第一回風邪騒動
今、なんて思った?いや、なんで思った?
ドッドッドッと心臓が早鐘を打つ。心なしか顔も熱い。なんだ、これ。
もしや、と思いメイドを呼ぶ。
「なんですか?白状する気になりましたか」
「なにを白状するんだ、なにを。いやそうじゃなくて、体温計を持ってきてくれないか」
「はい?」
「さっきから心拍数が上がり続けているんだ。心なしか顔も熱いし、風邪の可能性が高い」
「…あの、その風邪の症状が出る前になにか考えませんでしたか?ある特定の女性とかある特定の女性のこととか」
「あー、リディアを思い出したけど、それがなにか?早く体温計を持ってきてくれ」
「…貴方って人は、本当に鈍いんですね。まぁいいです。体温計ですね」
なぜかメイドの視線が冷たかった気がする。
風邪のせいで気が弱くなっているのか?
そう思いつつも持ってきてもらった体温計で熱を測る。
「…38.2ですね」
「熱がある、風邪だ」
「そうですね。明日は学校を休めますよ」
「別に休みたいわけじゃないんだが」
「ま、それはいいです。屋敷の者たちにはクリス様が知恵熱で寝込んでいる、とつたえますね」
「風邪だ」
「知恵熱です。お大事に」
「おい!」
そのままメイドは出て行ってしまう。明日には間違いなく知恵熱として屋敷中に広まっているだろう。明日どう言い返そうかとか考えながら、ベッドで横になるクリス。
しかし、結局知恵熱をこじらせてしまい、数日間寝込む羽目になった。その間、
「知恵熱をこじらせて寝込むとか、軟弱ですね」
「風邪だ」
「熱以外の症状ないじゃないですか」
とかいうやり取りを数回、しかも全員違う相手に対してくりひろげた。
熱が下がり復活してもなお
「クリス様は軟弱なんですから、無茶をしないように」
と屋敷の会う人みんなに言われた。
そんな納得いかない状況のまま学園へ戻るとまず最初、リディアに会った。
「知恵熱こじらせて寝込むとか、割と脆弱なのね」
「だから風邪だと言っているだろう!」
久しぶりに会って第一に言うことはそれか⁉︎と脳内で抗議をするクリス。
そんな彼に対し、リディアは自慢気なの笑顔を浮かべる。
「安心しなさい。真実を知っているのは私だけよ」
「それは誤った真実だ!」
「話は貴方のところの使用人から聞いてるわ。「風邪だと言い張るでしょうけど知恵熱ですのでご心配なく」って」
「それを言った奴はどいつだ?減給する」
「守秘義務があるのよ。ごめんなさい」
と全く心のこもってない謝罪の言葉を、コロコロと笑いながら言うリディア。イラッとするクリスだが、ふと疑問を抱き尋ねる。
「なぁリディア。どうしてお前がうちの使用人と話をしているんだ?」
リディアはある意味有名人なので使用人の方はわかったかもしれないが、なぜ一度もうちの使用人を一度も見たことのないリディアが知っているのか。
普通なら「町中でばったり会った」で済むかもしれない疑問だが、リディアは令嬢。自ら町中をうろつくなんて考えにくい。
するとリディアはふいっと顔を背け、小声で
「…たのよ…」
と言う。
「え?なんて?」
「っだから!お見舞いに行ったのよ!」
「へ?」
顔を真っ赤にしたリディアがそう力強く言うものだから、思わず素っ頓狂な声が出る。
「に、偽とはいえ恋人じゃない?私たち。だから、一応お見舞いに行ったのよ。そこで、知恵熱だって…」
と恥ずかしげにリディアが言う。あのリディアがだ。あの、猪突猛進型レディがだ。どこで照れてるんだ彼女は。もっと恥ずかしがるところが別にあっただろ。
でも、なんか、ちょっと嬉しいような…
「そんなことより!今はレナリアさんよ!どこにいるのかしら!」
照れ隠しなのか、いつもより大声で話すリディア。心なしかさっきよりも顔が赤い。
「はいはい、マイレディ。レナリアさんね」
リディアが恋人らしく頑張ってくれたのだ。そのお返しに少しキザッぽく言ってみる。
そのことに気づいたリディアはますます赤くなる。
「っそーよ!レナリアさんよ!とっとと探して、とっととレイドさんとくっつけるわよ!」
「なんで私とレイド様がくっつくんですかぁ⁉︎」
ん?誰が叫んだ?
声の方を見ると、淡い赤毛のショートに緑の瞳の少女が、半泣きで立っている。
「彼女は…」
「レナリア・ブーゲンビリア…?」
「なんで私の名前を知っているんです?というかさっきのはどういう…」
というか一体、
「なぜ彼女がここに?」
だって彼女は、第1作にしか出てこないはずなのに。