許されざる者
見回りに出ている残りの二人にも挨拶をしておきたかったが、日が落ちるまでにあまり時間がない。食事の準備を済ませておきたかった。また改めて顔を出すと伝え、俺たち四人は自分たちのキャンプ地に戻った。
調理は思っていた通りウルカさん中心だ。彼女には及ばないもののイチノも意外と得意らしい。俺たち男二人はその間、薪集めを兼ねて見回り。幸い薪の備蓄は大量に用意してくれてあったので、今のところまったく余裕だ。薪集めも俺たちの仕事。大量に使うことになるので、明日からも警邏を兼ね、村の外に出て集めておかねばならない。
暗くなってから、ウルカさんは光の魔法を使ってくれた。ミナモヅキという広く普及したジュエル魔法だ。触れた対象に十二時間もの間持続する明るい光を灯す。灯せる対象は無機物や植物のみに限られる。さらにこの魔法の光には副次効果として、なんと虫除けの力がある。完全ではないが、光の届く範囲に虫の類を寄せ付けないのだ。この効果の為だけにミナモヅキを修得したいと思う者が後を絶たないという。
実はウルカさんもそうだった。彼女も相棒のイチノも本来灯りをそれほど必要としない。種族の特性として人間より遥かに夜目が効くのだ。光源としてあまりこれに頼りすぎると、暗闇での視力が衰えてしまう。野営の際には食事時と就寝時にしか活用しないらしい。その他にも夜間での合図や敵への目眩まし等、照明以外の用途はいくらでもある。
ウルカさんは小枝に灯したこれを夜間見回り組用と待機組用に一つずつ、二つ用意してくれた。
ミナモヅキの有難い効力のおかげで虫に悩まされることなく、快適に食事を堪能する事が出来た。ウルカさんとイチノの手作り料理は言うまでも無く絶品だった。
その後、男女二交代で村の公衆浴場へ。女性組にまず先に行って貰った。小さな村なのに浴場があるのすごいと思っていたら、温泉が湧き出しているとか。しかも本格的だ。結構しっかりしていて広い。なんと、男湯、女湯に加えて混浴スペースまであるらしい。さらにタダで入り放題ときている。管理や清掃はそれ専門の村人が行ってくれていて、維持費や人件費は村全体の出資で成り立っているという。
当然のようにウキウキで混浴風呂に赴いた。ズィーガルは、どうせ男しかいないとついてこなかった。悔しい事に奴の言う通りだった。なぜこんな無意味なスペースを作った……。共に湯船に浸かる他の村人に聞いてみたら、ロマンだと言われた。綺麗で年若い女性の入ってくる可能性が数%あるだけでも意味があると力説された。ちなみに女湯はここと男湯合わせたより広いらしい。女性がここに来るメリット皆無じゃない?
まあ、それは置いといて、いい湯だった。この温泉の存在をもっとアピールすれば、警護のパーティも集まりやすいだろうにと考えたが、任地先はこっちでは選べないんだった。キャンプ地に戻る。割とのんびりしていたつもりなのに、ズィーガルはまだ戻っていなかった。風呂好きなのか、あいつ。
飯食って風呂入ったら急激に眠気が襲ってきた。気が張り詰めていたので忘れていたが、そういえば寝不足だった。夕食の席で決まった見回り担当時間まで、まだかなりある。二人に休む行き先を告げ、それまでの間一眠りすることにした。イチノにこう言われた。
「木の上で寝るって、あんた野生動物?」
「お前も櫓で寝るつもりだったんだろ? そんな変わらないだろ」
