動き出す関係
週明け。教室は平時と変わらぬ活気に溢れていた。
自席に座り、どうしたものか、と考える。恋愛相談の件だ。
答えは纏まっている。『告白DM で直球勝負』だ。結局、相手に想いを伝えたところで、相手が承諾するかどうかは分からない。告白を受け入れてもらうためには、それまでの行動が重要なのだ。日々の積み重ねが大事だって、ちょっと前に見たアニメでも言っていたしな。
それにしても。
視線を上げると、紬を中心とした女子軍団が週末の戦果報告会をしている。
紬は朝も昼休みもこの教室から動かない。放課後は生徒会の仕事に行くが、それくらいだ。
つまり、狙いの相手は生徒会役員の可能性が濃厚となる。
だが……。
「おはよう、新也。どうしたの?」
「おはよう、最上君。先週からいろいろ考えていてな。最上君は生徒会の男子についてどう思う?」
「えっ。どうって言われてもなぁ。それなりに真面目で人望がある人たち、だよね。生徒会長とか天羽さんとか、女子の方が知名度抜群だから、影に埋もれちゃってるイメージだよね」
「そうなんだよなぁ」
生徒会の男子は、顔が悪いわけでもないが、青海君ほど飛び抜けてイケメンでもない。サッカー部のイケメン上位五人にも食い込めないだろう。
他所の部活にもイケメンはゴロゴロいる。今話している最上君に勝てる生徒会男子は居ない。
……いや、人間、顔より中身って言うしな。俺はこの言葉を疑っているけど。
しかし、どうしたものか。アドバイスを準備したはいいが、伝えるタイミングが訪れない。こっちから声を掛けなきゃいけないくらい良いアドバイスでもないので、俺から仕掛ける理由はないし。まぁ、忘れているならそれでいいんだけど。
昼休み。イツメンといつもの昼食タイムに入る。
五十嵐がおかずを一品徴収し、樫原が食べさせるてぇてぇムーブを眺め、致命的な違和感に気付いた。
コイツ……菓子パン二つだよな? 平気で六郎するらしいのに?
だが、疑問を口にするのは憚られた。土日の行動を疑われてしまう。
スマホが振動し、通知を知らせる。紬からだ。
『そろそろお返事、聞いても良いですか?』
どうやら忘れていなかったようだ。考えを纏めつつ、入力していく。
『告白するならDM やね』
『突き詰めれば、告白は、それまでのアプローチがどれだけ成功したかの確認であって』
『どんなやり方でも成功率に大差は出ないと思う』
『DM なら相手以外に告白したことを悟られないアドもあるし』
『清秋祭まで時間がないのでアプローチは割愛』
これでよし。SNS 上ではちょっと長いかな~と感じたら文章を切ってしまう。
天羽・青海グループを見るが、紬の姿はなかった。才原の姿もない。
これは告白に行った流れだろうか。アドバイス求めるのギリギリ過ぎない?
『放課後空いてる?』
ややあってから、返信が来た。
早速の戦果報告会かな? 俺は恋愛するより恋バナ聞く派。たすかるぜェ……。
『空いてる』とだけ返し、イツメンとの会話に戻った。
放課後。クラスのみんなは忙しそうにしていた。清秋祭は今週末。教室を飾り付けるための飾りやメイド喫茶の看板作り、門とか謎のオブジェとかも作っている。
半分くらいは去年も見かけたやつの使い回しを補修しているのだが、俺は特に参加しない。去年は看板作りを手伝わされた記憶があるけれども。
まぁ、眼前に広がる光景こそが健全な青春のピークみたいなもんだろうなぁ、と思いながら紬を待つ。場所は指定されなかったが、先週のパン屋で話を聞く流れだろう。
「お待たせ」
「ん? ああ」
現われたのは紬と才原。才原のパパ活レポートも聞けるのだろうか。
クラスメイトに注目されながら教室を出る。青海君は何故か親指を立てていたし。方向逆じゃね? どの教室の前を通っても注目される。
階段を降り、靴箱へ向かう。靴を履き替えて校門へ向かう……と思いきや、紬は逆方向に歩いていった。才原も一切の迷いがない足取りで歩いていく。
「あ、あの……?」
「分かってないなぁ、今日帰り道が危ない男子代表の双見君。今日のメインなんだからちゃっちゃと歩く!」
「は?」
何故か付いてきた理不尽の塊さんに腕を引かれ強制連行された。最上君や五十嵐もいる。全然知らない女子も一杯降りてきたし……。何、マジ何なの? フラッシュモブでも始める気か?
