第1作の王子さま
「クリス!クリスっ!俺は、俺は一体どうすればよかったんだ⁉︎」
とギュッとクリスに抱きつき、大泣きするレイド。
整った顔の2人が抱き合っている状態。ここに腐女子がいれば間違いなく発狂していただろうというくらいがっつりBL風味を孕む絵面。それは腐女子でないリディアでさえにやけてしまうほどである。
「どーどー落ち着けレイド。何があった?」
「マリアンヌが、マリアンヌがぁぁぁぁ」
わーん!と大泣きするレイズ。ゲームとはキャラが違いすぎて若干びびりつつもこれはこれで萌えるとか思ってしまうリディア。
「落ち着いたか?レイド」
「すまないクリス、あまりの事に取り乱してしまって。リディア嬢もすまない」
「いえ、お気になさらず。むしろごちそうさま…じゃないわ。まぁ気にしないでくださるかしら」
「はぁ」
若干にやけつつもそう返すリディアに少し違和感を感じつつレイドは受け入れる。
「にしても、貴方たち知り合いだったのね」
「親同士の仲が良くてな、幼馴染なんだ。家も割と近いし」
「クリスには、俺の方が世話になっている」
実のところ、レイドはゲーム上ではクールで冷静沈着というイメージを持たれているが、こちらの世界では天然で物静かで大人しい青年だ。ただし、重度の人見知りなのでクールとか冷静沈着とか周りからは思われているかもしれないが。
「それで、一体何があったんだ?レイド」
「ああ、クリス聞いてくれ。婚約を、破棄したんだ。」
「婚約を」「破棄ぃ⁉︎」
クリスよりリディアが驚く。そして詳しく聞けと言わんばかりにクリスを睨む。
クリスはできる限り落ち着いた口調で尋ねる。
「いったいどうしたんだ?あんなに仲睦まじかったというのに」
「浮気を、されたんだ」
「あの鉄壁の王子と称された貴方が⁉︎婚約までしてハッピーエンド確定だったのに⁉︎」
とリディアの口から飛び出しそうになり、慌ててクリスが塞ぐ。
「でも、いっときの気の迷いじゃないか?お前ほど魅力的な男がいながら浮気なんて…そうだ、きっとマリッジブルーとかいうやつじゃないか?」
「…俺もそう思ったよ。でも、ご、5回もされたんだ」
「GOKAI!?」
2人とも思わず硬直する。一度や二度なら乙女ゲーム特有の過度なスキンシップかと思うが、5回となると間違いなく確信犯だ。
「ちょっと1人になって落ち着きましょう?何かあれば呼んでくださいね。ほら行くわよクリス!」
そう早口でまくし立てるように言い、1人落ち込むレイドを放って置いて部屋の外に出る。
「ちょっとクリス、どういうこと⁉︎完全ハッピーエンドルート確定でヒロインが浮気とか聞いたことないわよ⁉︎」
「俺もねえよ!多分、この世界ではマリアンヌはそういうやつなんじゃないか?」
「?どういうこと?」
リディアは首を傾げ、掴んでいたクリスの襟元から手を離す。
「俺たちだって学ロマの通りの性格じゃないだろ?俺は「純粋で優しい好青年」なんかじゃないし、リディアだって「嫌味ったらしい悪役令嬢」ってわけじゃない。それは主人公にだってありえる話だ。乙女ゲームのマリアンヌとは全く違う、「浮気性ビッチ」がここでのマリアンヌなんじゃないか?」
「なるほど。その可能性は極めて高いわね。そうなると問題は」
「レイドの相手を誰にするか」
そう声を揃え言う2人。
クリス達の没落回避には全く関係のない話。しかし、元乙女ゲームプレイヤーとしてはキャラクターの不幸をそのまま見過ごしたくない。
「正直マリアンヌと元サヤなんて絶対私は嫌。だって推しには絶対に幸せになって欲しいじゃない!絶対あの女、また浮気するわよ」
「そうだな。今の段階で5回だもんな…」
「そうなると相手は誰がいいかしら…」
ちらっとクリスの方を見るリディア。
「なんだよ」
「いや、貴方でもいいんじゃないかなぁって…」
「すっごく失礼だが言わせてもらうぞ。ばっかじゃねーの⁉︎」
「うーん。やっぱり乙女ゲームだしねぇ。男性同士のルートは難しいかしら」
「そういうこと言ってんじゃねーよ!」
素っ頓狂なリディアの発言に流石にイラッとした。クリスは同じような事で反撃をする。
「だったらリディアでいいんじゃねーの⁉︎推しなんだろ?」
「はぁ⁉︎私たちはフリだけど付き合っているのよ⁉︎そんな中レイドと結婚しまーすなんて言ってみなさいよ。わざわざありもしない馴れ初めを語ったりした努力がパァよ」
「う、確かに」
じゃあさっきの発言はなんだかさっきのは。
モヤモヤしつつも口にはしないようこらえるクリス。
リディアもまたそんな発言に対し、不満気に腕を組む。
「そもそもなんでわざわざ親戚に嫁がなきゃいけないのよ」
「は?親戚?」
「あら?言ってなかったかしら?」
とさっきの不満気な姿はどこへやら。キョトンと悪役令嬢らしからぬ顔で尋ね返すリディア。それに対し、衝撃のあまり言葉を失ったクリスが、コクコクと頷く。
「私の父の姉、つまり叔母が、レイドの母親なのよ。だからつまり、私とレイドさんはいとこなのよね」
「なにそれ、聞いたことないぞ⁉︎」
「私も記憶が戻った時驚いたわよ。どうやら裏設定だったみたい。親戚と言っても、大した付き合いもなかったけど」
