表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

雌伏の時間

 その機巧魔兵は狼の外見をベースにしているものの、一見してそうでないと分かる異形の姿をしている。体表は当然毛皮ではなく、オークタイプ同様木を主体に所々鉄の材質。背中に長い背ビレのような形の鋭利な刃物。両肩には横に張り出し、湾曲して前を向く鉤形の角。胴にも真横に突き出た刺状の角が複数ついている。相当凶悪な見た目だ。


 ウルカさんに噛みつこうと、その巨大な口を開いたところだった。俺は突進しつつ、その口の中へ小剣を突っ込む。喉奥に突き刺さる感触。体当たりと同時に叫んだ。


「チェーンジ、ショーテル!」


 口内へ突き立った小剣が長く細い曲刀に形を変える。刃の切っ先が伸びていき、敵の身体を貫いてゆく。深く反り返った先端が腰の当たりから飛び出した。普通の曲刀なら、ここから下へしか切り裂けない。だが、ショーテルは両刃だ。そして生半可な硬さではない。


「うおおお!!」


 両手で握りしめた柄を思い切り振り上げる。ショーテルの刃は狼タイプの頭から背中にかけて、いとも容易く切り開いた。本物の狼ならかなりグロい絵面だ。そして今の一撃で絶命していた。しかし、相手はまだ動いている。しかも、それほどのダメージでもないのか、動きが鈍る様子もない。こいつの操縦席はどこにある? 弱点は?


 敵の突撃をかわし様、上段に構えたショーテルをその首に振り下ろした。相手の肩にある鉤状の角が、俺の身体を掠める。かすり傷程度だ。何てことはない。引き替えにその頭を斬り落としてやった。


 馬鹿な!?


 頭部を失いながら、そいつは俺の方に向き直ったのだ。弱点どころではない。どこでこっちを認識している? レプラカーンのハイパーテクノロジー凄え! しかし、さすがに動きは鈍重になっている。


「皆さん! 尻尾の先です!」


 離れて戦いを観察していたウルカさんが叫んだ。


「あそこの本体から鉄線で繋がってます!」


 狼タイプを牽制しながら彼女の指差す方向に視線を送る。三体の狼たちの真ん中辺り。土煙を上げて何かが上昇している。二輪の馬車のような箱形の物体だ。速過ぎてはっきりとは視認しづらいが、平たく長い棒のような物を上部で高速回転させている。そいつが飛び上がったおかげで、そこから三体の機巧魔兵へと伸びる細いワイヤーロープを目に止める事が出来た。


「あそこから操っていたのか!」


 俺が頭部を落としたので、狼からの視界が直接確保出来なくなり、空から俯瞰ふかんして操る事にしたのか。どういう原理か知らないが、その本体はある程度上昇した後、そのまま空中に留まり続けている。


 狼の背後に素早く回り込み、尻尾の先端と繋がったワイヤーを絶ち切ってやった。思った通りそれだけで敵は動きを止める。そしてお決まりのように灰塵と化した。恐らく試作の機巧魔兵だろうが、実用化には程遠いとみえる。線無しで遠隔操作出来るようになってから出直してきな!


 後はイチノとズィーガルどちらかの援護に回るだけ。それとも宙に浮く本体を直接叩くか? そう思っていたら、二人もそれぞれ決着をつけていた。


 イチノは突っ込んできた狼の背中に飛び乗っている。背ビレ状の刃を避けて器用に背を蹴り、身体を捻って宙返りしつつその真後ろに着地。手にした苦無でワイヤーを切断した。さすがは忍び。惚れ惚れするようなアクロバティックな動きだ。ズィーガルも敵の腰椎ごとその大剣で豪快に叩き斬っている。俺の出る幕はなかったようだ。三体のオプションを失った本体はそのまま飛んで逃げていった。


 戦いが終わり、皆、街道に腰を降ろして肩で息をしていた。初見にとってはオークタイプ三体を相手にするより遥かにキツかったと思う。ウルカさんは早速、皆の怪我の治療に回っている。遅れて参加して軽い手傷を負った俺にも、きちんとコウフウをかけてくれた。


「皆、俺が遅れたせいで危ない目に会わせてゴメン……」


 何か言われる前にまず謝っておいた。理由を話すべきなのだろうけど、ラーディアの名誉の為に誤魔化した。どうしても引き返さなければならない訳があったとしか言わなかった。それが不誠実な事はわかってる。案の定、ズィーガルにはこっぴどく怒鳴られ、イチノにも散々嫌味を言われた。ウルカさんにもきつく叱られた。でも、彼女はすぐに笑って許してくれた。


「いつか話せる時に教えて下されば、それでいいです。それにあなたが言った通り、こうして急いで追いついてきて下さったのですから」


「まあ、充分反省してるようだし、貸しにしといてあげるわ」


「お前らこいつに甘過ぎだろ。俺たちは互いに命を預ける関係なんだぞ? 信用が大事なんだよ。わかるか? 理由も話せず別行動したこいつは俺たちを裏切ったってことだ。組んで早々、こんな様じゃ先が思いやられるぜ。ったくよぉ」


「あんたもネチネチしつこいわね。その分、働きで返して貰えばいいだけじゃない。この男も二度目はないってわかってるでしょうし」


 珍しくイチノが肩を持ってくれた。ただズィーガルへの嫌悪感から反発しているだけかも知れないが、それでも有難い。


「ああん? なんだと!?」


「やめて下さい、二人とも。それより村へ急ぎましょう。私たちの到着が待ち望まれているはずです。こんなところでぐずぐずしている場合ではありません」


 ウルカさんが仲裁に入ってくれて、ひとまず険悪な雰囲気は収まった。俺たちは今度こそ四人揃ってまた村へ向かい始めた。何度か小休憩を挟むだけの強行軍だ。食事もその間に数回に分けてとる。


