15時から15時半。
外は雪が薄く積もっていた。なのに気温は異常なほど高く、この服でも少し暑いくらいだ。
所々錆びているアパートの階段を降り、溶けかけの雪を踏みしめながら歩く。
ふと道端に違和感を感じ、顔を向けるとそこには明らかに季節外れで場違いなクローバーが根を張っていた。私はそのクローバーを一本手に取り、摘む。クローバー……別名シロツメクサ。花言葉は──復讐。
「……復讐なんて……」
私はそれ以上言うことなく立ち上がり、目的地へと足を進める。
私は歩き続け、そして顔を上げる。見上げた先には壁に掛けられた大きな時計。ここは私の高校だ。……ここにいい思い出なんてない。それでも、私には最後の日にここに来なければならなかった理由がある。
覚悟を決め、校門を潜る。そのまま中庭を通り過ぎ、校舎に入って階段を登る。3階にたどり着いた。
3階は3年生の教室だ。受験直前のピリピリした雰囲気が立ち込め、教師の授業の声がよく通っている。
私は廊下を歩く。教室の横を通ると、座って授業を受けている生徒がザワザワしだす。
「おい、アイツって…」
「え? あの去年の事件の?」
「まじか……今更何しに来たんだ?」
さらに教師も目を見開き、呆気に取られているのかチョークを落とす。
私服で学校に来るのは目立ちすぎたか。……まあ大丈夫だろう、去年にも校則無視で私服登校したことはあるわけだし。なにより、今日限りもう来ないのだ。校則違反など知ったことではない。
その喧騒を完全に無視し、私は歩みを進める。向かう先は屋上だ。階段を上り、扉に手をかける。立ち入り禁止になっている屋上だが、扉の老朽化で鍵がかからないため誰でも入れるという欠陥がある。
扉の先は夕暮れだった。懐かしい記憶が一気に頭を支配する。フェンスに触れ、背中を預けて座り込む。
……昼は毎日ここで弁当を食べた。放課後もここで過ごしたし、授業をサボって青空を見上げていたこともある。
私が屋上で多くの時間を過ごした理由、それは沢山あるが一番大きな理由は……いじめだ。ここに入れるのは秘密にしているため、加害者たちが追ってくることはない。教師すら立ち入れることを知らないため、確実な安全地帯だった。逃げ場のない校内での、唯一の安らぎの場所だった。
そう、私は現実から逃げていたんだ……いじめられていた親友と2人で。毎日数十分の小さな小さな逃避行だったが、私たちの平穏は確かにここにあった。
……私の唯一無二の親友。天真爛漫な笑顔が似合う親友。今はもう亡き、親友。