「魁」は「さきがけ」って読むんだよの巻⑤
「明石ちゃ「うっす!」
名前を呼ばれ、食い気味に勢い良く明石が返事をする。
「さっきのバトルで、私がどんなテクニックを使っていたかわかった? わかる範囲でいいから説明してみて」
「はいっ!…………さっき先輩が使っていたのは、『五接地転回法』、着地する瞬間に身体をひねりながら地面に転がることで衝撃を分散する技術っス。さっきはグラウンドの砂場でしたが、もし完璧に行われたなら下がコンクリでも無傷っス」
「そうね、一つ目はまあ合格。他はどう?」
「えっ、他にも何かやってたんスか? ……うーん、正直わからないっス」
「はい時間切れ〜。2つ目はこれ」
そう言うと、ロングスカートの端を少しだけ持ち上げてみせる。
「スカートで下から風を受けることで、空気抵抗を最大にして空中で減速したの」
「な、なるほど…………全然気付かなかったっス」
「3つ目は呼吸法ね。痛みを和らげる格闘技システマの呼吸法『システマ・ブリージング』を着地した瞬間に使ったわ。怪我をしないと言っても、衝撃はあるからね。着地後のタイムラグを最小限にし、すぐ行動に移れるのよ」
「ス……スごスぎっス先輩! 半端ねーっス! 急なバトルで準備も出来なかったのに……落下スるまでのスこしの間にスう手先まで読んでいたなんて……!」
「興奮し過ぎて小池一夫みたいになってるわよ明石ちゃん」
すっかり会話の蚊帳の外になりながらも、桃は先程見せ付けられた芸当が天賦の才によるものではなく技術の集合であることをなんとなく理解した。
「……ところでどう、桃ちゃん? さっき見せ付けられた芸当が天賦の才によるものではなく技術の集合であることをなんとなく理解した?」
「ひ、人の心読まないでくださいよ……それも何かのテクニックですか?」
「残念ながらこれはトリックよ」
「はぁ……?」
「ま、それはともかくとして。『帰宅』というスポーツは中々奥が深い……そこを理解して欲しかったのよ。私が『帰宅部』を続けている理由もまさにそこにあるわ」
いつになく真剣な表情になる田中。きっとろくでもない理由だろうという予感を覚えながらも、その眼差しに気圧されて思わず桃は姿勢を正し、話を聞く体勢を整える。
「『帰宅』のシチュエーションは無限にある……それは地理条件に限らず、天候や自らのコンディションに交通手段、試合によっては道中で何か別のミッションをこなす必要もあるわ。遭遇した状況に対して、自分の持つ知識の中から瞬時に最適なアクションを選択する────これはまさに人生の縮図! そう思わない?」
別にそうは思わなかったが、ここで横槍を入れると余計面倒なことになりそうだったので、大人しく頷いた。
ちなみに隣にいた明石は、ちぎれそうなほどブンブンと首を縦に何度も振っている。
「『帰宅』とは選択の連続…………人生もまた然り。私は『帰宅』を通して、正しい選択肢を瞬時に選ぶ能力を鍛えているの。それが今後の人生においても必ず役に立つはずだと信じているから。履歴書のガクチカの欄にもきっとそう書くわ」
「絶対面接官にツッコまれますよ……」
競技の魅力についてかと思ったら、いきなり人生論について語り出した────想像よりもさらに斜め上のことを語り出した田中に、桃は思わず口を挟んでしまった。しかし、それを意にも介さず金髪の彼女は語り続ける。
「私が目指すのは、どんな時だろーとどんなシチュエーションだろーと絶対に『帰宅』を成し遂げる……いわば即時・全局面対応帰宅術!! タイム云々はあくまで副産物に過ぎないわ。最適な選択肢を選び続けた結果、帰宅までに掛かるタイムが短くなるだけのこと」
あくまで個人の見解だけどね────そう続ける彼女の横顔は、やはり真剣そのものだった。内容は荒唐無稽であったが、ふざけている訳ではないということが十二分に聞き手にも伝わり、そしてだからこそ質が悪いと桃は思った。
「目的は人それぞれ違って構わない…………けど、どうせなら自分が納得出来る、「これだ!!」っていう確固たるものを見つけて欲しいのよね」
そう言うと、田中は桃に向けてさっと右手を差し出す。
「そういうわけで……改めて歓迎するわ、鶴見桃さん。願わくば、あなたの人生が『帰宅部』活動を通して豊かにならんことを」
「はぁ……よろしくお願いしますです」
エンジョイ勢かと思ったらガチ勢だった────カラオケに行ったら友達が本気で高得点を狙い出した時のような居心地の悪さを感じながらも、差し出された手を握り返した。
かくして、不本意ながら桃の『白百合女子高校帰宅部』としての生活が始まった。そしてそれは、普通の高校生活と呼ぶにはあまりに刺激的な日々の幕開けを意味していた…………




