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イチノと一夜LOVE

 三人とももう二度としないと誓い、深く反省している様子だった。本当は八つ裂きにしたい思いだったろうに、イチノはしぶしぶ彼らを許した。ただし、ズィーガルはあれからさらにイチノにフルボッコにされた上、木に縛られてそのまま一晩反省しろとの沙汰を下された。別パーティの男二人は俺たちの代わりに徹夜で見回りを言い渡された。


 そして眠りの魔法石はイチノに一時的に没収された。もっとも警戒すべき機巧魔兵に対してはどのみち無意味な代物だ。無くとも村の警護にはほぼ問題ない。他の魔物や野獣に対しては知らない。何とかしろと一蹴されていた。


「櫓の上から監視してるからね、あんたたち! 村の巡回さぼったら罰金取るわよ!」


「は、はい!」


 二人はランタンを手に慌てて見回りへ。ズィーガルからはミナモヅキの灯りを取り上げ、真っ暗闇の林の中へ置き去りにした。


「おい! 待ってくれ! せめて灯りくらい置いてってくれよ!」


 案外小心者らしい。情けなく慈悲を乞うが無視する。柵に囲まれた村の中なので、獣の類に襲われる心配はないだろう。お化けが出たら気合で乗り切れ。


「意外に寛容なんだな、イチノ」


 キャンプ地へ戻る途中、彼女に話しかける。


「お前のことだからもっと厳しい報復すると思ってた。特にズィーガルの奴には」


「……失礼ね。まあ、気持ち的にはそうしたいのも山々だけど。あいつらに逃亡でもされちゃ、後で苦労するのはあたしたちだからね」


 結構忍耐強く、理知的なようだ。普段の天衣無縫ぶりからは想像もつかなかった。思わず頭を撫でてやりたくなったが、ぶっ飛ばされそうなのでやめておく。


「この仕事が終わるまでの辛抱よ。街に戻ったら……いいえ、この村から出た瞬間パーティから蹴り出してやるわ!」


「それには同意だけど、ウルカさんにはどう説明しよう……」


 その事に思い至り、俺とイチノは顔を見合わせた。ズィーガルをパーティーに勧誘したのは彼女だ。このままでは彼女の面目は丸潰れになる。かといって黙っているわけにもいかない。


「朝になったら正直に話すしかないわね。あの子、一度寝たらなかなか起きないから、今夜のところは寝かせておきましょう」


「そうだな……。朝、一緒に話そう」


 気が進まないので先送りにする。別に急いで知らせることでもないので、構わないだろう。キャンプ地に戻ると、俺は真っ直ぐ櫓に向かった。


「あいつらと村の見張りは俺がするから、イチノはバンガローで休んでおけ。寝込みを襲うような真似はしないから心配するな」


 あんなことの後だし、精神的ショックも大きいに違いない。せめてゆっくり寝かせてあげたい。どうせ、もうしばらくもすれば交代の時間になる。


「あたしが見張るからいいわよ。助けて貰ったお礼と言っちゃなんだけど、あんたこそバンガローで休んでなさいよ。別にまた木の上でも構わないけど」


 イチノには答えず、さっさと櫓の梯子を上る。こんなことくらいで鎧の力を使うのはやめておいた。非常時でもないのに頼り過ぎると身体が鈍りそうだ。そんな俺の様子を見てイチノは諦めたのかバンガローへ。珍しく聞き分けがいい。やはり心の痛手は大きいか。改めて胸が痛んだ。


 梯子を昇り切り、監視台へ到達する。四方を柵で囲った小さなスペース。それでも足を伸ばして座るくらいの広さはある。かなりしっかりした造りだ。柵隅の支柱は長く伸び、その外側には銅鑼どら木撥きばちが吊り下げられている。緊急の際にこれを打ち鳴らして危険を知らせるのだ。


 下から見上げるより高く感じる。深い森に囲まれた小さな村が一望出来る。といっても真っ暗で村の境界などわからない。ミナモヅキの灯された小枝を、持っていた手ぬぐいで幾重にも包み、光を遮断する。そうして目を凝らすと、下で遠く移動する二つの小さな光を確認出来た。あの二人の冒険者は言われた通り忠実に見回りをしているようだ。


 それを見届け腰を降ろす。そこそこ風が吹いていて少し肌寒い。今の暖かい季節はまだいいが、冬はさぞや大変だろう。両手でマントを手繰り寄せ、胸元で合わせる。だいぶ暖かくなった。だが、尻が冷たい。下に何か敷く物を用意すべきだったと後悔した時、どさどさと何かが投げ込まれた。仰天して立ち上がる。丸い小さな御座と丸められた毛布だった。


