戦闘魔法の歴史的発展
人類の歴史は戦争と切っても切り離せない。棍棒で、弓矢で、人は太古から争ってきた。
その戦闘という分野に魔法が使われ始めた時、使われた魔法は一種類だった。
攻撃魔法――――「ショック」である。
太古の時代、人間は戦闘行為を肉体と道具によってのみ行っていた。殴り、蹴り、投げつけ、叩き、斬っていた。筋力を攻撃力に転換していたのである。当然、自分が持つ筋力以上の攻撃力は出せなかった。道具を使っていくらか効率化したり水増ししたりはできたとしてもだ。
そこに魔法が加わると戦闘は一変した。筋力の他に魔力も攻撃力に加算できるようになったからだ。
人類の闘争で最初に用いられた魔法は、魔力を単純に燃焼させ衝撃を発生させる「ショック」系統であった。原始的な「ショック」は棍棒で殴る程度の衝撃を発生させる事ができたと推定される。
手元で「ショック」を使うと自分も衝撃ダメージを受けるため、魔力を放射しながら燃焼させる事により指向性を持たせて使われた。射程距離は熟練度によって変化するが、原則数メートル程度であった。
「ショック」は物理的衝撃であるから防具で防ぐ事ができる。「ショック」の登場と共に木製の盾が爆発的に普及した。
当時主流であった革鎧は青銅の剣を通さなかったが、衝撃には無力だった。かといって剣も衝撃も通さない重厚な金属鎧はまだ技術的に生産できず、仮に生産できても分厚く重く装着者はまともに動けず動きを大幅に妨げた。
従って製造の簡便さと取り回しの良さから木製の盾の運用が妥当だった。盾は金属で補強される事もあり、全金属製の盾もあった。盾を構えていればひとまずショックの先制攻撃一発で骨を折られる事はなく、動きを妨げられる事もない。調達も比較的容易だ。
「ショック」は武器で盾のガードを崩してから当てたり、ショックで体勢を崩してから剣を当てたり、といったコンビネーション技で活用された。盾はショックによる一方的な蹂躙を防いだが、ショックを無力化できるわけではなかった。
このショック優位の状況を覆し、ショックを封じ戦闘を優位に運ぶために魔法防御が開発された。「プロテクション」である。
「プロテクション」は魔力を編み上げ壁や鎧にする魔法で、通り抜けた魔法の効果を減衰する効果がある。盾や防具にプロテクションを被せる形で運用され、戦場におけるショックの有用性は一時的に下がった。ショックを撃たれてもプロテクションを張っていれば姿勢を崩さず済む。
しかし防御が高まれば、防御を崩すための攻撃もまた高められる。
時が流れるとプロテクションに対抗し「スティング」が開発された。
スティングは魔力を集中し研ぎ澄ませ槍や針のようにする魔法で、プロテクションの魔力の網目を貫通し魔法減衰を受けにくい。
衝撃ではなく刺突になった事で、外傷を与え出血を強いる事ができるようにもなった。
スティングによる傷は「カース」と呼ばれ、しばしば戦闘後の衰弱死の原因にもなり恐れられた。
スティングのバリエーションとして、放射ではなく投射する「アロー」も発明された。
魔力の集中・錬磨の技術が発達した事で、魔力や魔法を体から遠くに離しても維持できるようになったのだ。原理的にはスティングをショックで打ち出す方式で、二つの魔法を同時に扱える者は魔導士と呼ばれた。
ある国の軍は一人がスティングを使い、もう一人がそれをショックで打ち出す二人一組の合わせ技を開発し、敵軍に「アロー」の雨を降らせる事で常勝無敗を誇った。
しかしスティングの隆盛は冶金技術の発達――――金属鎧の普及によって終焉を迎えた。金属製の鎖帷子、あるいは板金鎧をスティングは貫通できなかったのだ。
スティングは魔力を物理的な刺突に変換する魔法であり、物理攻撃である以上、金属の頑強さの前には無力だった。
