世界滅亡ボタンを拾った男の話
あほなことをあほらしく書きました。
「なんだこれ」
その日は、まだ梅雨が明けたわけでもないのに、これから来る夏がその暑さをもって、とんでもなく激しい自己主張をしている日だった。早すぎるその訪れに、誰もが愚痴るそんな日、彼もまた例に及ばず、汗によって頭髪を額に張り付かせながら一人文句を言っていた。
そんな本来であれば、何でもない日常の一ページであったはずの光景。それは彼がとあるものを見つけてしまうことによって、唐突に終わりを告げた。
彼こと、葛西 燕は陽の光によって熱せられたアスファルトの上に、彼から数メートルほど離れて、ポツンと佇んでいるボタンに目が留まった。
そうボタンである。それも車道のど真ん中にどんと。
それはもちろん、ワイシャツの前面を留めるために使われるものではないし、座っている美しい女性を表すために用いられるものでもない。
ぽちっと押すことが出来るボタンである。それも早押し大会とかそういった場で使われるようなボタンである。
彼が今いる場所は、人気のあまりない住宅街。ちょうど、彼の仕事である訪問販売が何件か終わり、そろそろ休憩がてら昼ご飯でも食べようか、そんなことを考えていた時分である。
あまりに突拍子のないボタンの出現。彼は二度見した。そして目の錯覚でないことを認識した彼は、果たしてそれがなぜそこに存在するのか思考を巡らせる。
誰かが落としたのか、はたまたもしかしたらここでクイズ大会が開かれていたのか、いや何ならテレビのドッキリなどという線もあるんじゃないだろうか。
普段なら、適当にその存在に関して思考を巡らせ、結論まあいっか、と放置をするのが葛西燕という人間だったが、その日の彼はなぜか妙にそのボタンのことが気になった。
彼は、額の汗をシャツで拭いながら、歩道と車道を隔てる柵を乗り越え、そのボタンに近づいた。
すると、遠目からは見えなかったが、近づくと何やら文字が書いてあることに彼は気づいた。
彼はその文字を読むために、少し屈んでボタンを手に取る。
「軽っ」
ボタンは、プラスチックで出来ているのだろうか、非常に軽く、少しばかりの重量を予想していた彼は少し驚きながらも、顔の前までボタンを持ってくる。
そして彼は、そのボタンに書かれた文字を見て、さらに怪訝な顔を見せた。
「えー、なになに。……これを押すと世界が滅亡します?」
世界滅亡。
世界滅亡といえば、○ルマゲドン的な隕石的なサムシングが空から降ってきたり、世界を飲み込む大洪水的なものがやってきたりと、様々なバリエーションに富む一種のエンターテイメントである。というか、実際いろんな方法で地球が滅んだり、滅びかけたりしているので、彼も実際のところすべてを知っている訳ではなかった。
ただ、この文言を真に受けるのであれば、この赤い、恐らくプラスチック製のボタン部分を押すことによって、世界はいかなる方法でか、滅亡してしまうらしい。
「……馬鹿馬鹿しいなあ」
本当に馬鹿馬鹿しい代物である。果たしてどこの悪ガキのいたずらか、それかこれが俗にいうドッキリといったものであるならば、くだらないことを考えるものだなと彼は思った。
ただ、彼はまあこれも何かの話のネタにはなるだろうとボタンを拾って持っていくことにした。
今の彼は話のネタに飢えていたのである。最近知り合った可愛らしい女性との会話。それは彼の思惑通りとはいかず、盛り上がらないこと多数。
このままではいけない、何とか面白い話をしなければならない。そんな風に彼は焦っていたのである。
そして彼は、手に持ったボタンをもう片方の手に持った手提げかばんに雑に投げ入れる。それは押してしまうと、世界が滅亡するボタンなのに。
彼はかちりという音を聞いた。
すると、頭上に何やら輝く光。
それを見上げようとした瞬間、彼の意識は失われた。
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“同時刻の地球から遥か彼方のどこかの宇宙”
そこでは宇宙空間を跨いだ戦争が行われていた。
片方の星は砂しか存在していないような星。もう片方は水しか存在していないような星。
どうやら何かとてつもなく、マリアナ海溝よりも深い事情があって戦争をしているようである。劣勢なのは、一面が砂漠の星。何ならもう負けそうであった。というか、上層部ではいつ降伏宣言を出すかといった話し合いが行われるほど、押されに押されていた。
そんな星のとある研究室。
そこにはとんでもない大きさの砲台らしきものが存在していた。サイズはそこらに存在する山なら、軽く超えてしまうレベル。
そんなデカ砲台の傍らに二つの影があった。姿形は人間の体にハムスターの頭をくっつけたようなもの。毛並みが艶やかである。
そんな、二体は何やら言い争っていた。
「おい! 本当に打つのか?」
「ああ…、我らが勝つにはもうこれを使うしかない…」
「だがこれを打てば、さらに星のエネルギーが失われてしまうぞ!」
「…分かっている。だが侵略されてボロボロになるよりはましだろう…」
彼らは、身振り手振りを交え、真剣に議論をしていた。だが悲しきかな、その見た目故、傍から見れば、癒し系漫画のワンシーンである。実際彼らは、他の星では愛玩動物として、飼われていた。
「クソッ…、結局これに頼るしかないのか…」
ピンクの毛並みのハムスターがおててをぎゅっと握りしめながら悪態をつく。
「母星を守るために、母星のエネルギーを枯らせてしまう…、皮肉なものだな…」
オレンジの毛並みのハムスターが、可愛らしいお口に煙草を咥え、ふうと息を吐いた。
そんな可愛らしい二体のやり取りもつかの間。
ドカアアアアアアアァン!!
彼らがいる施設に鼓膜が破れてしまうほどの爆発音が鳴り響く。
「…来たか」
「ああ…、我らに時間はもう残されていないようだ」
彼らは、巨大な砲台につけられているボタンの上に手を重ねて置く。
「…押すぞ」
「ああ、さらばだ…、母星よ」
そして彼らは、そのボタンを押すことが出来るのかも怪しいような、可愛らしいおててでボタンを押した。
その瞬間、鳴り響く轟音。光り輝く砲身。そして発せられる何やらすごいビーム。
そのビームは敵の惑星を軽く丸呑みして、消滅させる。それとともに砂漠化が酷くなっていく母星。そのビームは留まるところを知らず、ぐんぐんと、伸び伸びと、どこまでも母星のエネルギーを栄養分として伸びていく。
そして、そのビームは太陽系に到達。地球を丸呑み。
地球は滅んだ。
おしまい
もしかしたら、ifで続けるかも。