寄生虫編~第四話~
誤字脱字は気づき次第修正いたします。
地下への扉を前に琉偉と誉は立つ。
「ここが地下への入り口か。電子ロックみたいだな。一夜や伊吹が見たら喜びそうな仕組みじゃないかぁ?」
「あいつらSFチックなもの好きだしな」
琉偉の言葉に誉は機械好きな弟達を思い浮かべ、同意する。
白く無機質な機械仕掛けの扉を前に、琉偉はネクタイを片手で取り外すと天井に取り付けられた監視カメラに向かい軽く合図をする。
カメラの向こうには砂山博士が、額に脂汗をかきながら二人を見守っていた。
先ほど二人には、寄生虫が暴走した被験者がいかに危険か説明をしたが二人は意に介さず、さっさと地下室へ向かってしまった。不安と恐怖を抱えたまま砂山博士はドアの開閉ボタンを押した。
機械音を鳴らしながらドアが開くと、地下への階段が出てくる。どこかひんやりとした雰囲気のそこを降りていくと再度、ガラス張りのドアが現れる。
あらかじめ渡されたカードキーでロックを解除すると、二人は一気に身震いをした。
まるで業務用の冷凍倉庫のような寒さだ。吐く息は白くなり、壁と床の間はよく見ると霜がついている。
「なんだこの寒さ…空調が壊れているのか…もしくは」
「わざとか…だな」
両腕で体をさすりながら琉偉が誉の言葉につけたす。どうやら細身の彼にとってはよりこの寒さは応えるらしい。すでに顔色が悪くなってきていた。
「お前死人みたいな顔色になっているぞ。着るか?」
誉は自身の上着を差し出そうとするが、琉偉は白い息を吐きながら首を横に振る。
「着込むと動きが鈍くなる…それより見ろよ」
強がりを言う兄を心配しつつも、指さされた部屋をのぞく。どうやら診察室か何かのようだがドアは破壊され、中の様子が廊下からもうかがえる。部屋の中は荒らされており、椅子や書類棚は破壊され、さらに部屋のあちこちにくすんだ鉄さびのような色をシミが大量に付着している。
二人は慎重に診察室の中に入ると、どこか生臭いようなにおいが漂ってきた。
琉偉は足元に散らばる書類を手に取る。どうやら、被験者たちのカルテのようだ。
「誉、カルテがあった。こういうのはお前の方が得意だろう?」
差し出されたカルテを誉が受け取り読み始めると、琉偉は空きっぱなしの入り口から見える廊下の壁に、人影があることに気付く。
ゆらゆらと近づいてくる影を見つけた琉偉は、廊下へ出るとその正体を確認する。
その人影の正体は、一人の男だった。病院着のような青い服に裸足のその男は、痩せこけて目だけがぎょろぎょろと動いていた。砂山博士の言っていた被験者だろう。被験者の男は琉偉を見つけるとゆっくりと近づきはじめた。博士は寄生虫が危険だとは言っていたが、その詳細は意地でも彼は語ろうとしなかった。どれほど危険かはわからないが、充分警戒をしたまま琉偉が様子を見ていると、男は急に走り出し距離を詰めだした。
人と思えないその速さにあれよというまに、自身の左腕をつかんだ被験者を咄嗟に押しのけようと琉偉は、その力の強さに驚く。痩せた体からは考えられない力の強さだ。
誉を呼ぼうと口を開いたその時、被験者の男が空いたその手に何かを持っていることに気付いた。
誉が騒ぎに気付き男を引き離したときには、琉偉はすでに手術用メスで腹をえぐられ、臓腑を一部露出させていた。
駆け付けた誉に床にたたきつけられた男は、しばらくうごめくと跳ね起き再度こちらに向かおうとした…が、その瞬間破裂音と共に男の額に穴が開く。
焦った様子すら見せない誉が、腹に穴をあけ床に座り込んでいる相方を見る。
琉偉はいまだ消炎の煙を出している32口径自動拳銃を右手に持ちながら、口から少量の血液を吐き出すと肩で息をする。
「久々に死にかけたな。寒い方が動きが鈍るんじゃないか?やっぱり上着いるか?」
「うるせぇよ」
からかったような口調で話す弟を一度琉偉は睨むが、そのあとすぐに少し口角をあげふさがりかけている自身の腹を指さすと、
「自分で取り出す手間は省けたよ」
と、満足げに言った。誉は呆れたように笑うと、琉偉の考えた奇策を思い出しながら近くに落ちていたメスを拾う。少々錆びてはいるが、切れ味は兄が身をもって証明した代物だ。
「俺も出してしまうかな。それにしてもよくバレなかったよ」
「いや、こんなうまくいくなんて思っていなかったよ。上着に隠してあったのをわざと見つけさせて気を引いたのはいいが、もう少し探されたらアウトだったな」
ワイシャツの前をあけ、腹部をさらすとためらうことなく誉は縦に数十センチ切り開く。
中に手を入れると、血に汚れた半透明の袋が腹から引っ張り出された。
雑にそれを破くと中から、琉偉と同じ32口径とその弾薬が現れる。
「まあ、普通考えないか。体の中にこんなもん隠してるなんて」
誉は片手で傷口乱雑に抑えながら、もう片方の手で拳銃を眺める。
するともぞもぞと、男の死体の口元が動き出す。口の中から出てきたのは、一匹の虫。
細いムカデのような姿形をした、緑色のそれははい出てくると男の体の上を動き回る。
体長十センチほどのその虫は、しばらくうごめいたのち半身を起こし、二人の方向へと向き、まるで次の獲物を探しているかのように揺れだした。
「どうやら、次の宿主を探しているらしいな」
「なるほど。メインの寄生先の脳みそが回復不能なほど破壊されると寄生できないらしいな。で、どうやら次の宿主を俺らにするつもりらしいぞ」
未だに二人の方を向き粘液を出しているこの虫は、どうやら次の宿主を座り込んでいる琉偉に決めたらしい。先ほどからは考えられない速さではいずり琉偉に向かっていく。
琉偉はそれを見ると、その頭を撃ちぬく。頭を撃たれた虫は数回痙攣したのち、動かなくなってしまった。
「生け捕りにしたほうがよかったか?」
「死体から出たやつ。持ち帰りたくないがな。サンプル持ってこいと言われそうだな」
二人が悩んでいると廊下の奥から何かが見えた。ぞろぞろと同じような格好の被験者たちだ。あちこちにある部屋や廊下の奥から現れた、老若男女の被験者たちは各々手に鋭利な刃物を持っている。
二人は悩むのを後回しにし、拳銃を手にとると被験者たちに向かい走り出した。
ありがとうございました。