「小僧。戦いに大事なのは経験とセンスと……あとは何だと思う?」


 ズィーガルから休憩の度にくどくどと小言を聞かされた挙げ句、遂には戦いについて偉そうに教鞭まで取り始めた。ウザいことこの上ないが、当分頭の上がらない俺はハイハイと頷くしかない。俺が追いつくまでの間、その犠牲になっていたのだろう。ウルカさんとイチノは俺にタゲが移って胸を撫で下ろす反面、気の毒そうな目でこっちを見ている。


「力ですか?」


 ズィーガルは目の前でこれ見よがしに腕まくりし、力こぶを作っている。無視したい気持ちを抑えつけ、額に青筋を浮かべて答えてやった。


「……違うな。技だ」


 得意気に言われた。お前絶対回答変えたろ!


「……と、力ですね?」


「甘いな、スピードだ」


「それと力ですね?」


「残念、勘だ」


「そして力ですね?」


「いいや、強運だ」


「加えて力ですね?」


「惜しい、武器の質だ」


「さらに力ですね?」


「まだまだ青二才だな、センスだ」


 てめえ! それ最初に言っただろうが! どんだけ認めたくねえんだよ! 喉元まで罵倒が出かかった。だいたい戦いに大事なモノ多過ぎてわざわざ語る意味がない!


 そうした苦行を乗り越え、その日の夕刻前には村に到着した。歩く事よりズィーガルの相手をしていた方が疲れた……。有刺鉄線付きの木柵で囲まれた小さな村落だ。村では早速住人たちに歓迎され、俺たちは専用のキャンプ地に案内された。村の端にあり、ここともう一ヶ所あるという。その数や位置は村によって様々らしい。


 キャンプ地には二人用の小さなバンガローと背の高い物見櫓ものみやぐらが設置されていた。なぜ二人用かというと、夜間も交代制で見張りにつく為、四人一度に眠る事がないからだ。トイレもバンガローとは少し離れて備わっている。その掃除も管理も村人ではなく、俺たち自身の手で行う。料理も洗濯もだ。洗濯場は村共同の井戸近く。風呂は村中央の公衆浴場。食材は基本一日一回担当の村人がまとめて用意して運んできてくれるので、それで自炊する。


 食材の調達と挨拶や会話以外、村人は俺たちに一切関わらない。国からの補助金もかなり出ているとはいえ、金を支払って雇っているのだ。なるべく手間は取りたくないのも頷ける。お互いあまり気兼ねなく振る舞えるので、俺としては悪くない。食料を用意してくれるだけでも有難いくらいだ。俺の村はかなり特殊な部類で自衛出来ていたので、こんな習わしはなかった。


 今晩と明日一日分の食材は受け取った。案内してくれた村人も去った。バンガローに荷物を置いた後、教えてくれたもう一つのキャンプ地に俺たちは揃って出向いた。向こうの任期はいつまでか知らないが、しばらく共にこの村を警護する仲間だ。挨拶と顔見せは必須だろう。


 相手側四人のうち二人は見回りの最中だったようだ。夕食の支度をしていた残り二人の男が出迎えてくれた。


「やっと来てくれたか! 敵がいつ襲ってくるかとびくびくしながら俺たち四人だけで守ってたんだ。助かったぜ、本当に」


 いたく歓迎された。キャンプ地の数からして八人での警護が基本なのは見ればわかる。さぞや心細かったに違いない。


「契約期間はとっくに過ぎてたんだけど、だからといってここを空にして街に戻るわけにもいかないだろ? 困ってたんだよ」


「街に帰ったらギルドに文句言ってやらなきゃ気が済まねえ!」


 延長分の契約料を支払って貰えるのは当然としても、最初に提示された期間より遥かに長く拘束されるのは不当と言わざるを得ない。しかし、人の命を守る仕事だ。そんな我儘が通る仕事ではないともいえる。


 参ったな……。俺は頭を抱えたくなった。この分では、契約期間終了の六日後に街に戻れるとは到底思えない。ギルドでは出来るだけ早くもう一組も派遣するとは言っていたものの、どこまで当てになるかわかったものではない。すなわちラーディアのパーティー参入時期が遅れる見通し濃厚ということだ。何より彼女に会えなくなる期間が伸びるのがツラい。


「兄ちゃんたちはいいなあ。そんな可愛い子たちとパーティー組んでてさ。あ~! 俺も早く街に戻って女遊びしてえ~!」


「おいおい、レディの前で言う事じゃねえだろ……。今思いついたけど、いっそお前クビにして可愛い女の子パーティーに加えるのも一つの手だな」


「なんだよ、それ! ひっでえな!」


 冗談を言って笑い合っている。いや、それこっちにとっちゃ笑えないから……。ウルカさんは少し引き気味に愛想笑いをしてくれているが、イチノはあからさまに嫌な顔をしている。人の事言えないのであまり口にしたくないけど、コイツら相当溜まってんな。


 この仕事についている間、村の異性に手を出すのは重大な禁則事項だ。バレたら厳しい罰則の上、ギルドの資格まで剥奪される。ところが、同じ冒険者にはそれが適用されないのだ。ズィーガルだけじゃなく、この連中も要注意かもしれない。事実、イチノやウルカさんを見る目が油断ならない。彼女たちも俺の貴重なハーレム要員だ。他人に手出しさせるつもりは毛頭ない。


 ……いやいや、さすがにこんな事を考えるのは失礼だったか。気のいい連中に見えるし、俺がこんな性分だから警戒し過ぎなのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