「推しといとことか、付き合いがなくても最高じゃねーか」
「それは私も思う」
お互い、無駄にキリッとした顔で見つめ合う。完全にオタクのそれだ。
通りで先程会った時に人見知りが発動しなかったわけだ。
「話がそれちゃったわね。そう、1作目でマリアンヌ以外にレイドといい感じの人いないの?私1作目のことほぼ忘れているのよ」
「あーまって、さっきの衝撃事実で飛んだ。思い出すからちょっと待て。」
レイドのことが好きで、間違っても裏切ったりせず、かつ見た目もレイドに押し負けないくらいの女子…そんな優良物件、そうそういるだろうか。
「あ、いた」
レイドルートでの主人公の一応ライバル?の少女。レイドに助けてもらい、一途にアピールするが振り向いてもらえず、それからも思い続けるが、結局マリアンヌに出し抜かれる不憫なキャラクター。その一途な想いには共感するプレイヤーも多く、ある意味ヒロインと呼ばれた。彼女の名前は
「レナリア・ブーゲンビリア」
「レナリア?…あーっ!レイドルートの!私あの子のこと好きだったのよ。見た目も可愛いし、何より一途にレイドさんを想うとことかほんっともうっ」
すごく分かると頷くクリス。
他のルートの悪役令嬢達と違い、マナーやダンスなどで違いを見せつけ、堂々とヒロインのライバルとして立ちはだかる。あくまでも正々堂々とマリアンヌに挑み、一途にレイドを思い続ける姿は、ヒロインと称しても問題はない。2次創作ではレイドとレナリアが結ばれる話が大量にあるほどだ。こっちのマリアンヌより遥かに好感が持てる。
「そうと決まれば、明日はレナリアさん探しだな。レイドとくっつけるため」
「そうね!とりあえずレナリアさんを探すわよ!どこにいると思う?クリス」
「レイドの周辺じゃないか?」
「レイドさんを木にくくりつけたら出てくるかしら」
「それ以前に俺たちがワイスシュバルツ家に訴えられるぞ」
「あの、」
「うおわぁぁぁぁぁぁ‼︎」
客室からひょっこりと顔を出すレイドに2人して大袈裟なくらい驚く。
「びっ、びっくりさせるなよレイド」
「すまない。でもそんなに驚かなくてもいいだろ?」
もっともな意見だが、レイドの新しい恋人を誰にするか、なんて相談をしていたからなのだ。抗議したいができないとかいうなんともいえない、歯がゆい状況に陥る2人。
「そ、それでレイド、どうしたんだいきなり」
「ああ、そろそろ遅いから帰らせてもらいたいと思って。馬車も待たせているし」
たしかに外はもう暗い。そんな中令嬢の家にいるとかいうのもある意味まずい気がする。
「そうだな!外も暗いし、一緒に帰ろう!」
「そうですわね!引き止めてしまって、すみません」
「あ、いや気にしないでくれ」
そんなこんなで、若干荒っぽくなりつつも2人はリディアに礼を言い、スワンレイク家を後にした。といってもも帰りのことを考えていなかったクリスはレイドの馬車に乗ることになったのだが。
その帰り道、2人は馬車に揺られながら少し話した。
「ていうかレイド、なんでスワンレイク邸に来たんだ?」
「ああ、クリスの屋敷の者が教えてくれたんだ「クリスがスワンレイク家の茶会に行った」って、半笑いで。「あとで詳細を教えて欲しい」とも言われたな」
情報漏洩したの誰だ。ていうか半笑いってなんだ、半笑いって。詳細は絶対教えない。レイドにも口止めしよう。
「そう言うお前だって、なんでスワンレイク家にいたんだ?」
「あー実はな、俺とリディア、付き合っているんだ」
「そうなのか…えっ⁉︎」
時間差で驚くレイド。
どうやらあまりにクリスが自然に言うから一瞬気がつかなかった。
「えっ恋びっ、えっ⁉︎」
(なんか似たようなリアクションを最近見た気がする)
その後クリスはレイドから「いつ知り合ったのか」「なぜ付き合うように?」とマシンガンのように、なぜかニヤニヤされながら質問され、アイリスのときと同じようなことを適当に返事する。
クリスは屋敷に着くと礼を言い、馬車を降りる。そしてレイドもなぜか降りようとする。
「まて、なんで降りようとする⁉︎」
「いや、詳細を話すよう言われていたし…」
「その件は忘れろ!」
半ば無理やりレイドを馬車に押し戻すクリス。だからやけに詳しく聞いてきたのか。何か言ってたがそれは全面無視した。
屋敷に入ると「おかえりなさいませ」と屋敷の者がほぼ総出で出迎えていた。
「…レイドは帰したぞ」
そう言うと途端にみんな口々に文句を言いながら解散する。
普通主人にする態度じゃないぞおい。まぁいつものことだけど。
自室に戻り、最近疎かになってしまっていた勉強に取り掛かる。
「…にしても、恋人兼婚約者、か」
ふと思い出し、手を止めてしまう。今日のお茶会でのリディアの言葉。あくまでも彼女にとってはアイリスたちをより信用させるためのウソ。他意はなかったのだろう。しかし没落回避をすれば別れることになる関係だというのに、なんでわざわざ…
猫のような黒髪や夕焼けのようなあの赤い瞳を思い出しては胸が高鳴る。
「……ん?」
今、なんて思った?いや、なんで思った?