二交代制の組み合わせはイチノとズィーガル、俺とウルカさんのコンビだ。俺とズィーガルが組むことになると想定していたのに、これは予想外だった。こっそり後でイチノに訳を尋ねてみたら、女性二人が寝ている間、男二人に好きに動き回られるのが不安だという。どちらか一方は起きて男共を監視しておきたいらしい。休む際はズィーガルと離れて櫓で寝るので問題ないとか。俺とウルカさんがバンガローで一緒に寝ることになるのは、まだ許容できるそうな。昨晩、ラーディアと何もなかった事で、多少は信頼感を得られたようだ。
優しいウルカさんと二人きり、一つ屋根の下で寝るのもそれはそれで魅力的だが、一つ試してみたい眠り方があった。そういうわけで一人寂しく木の上で眠ることにしたのだ。忍耐力も試さなくて済む。
キャンプ地から少し離れた林の中、鎧の力で一本の小高い木の上に飛び上がる。適当な高さの枝に掴まり、ベルトにあらかじめ結んでおいたロープをそこに短く縛り付ける。今はあまり吹いていないが、風に流されないようにする為だ。そのうつ伏せの体勢のまま、眠りについた。兜は置いてきたが、他の二つの神器は身に着けている。
枝のすぐ上でふわふわと浮く。傍から見ればなんとも気味の悪い光景だろう。しかし今は夜だ。人目を気にする必要は無い。そして、これが思っていた以上に心地よい。身体も思い切り伸ばせるし、どこにも負荷がかからない。ハンモックに揺られるよりも遥かに気持ちいい。水上で眠れたらこんな感じになるのだろうか。上下の感覚がない分もっと楽かもしれない。癖になりそうだ。あっという間に深い眠りに落ちていった。
「リアム!」
夢の中で名前を呼ばれた気がした。この声はイチノ? なんでラーディアじゃないんだ……。少し不満に思ってしまった。
「リアム! 助けて!」
その鬼気迫る声色に俺の意識は急速に現実に戻った。それ以降イチノの声は聞こえない。代わりに複数の男たちの会話。
「なんか罪悪感覚えるなあ……」
「ばっかお前、それがいいんじゃないか」
「無駄口叩いてないでさっさと縛れ。猿轡も忘れるな」
茂った木葉の間から下を見下ろす。斜め向こうの木の下に明るい光。ミナモヅキだ。それの灯った小枝を掲げているのはズィーガル。そして彼に寄りかかっているのはイチノ。気を失っているのか、ズィーガルに抱きかかえられたまま、こちらに背を向けて動かない。その左右に二人の男。夕方、挨拶に行ったあの二人の冒険者だ。ミナモヅキの灯りの下、イチノを後ろ手に縛り付けようとしている。何をするつもりかなど、もはや一目瞭然。怒りで頭に血が上り眩暈すら覚えた。
枝に結んでいたロープを断ち切るのももどかしい。胸のスイッチを一瞬だけ切り、下へ落下する。地面近くでまたスイッチを切り着地しようとした。
「むぎゅっ!」
全身が押し潰される!? 四つん這いで地面に接すると同時に、俺は情けない呻き声を上げて腹ばいになっていた。身体が重い。持ち上がらない。
「誰だ!?」
三人がこちらを振り向く。俺が寝ていたのは精々二、三時間だろう。それだけの間でも重さのない状態を持続していれば、身体がそれに慣れてしまうらしい。そういえば村の講義で聞かされた様な。早く寝たいあまり、うっかり忘れていた……。
「お前ら、イチノをどうするつもりだ!?」
わかりきった事を聞いて時間を稼ぐ。地面に這いつくばった俺の無様な姿は、向こうからは暗くて見えていないハズだ。
「その声は小僧か? どこから見ていたのか知らんが、そのまま黙って眺めていれば良かったものを。残念ながら定員オーバーだ。鑑賞もさせねえ」
ズィーガルがあくどい笑みを浮かべてほざく。あっ! こいつ今、どさくさ紛れにイチノの尻を揉みやがった! もう許せねえ!