ここから攻撃魔法と防御魔法の発展は一時停滞し、回復魔法「ヒール」が脚光を浴びる。
冶金技術が向上した事で、回復魔法に必須の魔力変換器(触媒)である魔法金属を加工できるようになった。
「ヒール」は回復力・免疫力を大きく引き上げ、継戦能力の向上、戦線復帰の短縮、感染症の予防など多くの恩恵をもたらした。魔法医という職業も生まれた。
ただしヒールも万能ではない。重症には効果が薄かったし、免疫力・回復力に関係なくダメージを与えるタイプの一部の鉱毒にはヒールが利かなかった。そういった特殊な毒は「バジリスク」と呼ばれ暗殺に使われたのだが、戦闘というより暗闘の領域であるため本項では語らない。
さて。戦場では回復魔法により軽傷は回復されてしまうため、一気に大ダメージを与える方法が求められた。
この難題に対する回答は二つ考案された。
一つが回復魔法の応用によって生まれた身体強化魔法「ブースト」であり、もう一つは「アストラレーション」である。
ブーストは単純に身体能力を向上させる強化魔法である。ブースト使いはより巨大で重厚な武器を振るい、敵の防御力・回復力を超える大ダメージを与えられるようになった。
あるいは敏捷性を上げ、素早く背後に回り込んだり防具の隙間・弱所・急所を正確に突く、といった用法も可能だった。
ブーストは身体能力のどの部分を重点強化するかで多くのバリエーションが生まれた。
「アストラレーション」は魔法をアストラル化する技術である。アストラル化した魔法は非生命をすり抜け、生命体にだけ作用する。つまり、物理的な防具を無効化した。
ただし、アストラル化した魔法は魔力的障壁、即ちプロテクションの作用を強く受けるようになる。スティングとアストラレーションを組み合わせなければプロテクションを突破できなかった。
「アストラレーション」「ブースト」の誕生によって、英雄の時代が到来した。卓越したブースト、アストラレーション&スティングの使い手は戦場で一騎当千の活躍を見せ華々しい英雄譚を打ち立てた。
プロテクション、ブースト、アストラレーションは一種の三すくみが成立していた。
アストラル・スティング・アローを防ぐほどの強靭なプロテクションを編む希少な防御魔法の名手は、ブースト使いによって叩き潰された。
強大なブースト使いは、アストラル・スティング・アローによって狙撃され沈んだ。
戦争は自軍に名だたる英雄を抱えているか否かで決定される時代となったが、かといって雑兵が英雄のワンマンアーミーぶりに全く無対策であったわけではない。
ブースト対策は防具の強化によって行われた。金属鎧を通常なら着るだけで身動きできないほど重く分厚くしても、ブースト中なら動く事ができた。だが、やはり動きが鈍重になるのは避けられなかった。
魔法金属はアストラル化した魔法を防御できたが、希少で効果な魔法金属鎧の入手は困難で、一般化はしなかった。
雑兵の小細工は小細工に過ぎず、やはり時代は英雄たちのものだった。
戦場の華、ブーストした英雄による八面六臂の活躍に終止符を打ったのは「シールド」魔法だった。
アストラレーション技術を反転させる事で、魔力は強固に物質化する。金属鎧にシールドを重ねがけする事で、防具はその強靭性を大幅に増し、ブーストによる大威力の攻撃を防ぐ事ができた。
シールドも金属鎧もすり抜けるアストラル・スティングに対しては魔獣カーバンクルの毛を紡いで織られたローブが有効だと判明した。カーバンクルは極めて強力な生命力を持つ悪食獰猛な害獣で、肉は不味く毛は酷く臭った。そのため見向きもされず駆除対象だったのだが、カーバンクルの毛はプロテクションとの親和性が抜群に良く、その効果を何倍にも高める事ができた。
