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当て馬と悪役令嬢


「…なら、貴方も気づいているのね。ここが乙女ゲームの世界だということを」


 壁ドンされているとは思えないほど、美しくも不敵に笑うリディア。

 そんな彼女の発言にクリスは戸惑う。


「貴方もって、お前もなのか⁉︎」

「お前って……レディに対して失礼ね」


 思わず被っていた猫が外れたまま、話を続行してしまうクリス。

 そんな彼に対し、訝しげな目を向けるリディア。


「にしても噂とは違う感じみたいだけど……貴方、本当にクリス・ハンドレット?」

「はあ⁉︎」


 さっきの物言いが悪かったのは認めるが、だからといって人の正体を疑うとはなんだ。


「俺は正真正銘クリス・ハンドレットだ!お前こそ本当に乙女ゲームの世界だとわかっているのか⁉︎」

「はっ笑わせないでちょうだい!それくらいわかっているわ!」

「じゃあ問題!『この乙女ゲームの第1作は何というタイトルでしょう』!」

「簡単よ! 『愛と夢の学園ロマンス〜恋する乙女と王子たち〜』略して『学ロマ』!」

「くっ、その手垢でコテコテのタイトル。正解だっ」


と若干ディスりながらも本気で悔しがるクリス。


「じゃあ今度はこっちからよ!問題!『この作品は第何作まであるでしょう』!」

「はっ、話にならねえな!『第3作』!」

「そう、王道なのになんか長続きしたのよね。王道だからかしら?まぁいいわ。正解!」

「次は俺だ!問題!……」


とまぁこのまま約1時間くらい問題を出し続けるのだが、時間と文脈の都合上、少々カットさせていただこう。



「……はぁはぁ。貴方、なかなかやるわね……」

「……っはぁ。お前こそっ」


 そう汗をかきながら笑い合う2人。

 約1時間、ぶっ通しで問題を出し合った結果完全に同士と認識している。いわゆる「河川敷で殴り合ったライバルと主人公が仲良くなる法則」である。


「ねぇクリスさん。貴方、この学ロマのキャラクターたちに、まだ愛着はあるのよね?」

「ああ、もちろんだ」


 むしろ、あれほど熱烈に愛していたのに、忘れることの方が難しい。それこそ色恋沙汰に一切の興味のないクリスが影響されるほどだ。


「だったら、ひとつだけお願いがあるの」

「なんだ?」



「お願い!私と付き合って!」


「…はぁ⁉︎」



 すぐさまクリスの脳内で『付き合う』という単語が駆け巡る。

(……付き合う、付き合う⁉︎は?どういうことだ?訳がわからん)


「……付き合うってあれか?どこかに同伴するとかの方か?」

「こう言っちゃ失礼だけど、貴方バカなの?」

「バカとはなんだバカとは。彼女いない歴=年齢の人間が必死に考えた結果だぞ」

「貴方の彼女がいない歴史とかどーでもいいわよ。そうじゃなくって、つまり恋人になって欲しいってこと!」

「なんでだ?一目惚れでもしたのか?」

「んなわけないでしょう。」


 冗談のつもりだったが、そうはっきり否定されても物悲しい。一応これでも攻略用のキャラクターなのに。見目だって悪くはないはずだ。乙女ゲームでの美意識の基準なんて狂っていて当然なのだが。


「だってこのままだと私、没落しちゃうでしょう?」


 そう、お忘れかもしれないが、リディアは悪役令嬢なのだ。

 大抵の乙女ゲームにおいてハッピーエンドへの尊い犠牲として、悪役令嬢は没落なり死刑なりなんらかの罰を食らう。この乙女ゲーム『学ロマ2』においては、どのルートにおいても悪役令嬢であるリディアは没落ルートを辿る。全年齢対象なので死刑とかはないのだ。全年齢万歳。ただし、どうあがいても没落するのだが。


「それが、どうして俺と付き合うことに繋がるんだ?」


 確かに没落は嫌だろう。現にクリスもストーカーに仕立て上げられたくなくて、わざわざ隣国の学園にまで逃げてきている。しかしそれはそれ。付き合うことには全く関係のない話。ましてや絶賛モブになりたい男子のクリスにはわけも意味もわからない。


