恋愛相談はお茶会にて
「オズさんとシルバーさん。2人のどっちとアイリスさんをくっつけるか、よ」
いつになく真面目な顔をしてリディアはそう言う。
たしかにそれは大きな問題だった。
俺たちの没落回避には。
「でも、アイリスさんはオズに気がある感じだったけど?」
「ばっかねぇ、アイリスさんはシルバーさんに何度も何度も助けられてるのよ?シルバールートの可能性だって大いにあるわ」
「確かにそうだな……じゃあどうするんだ?」
「決まってるでしょ。直接聞くのよ!」
と意気込むリディアに対し、クリスは密かに「ああやっぱり」とうなだれずにはいられなかった。
「そうと決まれば、明日アイリスさんに聞くわよ!」
「あのな、張り切っているところわるいんだが」
「なに?」
「シルバーさんをどうするんだ?」
「?どうするって……ああ」
シルバーはクリスとリディアが、それもつい先ほど認めたアイリスの身辺警護人だ。というのも、彼女が生命の危機を感じさせるほどの超絶アンラッキーガールだからである。例えば、時計塔から転落しかけたりとか。そのためアイリスの命を守るため、シルバーは日々ストーカー紛いの身辺警護をしている。
「正直言ってあのアンラッキーっぷりから俺たちが彼女を守れる気がしないんだが」
「そうね。とゆうかそもそもシルバーさん自体を撒ける自信もないわ」
身体能力は「学ロマ2」1 高い男だ。むしろ撒けたら逆にすごい。そんな彼ですら身体能力フルで使ってようやくアイリスを守れるのである。体力より頭脳派な2人がそんな身辺警護能力を持ち合わせているわけがなかった。
「どうする?もし話しているときにポックリ……なんてことになったら!」
「安心しなさい!主人公だからそれはないわ。せいぜい大怪我よ!」
「それはそれで困るが⁉︎」
「じゃあどうしたらいいっていうの!」
頭を抱えるリディア。
もし話している最中に怪我でもされたら、リディアの悪役令嬢ルートはまた発生し、そのまま没落する羽目になるかもしれない。そうなると恋人のクリスも間違いなく巻き込まれる。
そのとき、ふとクリスは思いついた。
「なぁ、こういうのはどうだ?」
時は流れ、それから3日後のこと。
「今日はお茶会に参加してくださり、ありがとうございます。アイリスさん」
「そんなっ!リディア様が誘ってくださらなければこんな体験、一生なかったです!」
にっこりと令嬢スマイルのリディアと、付け焼き刃の令嬢スタイルのアイリス。その2人がスワンレイク家のーーもとい、リディアの家の庭園にてお茶会をしている。そう、2人だけで。
「そういえは、お茶会というのに他に人がいませんね」
「ああ、ご心配なく。もう1人いるのよ。時期に来ますわ。ぜひ、貴女に紹介したいの」
そう令嬢の仮面を被って言うリディア。
一方その庭園の端、アイリスの背後で、かつリディアからはがっつり見える場所に2人の男がいた。1人は本作の主人公であるクリス。そしてもう1人はアイリスの身辺警護人のシルバーである。
なぜシルバーがここにいるのか。
答えはもちろんアイリスの身を守るため。しかし今からリディアはアイリスに「オズとシルバーのどっちが好き?」とか尋ねるのだ。その会話の主役の1人がいては意味がない。が、そこもしっかりクリスは対策していた。
「これを付けてくれるか?」
そう渡すのは、薄手のハンカチを切ってまるめ作った簡易耳栓。さらにその上から耳あてを付けさせる。
「すみません何も聞こえないのですが……」
そう言われると思い、用意していたスケッチブックに
『何かあれば、こうやって書いていくからご心配なく』
と書く。
この身体能力チートなら音が聞こえずともアイリスに何かあれば飛んでくるだろう。
「あの、大変失礼なのですが、なぜ俺やアイリスにそこまでしてくれるんです?」
口調は穏やかに、でもたしかに少し睨むシルバー。
やっぱ来るかその質問。
恋敵だと思われても厄介でしかないのだが。
『ただのリディアの恋人だよ』
「えっ?リディ……えっ?恋びっ?えっ?」
「まぁ仮だけど」というクリスのつぶやきはシルバーには聞こえず、そのまま顔を真っ赤にして動揺していた。
そんなシルバーは放っておいて、クリスはリディアの方に向かう。
「すまないリディア。少し遅れてしまった」
と王子様スマイルで言うクリス。彼の見た目は本物の王子様ばりにいい方なのだ。残念ながら当て馬だが。
「いいえ。そんなに待っていませんわ」
と令嬢スマイルで答えるリディア。本当は今すぐクリスの王子様スマイルを大笑いしたいがアイリスがいるので耐える。
そのように声を掛け合う2人はさながら1つの絵画のような美しさ。少なくとも当て馬と悪役令嬢が並んで喋ってるとはとても思えない。
「あの、そちらの方もしかしてーー」
2人の無駄な神々しさにやられ、ぽけっとした顔でアイリスは尋ねる。
「ええ、学校でお会いしましたね。改めまして、私はクリス・ハンドレッド。リディアの恋人です。以後、お見知り置きを」
「へぇーリディアさまの恋人ですか。リディア様の……恋人⁉︎」
わかりやすく驚くアイリス。なぜ今回お茶会という形で話を聞くことにしたのか。1つはアイリスの身を守りやすくするため。もう1つはリディアにはクリスという恋人がいる、とすり込むためである。そうすることによって2人は、下手にアイリスやその他大勢に警戒されることなく、サポートをすることができる。
「ええ。恋人兼婚約者よ」
「婚約者ですか⁉︎」
「えっ、婚約いっ!」
次の瞬間、リディアのヒールがクリスの足を容赦なく踏みつけた。言葉にならない激痛がクリスを襲う。
(聞いてないぞそんなこと!)