カーバンクルの毛の脱臭方法が希求され、その方法が発見されると、金属鎧にカーバンクル製の布が裏打ちされるようになった。カーバンクルはたちまち重要な家畜として数えられるようになり、品種改良も進んだ。臭いの少ない毛や、大人しい性格の個体、織りやすい長い毛を作るカーバンクルは高値で取引された。
さて。魔法が発達するにつれ、兵士には基礎的な魔法のみならず応用的な魔法の行使が求められるようになった。それも一つだけではない。難易度の高い魔法を複数同時行使してこそ一級の兵なのだ。
一級の兵は「プロテクション」「シールド」「ヒール」「ブースト」「アストラルスティング」を扱う事ができ、カーバンクルローブに裏打ちされた金属製の全身鎧あるいは魔法金属鎧を持つ者、という事になる。それだけの魔法を十全に扱い、高価な装備を整えられる者は多くない。
ゆえに彼らは特別視され、魔導士や魔法戦士、魔法騎士などと呼ばれた。
装備が充実し、複数の魔法を使いこなす兵は希少で、練兵にも時間がかかった。
そのため、この頃から兵種の分業が始まった。
アストラルスティングアローに習熟した遠距離兵は金属鎧を身につけず、敵側のアローを警戒してローブだけを身に着けた。軽装化の傾向にあった。
近接兵はブーストが使えればひとまずは使い物になった。追加で覚える魔法がプロテクションならば魔法防御が、シールドならば物理防御が、ヒールならば戦闘継続能力が向上する。ブーストに担保され装備は重装化する傾向にあった。
ヒールに特化した衛生兵、あるいは神殿兵力も現れた。このあたりは国によって兵科構成が異なる。
魔法の技術的発展はここからまたしばらく停滞する事になった。
魔力の不足が原因だった。
プロテクションにシールド、ブーストを重ねがけしたり、アストラルスティングアローを連射したりすると魔力を急激に消費する事になる。より複雑で、より大規模で、より強力な魔法は誰もが欲したが、魔力が足りなかった。人ひとりが保有する魔力には限りがあるのだ。個人差はあれど。
魔力不足の解決手段は二つあった。
一つは魔力運用の効率化で、これは地道な探求や反復訓練によって成長する。
もう一つはマジックポーションの服用だ。
原始的なマジックポーションはブラッドポーションとも呼ばれ、血液を精製して製造される。戦場ではしばしば敵兵の血を絞って製造された。
ブラッドポーションはあまり保存が効かない上、戦場で兜を外し一服するわけにもいかない。前線兵士が一度後方に下がって服用するか、後衛ががぶ飲みするものだった。
魔力不足の解決は、英雄の時代を終わらせ兵器の時代を導いた。
霊峰で採掘される魔晶石は、加熱すると大量の魔力を放出する埋蔵資源である。
魔力が放出されてもそれを人間が利用できるわけではないから、長らく無価値に等しい石クズであったが、なんとかこれを利用できないかと試行錯誤する動きもまた長らく続けられてきた。
ある時、原始的マジックポーション……つまりブラッドポーションに魔晶石を浸した状態で加熱すると、放出された魔力がポーションに吸収され宿る事が発見された。一連の工程でポーションは変質し、保存性も飛躍的に向上した。ハイ・ポーションの誕生である。
ハイ・ポーションを魔力全快の状態で飲むと、上限を超えて魔力が回復する(もちろん限度はあるが)。貧弱な魔力しかもたない弱兵であっても、ハイ・ポーションによる上限突破で英雄に匹敵する強力な魔法行使が可能となった。
英雄の時代は終わり、ハイ・ポーションの原料となる魔晶石を産出する土地を持っているか否か、また採掘に十分な鉱夫を運用できるか、ポーション作成を行う設備が十分整っているか人材がいるか、それを前線に素早く輸送できるか……など、国家的総合力によって戦争の趨勢が決まるようになった。
問題はハイ・ポーションの上限突破が後遺症を発症させる事だった。