「おい! あいつも魔法で眠らせろ!」
イチノに後ろから猿轡を噛ませていた一人にそう命令する。
「え? でも……」
「でもじゃねえ! 邪魔されたくなかったらさっさと言う通りにしろ!」
短い間だが、どうにか力が戻ってきた。これ以上の問答は無用だ。男が戸惑っている間にかろうじて上体を持ち上げ、胸のスイッチをオンにする。また地面に手をつき、身体を後退させる。木の幹に足を揃えて靴底で触れる。同時に鞘から小剣を抜き、真横に構えて前に突き出した。
「チェーンジ、グレイブ!」
両足で幹を思い切り蹴り飛ばした。俺の身体は地面ぎりぎりを飛び、三人の元へ。横に構えたグレイブの長柄が前の二人の足を引っ掛ける。
「うわっ!」
「ととっ!」
二人は同時に足を取られ、うつ伏せに倒れる。その瞬間に爪先で地を叩く。俺の身体は止まった長柄を支点に逆立ちした。手を離し、真上へ。宙で一回転しつつ、スイッチを切る。下のズィーガルの肩口へ足から落下して着地した。肩当の上だ。
「痛えっ! なんだ!?」
奴は灯りを落とし、イチノを横に突き飛ばした。俺の身体がズィーガルの肩の上で後ろ向きにゆっくりと倒れる。そのタイミングを狙い、手を添えていたスイッチをまた入れ、奴の身体を足がかりに後ろ向きに飛ぶ。ズィーガルの手が俺の足を掴もうとして空振りした。飛びつつさらに鞘のスイッチを入れ、小剣の形に変わり飛んで来た武器を掴む。
その勢いを逃がす為、身体を横に回転させる。ズィーガルから遠ざかりつつ宙で背を向けた。後ろに木があるのを確認。張り付く形で幹に。身体を捻り、そこからズィーガルへ向けて斜め下に飛んだ。ラウンドシールドを展開させながら叫ぶ。
「チェーンジ、ソードブレイカー!」
奴は背中の大剣を抜き放ったところだった。肩へのダメージはそれほどでもなかったのか両手で構えている。落下距離が短すぎたか。
「何て動きだ! こいつ化け物か!?」
驚愕しながらも頭上に構えた大剣を振り下ろしてきた。勢いが弱い。それに微妙に狙いがブレている。肩に与えた一撃は無駄ではなかった。宙から飛びかかりつつシールドで受け流す。片手で握ったソードブレイカーを側頭部に思い切り叩きつけた。
刃ではなく剣の腹でだ。こんな奴でも殺すわけにはいかない。どれほど頼りになるかわからないが、村を守る貴重な戦力でもある。イチノがどうしても許せないと言うなら命を絶つのも止むを得ないが。
ズィーガルは白目を剥いてぐらりとかしずき、ぶっ倒れた。俺は剣で殴った反動で横に飛んだ。三人の方向を向いたまま地を滑る。両手で剣を地面に突き立て踏み止まった。横には意識を取り戻したイチノ。
「あと二人残ってる。手を貸してくれ。生殺与奪の判断はお前に委ねる」
ズィーガルへの処遇も含め、彼女に従うつもりだった。俺に転ばされた二人の男はようやく起き上がり抜剣している。
「こうなりゃ、やるしかねえ……」
「けど、こ、殺さないよう気をつけないと……」
俺たちに剣を向けながら、切羽詰った表情をしている。やっぱり根っからの悪人じゃなかったか。ズィーガルに焚き付けられなきゃ、こんな行為に走ることもなかったろうに。
「あんな事言われて殺したら、こっちが悪人みたいじゃない」
イチノは後ろ手に半端に縛られた縄を解き、猿轡を外した。しかし、ショックなのか相当悔しいのかその言葉は震えていた。右手に鉄角のついた鉄拳を装着している。
「殺しはしないわ。でも、このままタダで返すわけにはいかない。左の男は眠りのジュエル魔法を使うわ。気をつけ……」
「うわあああ!!」
イチノが言い終わる前に向こうから来た。
「任せろ!」
地に足をつけた状態にもやっと身体が慣れてきた。突っ込んできたそいつの長剣の切っ先を真上に払う。狙い通り上から振り下ろしてきたので、横に構えたソードブレイカーの溝で受け止める。鍔迫り合いをするまでもない。柄を思い切り半回転捻ってやる。相手は剣を絡め取られ手放した。マニュアルに載っていそうなソードブレイカーの使い方だ。
剣を失った男は胸のブローチを握り締めた。それが眠り魔法の発動体か。使わせるか! 至近距離から胸にブリットを撃ち込んだ。前屈みになったその頭を左手で鷲掴みにする。
「イチノ!」
イチノはかかってきた相手に棒手裏剣を投げつけ、怯んだ隙に蹴りで剣を叩き落とした。さらに相手の胸へ革鎧越しに、鉄拳を捻りつつぶち込む。相手の男も胸を押さえて同じく前傾姿勢になったところだった。
イチノは俺に頷き、そいつの髪を掴んだ。俺と彼女は互いの相手の頭を引き上げ、
「おりゃあああ!」
「らあああああ!」
その額と額を力一杯衝突させてやった。