「これにはちゃーんとわけがあるのよ。一から話すと長くなるけど、どうする?」

「ちゃんと一から、わかりやすく説明してくれ」

「路地裏じゃなんだからそこの公園のベンチで話しましょう」



 ベンチに並んで座る当て馬と悪役令嬢。それは側から見れば美男美女のカップルが並んで座り、談笑しているかのように見える。まさに「絵になる図」の典型的な例だっただろう。しかし残念ながら、実際のところは談笑してなければカップルでもない、初めましてこんにちはの仲なのだが。


「それで、どうしてお前が没落することと俺と付き合うことが関係しているんだ?」

「ことの始まりは私が前世の記憶を思い出した時にまで遡るわ……」


 突如、前世の記憶を思い出したリディア。

 最初こそ戸惑いつつも、頭のいい彼女は割とすんなりその事実、つまり「自分が悪役令嬢である」ということを受け入れていた。

 生まれつき、なぜか人に、もとい同年代の子に好かれにくいと思っていたのだ。異性にはなぜか避けられ、同性にはひどく嫌われる。そのため定期的にいじめ的なものにも合い、婚約者はおろか初恋すらないという、この世界では非常に珍しいタイプの令嬢に育ってしまった。

 おそらく多少のゲーム効果だったのだろう。まぁそのまま受け入れて成長してしまったので、メンタルが異様に強靭に、それこそ鋼みたいに育ったこと以外特に何も変わらないが。


「きっと悪役令嬢のリディアもこのことを拗らせ切って成長してしまったのね」

「そう思うと可哀想なやつだったんだな」


 そんな中、リディアの両親とスワンレイク家の使用人達だけは優しく接してくれた。幼いうちから世間の世知辛さを知ってしまったリディアに、たっぷりと愛情を注いであげた。その優しさはまさにリディアの最期の良心だった。あとは婚約者でもいれば……

 その考えが大きな間違いだった。

 なんとか両親がこじつけた婚約。しかし、それはヒロインに惚れちゃっている勢との婚約だったのだ。


「ルートごとにリディアの婚約者が攻略対象だったのはそういったわけか。ご都合主義かと思ってた」

「後付け設定よ」

「……やっぱりか」


 相手にとっては愛しいヒロインがいるというのに無理矢理させられた婚約。一方リディアにとっては初めての婚約者。結果、リディアが攻略対象につきまとっており、それを嫌がっているという図式が完成。側から見ると完全にリディアは悪役令嬢になっている。

 しかもそのちょっとしてから、ヒーロー達はこぞってヒロインに愛を誓い、リディアにこっぴっどく婚約破棄を言い渡すのだ。そこから怒り狂ったリディアが何をするのかは想像できるだろう。


「リディアには許せなかったのよ。屈辱されたこと、家名に泥を塗られたこと、何よりも、自分のために愛する両親が必死になって取り付けた婚約を、あっさり破棄されたことが」


 おのれこの恨みどうしてくれよう。

 友人でもいれば散々愚痴りあってはいおしまい。とでもなっただろうがお生憎様、リディアにはそういった存在がいなかった。結果、それを拗らせに拗らせて闇落ちして誰が見ても紛うことなき悪役令嬢になってしまったらしい。


「リディアめっっっちゃ可哀想なやつじゃん‼︎えっヒーロー自分勝手すぎだろぶちのめしてぇ!」

「よねー‼︎いやほんと前世記憶が蘇ったから割と客観的に見れてるけど、これヤバくない⁉︎ なぜか周りから引くほど嫌われて、友達ゼロで幼少期過ごして、愛してくれたのも信頼できたのも両親と使用人だけ。そんな両親がようやく見つけてくれた婚約者を取られちゃうなんてっ…!」

「ちょっと待て」


 ヒートアップしていた会話に突如ブレーキをかけるクリス。


「どうしたの?」

「……いや、ふと思ったのだが、つまりその言い方だと、リディアには婚約者ができるってことじゃないか?俺と付き合う必要性なんて別にないのでは…」


 この世界はゲームとは違った点がいくつもある。もちろんリディアの性格もその一つで、いい方向に違っている。そう考えるともし婚約者がリディアとの婚約を破棄してもこのリディアなら闇落ちなんてしないだろう。もしかしたらその婚約者とも案外、うまくいくかもしれない。


「その婚約者避けが、あなたと付き合いたい理由のひとつよ!」

「……はぁ⁉︎」


 (何言ってんだこいつ⁉︎)


 クリスはそう思わずにいられなかった。


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