ええ、紬選手まさかのフラッシュモブ??? それは悪手でしょ。しかも、俺連れてくる? もっとノリ良さそうなヤツいっぱい居るっしょ? そもそも、こういうのはぶっつけ本番でやるものじゃなくない?
辿り着いた場所は食堂の裏手だった。先客もいる。
「笹井さん、俺と付き合ってください!」
「えっ、なんかいっぱい来た……。えっ、ウソ、先輩!? み、見ないでくださいよ! すいません! ごめんなさい!!」
「う、うわああぁぁん! 玉砕したァー!! 人多すぎだろー! こんなの好感度マックスでも絶対成功しねぇよォー!!」
俺もそう思う……。大所帯にフラれる瞬間を見られた男子は超特急で去っていった。改めて見渡すが、やはり多い。結局、青海君も来てるし。妹様も居るし。
「せ、先輩! 今から何が始まるんですか?」
「俺も知らん。ま、さっきのは七海っちの好みじゃないってすぐ分かったぜ」
「へっ!?」
顔を真っ赤にし、あたふたする七海っち。七海っちのタイプは『TAKUMI卍 みたいなイケボのイケメン』だってことは想像に難くない。そんな男子居ねえんだな、これが。
「それが例の後輩?」
「ヒッ……ア、ハイ。ソウデスネ」
暗黒モードの紬がプレッシャーを放つ。
圧を一身に浴びてなお負けじと睨み返す七海っち。
「相手にしちゃダメよ、紬」
「分かってる」
一触即発の状況で手綱を抑えることができる才原の強さよ……。才原は清秋において最強……!
さて、いよいよ俺もとぼけられない状況になってきた。
二、三人の強そうな囲い。わざわざ告白に出向かなければならないほどの男。
俺と紬が過去に積み上げてきたもの。今なお残り続けるもの。
その総決算の時が来た。
「新也」
「なに、紬」
ゆったりと次の言葉を待つ。衆人環視の中でも不思議と緊張しなかった。
紬は珍しく緊張しているように見える。
紬がすぅ、と大きく息を吸った。
「ずっと前から、ずっと、ず~っと前から新也のことが好きでした! 付き合ってください!」
己の気持ちを整理し、周囲を見渡したら、深呼吸して。
「ごめんなさい!」
深々と頭を下げる。
紬と付き合う未来は描けなかった。正確に言えば、紬と共有する時間、空間に魅力を感じられなかった。過去の思い出が去来する。今よりもっと笑い合っていたあの頃ならば、紬以上に魅力的な人を見つけていなかったあの頃ならば、答えは違っていたに違いない。
「……去年は同じクラスじゃなかった。でも、今日までずっと一緒に登校してきたよ? 新也は突き放さなかった。少なくとも嫌いじゃないってことでしょ?」
「そうだな。でも、現状維持が限界だった。ちゃんとアドバイスにも書いたぜ。それまでのアプローチの成果を確認するのが告白なんだ、って。今の紬は──」
核心に踏み込む前に、紬の顔からスッと感情が消えた。ヤベッ、変なスイッチ入れたかも。
そう思うのも束の間、屈託のない純度100% の笑みに切り替わった。
「いいよ。これから好きにさせればいいだけでしょ? 覚悟しててね、新也」
太陽を思わせる眩しい笑顔なのに冷や汗が止まらない。
本格的にヤバいスイッチを入れてしまったかも……。
去り際、後輩に絶対零度の眼差しを送って満足した紬は才原を引き連れて去っていった。
沈黙に包まれる告白スポット。さすがに重い……。
「ねぇ、双見君。ウチの風姫ちゃんはどう? 最近、風姫ちゃんに告白とか清秋祭のお誘いとかが多くて困っているのよねぇ」
「ちょっ、瑞希!」
沈黙をブチ破ったのは委員長だった。
重苦しい空気を打破してくれたお礼に、最高の返礼で応える。
「あー、皆様、聞いての通りでございますー! 五十嵐さんはあちらのジャイ……ジャ委員長のご指名入っておりますのでー!」
「キミ深読みするねぇ。でも正解~。私たちのカップリングの名前を言ってみろ~!」
思っていたのと少し違うジャ委員長が世紀末なオラつき方で周囲を威圧する。
カップリング名称と言われても……。普段はてぇてぇムーブを眺めるだけなので全然考えてなかった。世紀末の雰囲気に浸っているジャ委員長は置いておき、勝手にガールズラブ認定されてしまった五十嵐に目配せして手を合わせる。ごめんピ。
五十嵐は拗ねたようで、頬を膨らませ、そっぽを向いている。
「先輩! 私はどうですか!」
どさくさに紛れての告白にも余裕を持って対応する。
「七海っちも告白が多すぎて俺をフェイクの彼氏に仕立て上げようとしているのが見え見えだぞ。無理はいけねぇ。七海っちが本当に好きなのは『TAKUMI卍 みたいなイケボのイケメン』だろう?」
「あーあーあー!! バカ! 先輩の馬鹿ー! もう知りませんっ!」
耳まで真っ赤にした七海っちは観客席に戻っていった。
癖になる清々しさ。気分はまるで、全ての男どもを返り討ちにする美少女だ。
さぁ、次は誰が来る?