(さっき初めて言ったもの。それにその方がなにかと都合がいいでしょ?)
(ふざけっぁぁぁぁ!)
ぐりっとえぐるようにクリスの足に体重をかけるリディア。
「これがピンヒールでなかっただけマシだと思いなさい」
「慈悲をありがとうございますぅっ」
「あの、お2人は何の話を……」
「気にする必要は一切ないわ」
「はぁ……」
ヒールによる地獄ようなの激痛はさておき、本題に入るリディア。
「そんなことよりも貴女には気になる殿方はいませんの?」
「え?私ですか⁉︎」
戸惑うアイリスににっこりと微笑みかけ、頷くリディア。
「えっと、あっいます!2人います!1人はオズさんって方なんですけど、とにかく紳士的でかっこよくって、ステキな方なんです」
そうわかりやすくアイリスは頰を赤らめて言う。
「もう1人はシルバーさんって方で、私が転けそうになったり、頭から熱湯を被りそうになったり、屋上から転落しそうになったりしたときに、颯爽と現れて助けてくれるんです!」
ニコニコと笑みを浮かべて物騒なことを言うアイリス。聞いてる2人は揃って同じことを思い、アイリスの後ろに目を向ける。
(頑張ってるなぁシルバー)
先日の時計塔の一件があるため大して驚かない。強いて言うならさすがはアンラッキーガールといったところだ。
「まぁ、そうなんですの。では、どちらの殿方かと言われたら?」
としらじらしく尋ねるリディア。
「どっどちらかって…」
「もちろん恋人にするならってことよ」
「そっそんな!あんなステキなお2人から選ぶなんて!それに、きっと私はあのお2人の眼中にも入っていませんよ」
(いや、少なくとも1人は眼中にしかないと思うが!)
そう叫びたいのをぐっと堪え、猫を被り、微笑む2人。
「それより私、お二方の馴れ初め話が聞きたいです!」
とキラッキラの笑顔で悪魔のようなことを言うアイリス。内心焦りつつも、表には決して出さず、即興でそれらしい話を考え、合わせる2人。途中、2、3回ほどアイリスの身に危険が及んだが、シルバーが、もちろん耳あてを付けたまま姿を見せずに颯爽と助けあげた。
そうしてお茶会は日が暮れるギリギリまで続いた。
お茶会が終わり、アイリスとシルバーが帰ると糸が切れたかのようにグシャっとその場に座り込む2人
「……疲れたわ」
「ありもしない惚気話を話すのってこんなに体力を使うものなんだな」
「本当にその通りね」
結果2人は、約2時間くらいありもしない、それらしい馴れ初めを話すことになってしまった。
「もうお茶会はこりごりだ」
「私もしばらくはしたくないわ」
ぐでっとした体制のまま、散々愚痴を言いきると、2人は本題に戻る。
「ねぇ、正直に言って。どう思った?」
「オブラートに包みこんで言って、鈍感」
「よねぇ。あそこまでアプローチされてて気づいてないとか逆にすごいわ。一周回って尊敬するわよ」
と、逆に関心し始めるリディア。
オズの方はよくアイリスのことをなにかと助けているようだし、シルバーに至っては身辺警護までしている。これで気づかないとなると相当鈍い。
「で、どっちとくっつけるか決めたのか?」
「え?なんのこと?」
とキョトンとするリディア。
即興馴れ初め話のせいで頭から完全に消えている。
「おまっ……そもそもこの茶会にアイリスさんを誘ったのは!」
「あーはいはい、思い出したわ。オズさんかシルバーさんかの件ね。……正直に言うけど、ぶっちゃけどっちでもよくない?」
「気持ちはわかるが、ものすっごくわかるが!それがわからないと、俺たちが没落ルート回避が難しくなるだろ?それに俺たちのさっきまでの努力はどうなる!」
「そうなのよねぇ!どうしたらいいのよ私はぁぁぁぁ!」
頭を抱え叫び、芝生に転がるリディア。
気持ちはよくわかるのだ。アイリスが王子のように思っているオズか、アイリスを真摯に守るシルバーか。アイリスがどちらを選ぶかによってサポートの仕方が変わる。
仮にアイリスが選んだ相手でない方をサポートしても、全く意味がない上、一歩間違えれば没落コースに突き進む結果になる可能性もある。
「せめてどっちかはっきりしてくれていればなぁ」
と同じように芝生に転がりクリスが言った時だった。
「ハンドレッド様。お客様がお見えです」
と1人のメイドが気配なく現れ、そう言った。
流石にそれにはクリスも驚く。
「客?しかもなんで俺?」
「客室にてお待ちです」とメイドが告げる。クリスとなぜかリディアも共に、メイドに付いて客室に向かう。
「こちらが客室です」
とメイドは下がる。ドアを開けると、そこにいたのは。
「え、レイド?」
大きな琥珀色の瞳のつり目。艶やかな紺色の長髪を後ろで束ね、右目に泣きぼくろ。神様が丹精込めて作り上げたような、もはや一種の芸術品のように整った顔。間違いない。
そこにいたのは「学ロマ」の第1作で大人気の攻略対象で、現在マリアンヌと婚約中のレイド・ワイスシュバルツである。
しかも、なぜか半泣きで。
「クリス!クリスっ!俺は、俺は一体どうすればよかったんだ⁉︎」