっても精神的な強さなら右に出るものはいないと言われるあの陽葵だからね〜」

そう、冗談めかして返す選択肢しかなかった。

 陽葵は困ったようにくすっと微笑む。上手く笑えていなかっただろうか。

「……それにね、私は嬉しいんだ」

突然足を速め、私の前にタタタっと出ながらそんなことを言う陽葵。彼女は前方の朝日を眩しそうに眺める。

 急に何を言い出すんだろうか、この子。

「今だって、私に合わせて私服で来てくれてるでしょ?」

……私たちの通う学校は制服制なので、当然私服登校はご法度なのだが、陽葵の制服はいじめによって破られ続けなくなってしまい、新しい制服もまだ発注して間もない今は仕方なく私服で登校しているのだ。それに合わせて私も私服登校している。

「沙月ちゃんはさ、私服で登校すると怒られるのに……」

陽葵の顔は前方に向いていて、こちらからだと見えない。彼女は今、どんな表情をしているのだろうか。

「……まあ、陽葵が学校で浮いちゃうのも嫌だから……」

「そう!そういうところ!」

食い気味の陽葵の同意は主語も動詞も欠けていて、何を言っているのかさっぱり分からない。私は意図を汲み取れず首を傾げる。

「そんな風に、私のことを心配してくれる大好きな親友が一人だけでもいてくれる、それがとても、とっても嬉しいんだよ……ねえ、沙月ちゃん──」

陽葵は後ろ手を組み、こちらを振り向いて。

「これからも……ずっと友達でいてね」

笑顔でそんなことを言ってくるのだった。


 ……あの時、何も言葉を返すことが出来なかったのはなぜだろうか。あの笑顔を腕の中に抱きしめることが出来なかったのはなぜだろうか?

 突然の恥ずかしいセリフを受け止めきれなかったからか、「ずっと」という永遠を意味する言葉を恐れたからか。あるいは、朝日を背にしてはにかむ彼女が眩しすぎたからかもしれない。


 なんにせよ、今となっては仕方の無いこと。どれだけ後悔しても、もう二度とあの笑顔を目にすることはできないのだから。

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