大幅な魔力上限突破を行うほどに後遺症は重症化する。上限突破を行うと、魔力の上限値が永久的に下がる。限界まで上限突破をすると、上限突破前の1割程度にまで魔力が落ち込んだ。
この後遺症により、一度の戦争で兵力の3割が退役せざるをえなくなったといわれる。
そこで開発されたのがハイ・ポーションを服用するのではなく、燃料として用いる手法だった。
ハイ・ポーションを原料に魔法金属を触媒に使う事で、様々なマジックアイテムの作成が可能だった。乱造されたマジックアイテムは傑作もあれば駄作もあった。
特に傑作と呼ばれ普及し戦争で多用されたのは、「杖」と呼ばれる砲撃マジックアイテムだった。細い筒の中でハイ・ポーションを爆発させ、ショックに似た単純にして不可視の衝撃を射出するこのマジックアイテムは、しかしショックと比較して威力が段違いだった。金属鎧やプロテクション、ローブによる防御・威力減衰を強引に押し潰す大威力の砲撃は、本質的には威力が高いだけのアロー系魔法なのだが、その威力が桁違いであるため、アローではなくバスターと呼ばれ区別された。
バスターの威力はあまりに高く、個人装備の防具で防げる領域になかった。鎧で大砲は防げない。
魔獣に騎乗し機動力でもってバスターを避ける・照準をずらすなどして対処する魔獣騎兵が一時代を築いたが、育成の手間と戦争における活躍を比較すると採算がとれないため、陣地構築が主流となっていった。
戦場にバスターを防ぐほどの強力な魔法的防御陣地を形成し、そこを基点に前線を押し上げていくのだ。いわゆる「魔法陣」である。
魔法学の発展により血液を用いないハイ・ポーションの工業的精製生産が可能になると、各国のポーション工場は唸りを上げて前線に魔力燃料を送り込み、それが湯水のように消費され、魔法陣とバスターが拮抗する泥沼の戦線を支える事となった。
魔法陣は堅牢だが動かせず、バスターは魔法陣を抜けないが魔法陣から顔を出した兵士を肉塊に変える事はできる。かくして戦争は戦端を開き陣地構築をした後はお互い攻めあぐね膠着状態におちいるモノとなった。
より強力なバスター魔法を。
より頑強な魔法陣を。
そういったいたちごっこの発展がしばらく続いたのち、焼夷魔法が状況を打破した。
焼夷魔法は一定以上の濃度を持つ魔力に反応し爆発燃焼させる「魔力に着火する」魔法である。焼夷魔法は容易くハイ・ポーションが格納された倉庫や高密度魔力で構成された魔法陣に引火し、爆発四散せしめた。魔法陣は動かせない。動かない的に焼夷魔法を打ち込むだけで自滅させ、容易く敵陣を更地に変える事が可能になったのだ。
すると時代は近代的なゲリラ戦・強襲戦に移行した。
戦力を一カ所に集中させておくと焼夷魔法でまとめて薙ぎ払われてしまう。従って、分散し潜ませた戦力を素早く集結させ敵地を攻撃。制圧したのち、再び素早く分散し敵地に浸透する。これを繰り返すのが有力な戦法となった。
こういったゲリラ戦を移動・探知・情報魔法で補助効率化させたものが現代魔法戦闘の主軸である。
現代では検知・情報魔法が発展し、焼夷魔法の励起察知や魔法起動に必要な触媒の探知が可能となったが、国土全域で発動検知・探知を続けるのは資源的にも人材的にも財源的にも極めて非現実的である。常に国土を、国境全域を警戒し続けるのは不可能であり、戦端が開かれれば初動で大きな犠牲が出るのは避けられない。ゆえにそもそも戦争に発展しないよう国交を強化する事が肝要となった。国交は武力を使わない戦争だといわれるゆえんである。
現在は焼夷魔法への根本的かつ有効な防御手段が存在しない。いわば攻撃力が飽和した時代だ。しかしこれまでの歴史がそうであったように、いずれ防御魔法が攻撃魔法を上回る時代がやってくる事だろう。