「ウルカが使ってたから一つしか持ってこれなかったわ。というわけで、あんたは降りなさい」


 イチノが登ってきた。全然聞き分けよくなかった。


「わざわざ届けてくれて助かる。珍しく気が利くじゃないか。丁度欲しいと思ってたんだ。有難く使わせて貰うよ」


 毛布は彼女が街から持参した物。丸御座はバンガロー内にあった物だ。俺はそれを敷き、その上にどっかと腰を据えて毛布を紐解いた。毛布を肩からすっぽりと纏い、丈夫そうな柵にもたれかかる。


「あんた、人の話聞いてる?」


「お前こそ。用が済んだなら、さっさと下に降りろ」


「強情ね、あんた……」


「どっちがだよ」


 互いに意地を張り合う。埒があかない。毛布も御座も占拠してしまえば諦めて降りると思っていたら甘かった。なんと彼女は無言で、俺の胡坐あぐらの間に後ろ向きで座ってきた。


「お、おい!」


 さらに背中を預けてきた。その体勢で不満そうにぼそりと呟く。


「寒いんだけど……。それあたしの毛布だし」


 毛布越しに密着する彼女の体温が伝わる。ピンと立った尻尾のふさふさと彼女の後ろ髪が俺の顔をくすぐった。ついでに何かいい匂いも鼻腔をくすぐる。


「わかったよ……」


 仕方なく毛布をはだけてイチノを後ろから軽く抱き締めた。両腕と毛布でその身体を包む。普通なら歓喜するシチュエーションだが、俺にはギアスという非情な枷がある。このままではまずい。ここは素直に退散するべきか。しかし、こうなった以上意地でも見張りを譲りたくない。逃げたと思われるのも癪だ。と、自分の事ばかりを考えていて、ふと気づいた。


 こいつ、もしかしたら俺の側から離れるのが怖いのでは……。側に居たいというより、不安なのだ。根を上げて櫓から降りる振りをし、その真意を図ろうとして思いとどまった。これ以上、不安な思いはさせたくない。


「俺は意地でも朝までここを動かないからな!」


「ふん! それはこっちの台詞よ!」


 突っぱねるように返してきた。しかし、明らかに声色が嬉しそうだ。なんて分かりやすいツンデレ。そしてめちゃめちゃ可愛い! 冗談抜きでこれはヤバい……。そうだ! こいつを女と思わなければいい。猫を膝に抱いていると思えばいい! お前は猫だ! 猫になるのだ!


 不思議なことにそう思うだけで心が落ち着いてきた。ピリピリと全身に走っていた痺れも収まってくる。要は気の持ちようだ。


「……暖かい」


 イチノがぽつりとそう洩らした。喋るな、猫! 気持ちが揺らぎそうになるだろうが! 気づけばゴロゴロと喉を鳴らす音。まんま猫じゃねえか! レーヴェって喉鳴らしたりするもんなのか? それでまたどうにか気が紛らった。


「そう言えばまだお礼言ってなかったね、ありがと」


 またこいつは! そういう、らしくもなく殊勝な事言うのやめろ! 俺の心を惑わすな!


「あ、ああ、気にするな……」


 これもう拷問じゃん……。何か、何か手はないのか!?  錯乱した俺は一つの妙案を思いついた。彼女に回していた右手の手袋を取り、背後からその頭を撫でるという暴挙に出る。


「ちょっと! 何すんの……」


 ピピピと猫耳を震わせ、俺から身体を離そうとした。それでも構わず撫で続ける。こいつは猫だ……猫だ……。心の中でうわごとのように繰り返す。嫌がって離れようが、それもやむ無し。やがて諦めたのか、また身体を預けてきた。身を固くして縮こまっていたのも徐々にほぐれ、俺に思い切り体重を預けてくる。


「あそこであいつらに囲まれた時、あんたが近くで寝てるって聞かされてたからダメ元で呼んでみたのよ。まさか本当に助けに来てくれるとは思わなかったけど……」


「可愛い女の子が助けを呼べば、地の果てからでもすっ飛んでいくさ」


 くっさ!! 脊髄反射でそう答えてから激しく後悔した。顔を赤くして悶絶する。笑い飛ばされるかと覚悟していたら、無反応かよ! 余計恥ずかしくなるから勘弁してくれ……。そう思っていたら、無言で俺を見上げてきた。なんだろうこの表情。目を潤ませているわけでもなく、かといって小馬鹿にした顔つきでもない。俺の心のうちを探っているかのような、純粋でまっすぐな視線とでも言うべきか。その目を見ていたら、いつの間にかやましい気持ちは消し飛んでいた。ただ何となく気恥ずかしくなり、視線を外して空を見上げた。


 夜空には無数の星々が美しく瞬いている。見ろよ、星が綺麗だぜ。とか、また歯の浮くようなセリフを言うわけにもいかず、


「まさか、お前とこうして星空を眺める事になるとは思わなかった」


 ロマンチックには程遠い事を呟いてしまう。


「まったく同感だわ」


 俺の胸を枕に、しみじみとそう返されてしまった。

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