「笹井さん、そんなのじゃ新也は落とせないよ?」
意外過ぎる人物が名乗りを上げた。女性陣から歓声が沸く。
夕陽に照り付けられ、最上君の白い肌が紅く染まる。
「新也はねぇ」
余裕たっぷりの可愛らしい声が近付いてくる。
一歩近付くごとに、建物の影に飲まれて黒く染まっていく。
……近い。俺の直前まで来ても歩みを止めない。
一歩下がると、一歩踏み込む。もう一歩下がると、また一歩踏み込んでくる。
壁が背に当たった。もう逃げ場がない。
「──こう堕とすんだよ」
突如襲い来るイケメンボイス。流麗な動作で壁に手が添えられた。
最上君の影が俺を覆い尽す。いつになく男前な最上君の顔を見上げる。
身長差を感じさせるガチ恋距離。
「お前、俺の女になれよ」
「はひ……」
甘美な囁きに酔いしれ、何も考えずに返事をすると、遠くで黄色い歓声が聞こえた。
見つめ合い、二人の吐息だけが支配する空間が訪れる。
二人は幸せなキスを──。
斯くして、男子からは『美少女からの告白を断り続け、チャンスを残してくれた良い人』に昇格し、女子からは『ついにみこ×あらが公式化! ありがとう!』と称賛され、校内での地位が向上した。
「おにいと男の娘のキスシーンめっちゃ良かったなぁ~。あ~尊い。動画もバッチリ残したし。……チラッ。あ゛、あ゛~っ!!」
『彼氏ができました』という物騒極まりないタイトルで配信をしている妹様が限界腐女子魂の雄叫びをあげた。イヤホンを貫通してきた野太い声に、ご近所迷惑にならないか不安しか感じなかった。妹様、どんだけデカい声出せるんだよ……。
そっと唇に触れる。最上君とのキスは軽いものだった。
場の雰囲気に流されたのは否めない。俺様系イケメンに壁ドンされたのも嬉しかった。
それなのに、今日の最上君にミヤさんの面影がチラつく。
あの時振り払えていれば、罪悪感に苛まれることもなかったかもしれない。
最上君のことは嫌いではないが、ファーストキスを捧げたのは間違っていたと思う。
ゲーミングチェアの上で体育座りし、懺悔に耽る。
どうしたってミヤさんがチラつく。罪悪感から解放されない。
この胸に残ったモヤモヤ。
「ああ、これは恋心だ──」
知ってるよ。ミヤさんと行ったカラオケで歌った曲にも、そんな歌詞があった。
立ち上がり、鞄の中から買ってきた本を取り出す。
「……読むか」
『パスタでげんき』。アドバイスを経て、あーちゃんはお母さんに美味しいパスタを作ってあげた。片や、俺は紬に何ができた?
答えを知るために、数年ぶりに読む絵本を開いた。
「やっぱいい話だなぁ……」
特に、あーちゃんがテレビのお兄さんにガチ恋している表現が良いんだよな。
個人的に一番好きなキャラクターは塩の妖精。
あと、ウチにもあーちゃん家と同じマグネットあるわ。世界的に有名な画家が描いたやつの展示会でよく売っているヤツ。
「最後に頼れるのはパスタなんだよなぁ」
答えは得た。
本棚の一番端に仕舞い、寝る準備に取り掛かった。




