「魁」は「さきがけ」って読むんだよの巻②
「ふむ、なるほどね……事情は大体わかったわ」
「なるほどって何スか?! まだ部屋入ってから私たち何も話してないんスけど」
「ええい、面倒くさい説明を一気に流してやろうと思ったのに……お約束のわからない娘ね」
(この人もやっぱり変な人だった……)
せめてもう一人の部員くらいはまともであって欲しい……そんな桃の願いはあえなく裏切られた。
「ごほん、まあ兎にも角にも自己紹介から始めなきゃね……貴女、お名前は?」
さも何事も無かったかのように、金髪の少女は桃に尋ねた。
「あっはい……鶴見桃です。3日前に1-Aに編入してきました」
「桃ちゃんね、ありがと。私は白百合女子高校『帰宅部』部長──その名もその名も、田中・J・クリスティーナ。押忍」
そう聞くや否や、金髪少女の発言の真偽を問うべく桃は明石の方へ振り返った。
「あ〜、一応本当っスよ、はちゃめちゃに嘘臭いっスけど。ちなみに先輩は3年っス」
「母がイギリス出身なの、ハーフってわけね。ずっと日本育ちだから英語は喋れないけどね☆ クルクルシュピン」
「は、はぁ……」
そう言うと金髪少女──田中は、妙なポーズをしながらクネクネと踊り始めた。それに呼応するかのように明石も続く。
直感的に、彼女たちのおかしなペースに一度巻き込まれると抜け出せないと感じた桃は、その前に本題を打ち明けることにした。
「あの、田中先輩……」
「チッチッチッ……そんなつまらない名で呼ばず、Jって呼んで! もしくはクリスでも可」
「田中先輩」
「……見かけによらずなかなか強情な娘ね」
「あの、2人ともちょっと誤解してるので、それを解きたいんです。わたし帰宅部って言っても……」
本当にただ下校するだけの帰宅部なんです、そう続けようとした桃を、田中は手で遮った。
「おっと! みなまで言わないで! ……おおよその事情は察しがついているわ」
そういうと、田中は桃にしか聞こえないような小さな声で続けた。
「大方、あなたはエクストリームスポーツ『帰宅』じゃなくて、本当にただ家に帰るだけの帰宅部だったんでしょう? その辺りの事情を説明する前に、話を聞かない明石ちゃんが誤解したまま貴女をムリヤリ部室に引っ張ってきた……どう?」
「……はい、その通りです」
「やっぱりそうよね、明石ちゃんの強引な性格を考えればそんなところじゃないかと思ったわ。第一、東京に鶴見桃なんてプレイヤーがいるなんて聞いたことないもの」
桃はこの金髪の田中という少女が、思ったよりも話の通じそうな相手であったことに安堵していた。
最初は変人かと思ったが──いや間違いなく変人ではあるのだが──少なくともこちらの話を少しは聞いてくれるだろうという印象を受けた。
それならば……
「だ、だったらもう誤解は解けましたよね? わたし、そろそろもう教室に戻って……」
「がしかーし!」
そう言うと田中は、桃を逃がすまいと彼女の両肩をがっちりと掴んだ。
「ま、また肩……」
「経験者だろーが未経験者だろーが絶対に部員があと1人必要なの何故なら部員が3人いないと試合に出れないからちょっと強引でかわいそうだと少しばかり思うけど貴女を逃がすわけにはいかないのそういうわけだから入部してくれるわよね答えはイエスかはいのどちらかで結構よ」
(こ、怖い……やっぱりアブない人だった…………)
口を挟む余地の一切無いマシンガントークにたじろぐ桃。
事情を全て承知した上でやっている辺り、明石よりも格段に質が悪いと言えよう。
「も、もし……もし嫌だって言ったらどうなります?」
「入部する気になるまで勧誘を続ける。四六時中」
「えぇ……」
「先輩の勧誘はしつこいっスよ〜〜実は私も最初は入る気無かったけど、あまりに粘着されたもんだから根負けしてしまったっス」
朝の登校時間に家に押し掛ける2人、休み時間の度に教室に押しかけてくる2人、昼食の席に割り込んでくる2人、そして一緒に『帰宅』しようとする2人────桃の脳裏にそんなイメージが浮かんできた。そしてこれまでの2人の強引さを考えると、首を縦に振るまでは延々とその勧誘が続くことが容易に想像できた。
「まあ流石に選択権が無さ過ぎて理不尽だとは思うわ……だから、桃ちゃん!」
ビシッ、という効果音が付きそうな程真っ直ぐに指を突き付けながら、田中は高々と宣言した。
「勝負しましょう! 私が勝ったら大人しく入部しなさい。貴女が勝てば私たちは今後は一切の干渉をしないと約束するわ」
勝負とかどうでもいい。普通に入りたくないので、早く帰らせて欲しい。
心の底からそう思った。
「ちなみに、勝負から逃げた場合は負けとみなすから。あと負けたのにしらばっくれて入部しなかった場合、田中・J・クリスティーナ流つきまとい術☆上級編を発動させてもらうわ」
「上級編……まさか、あの時のさらに上があるんスか…………?!」
またよくわからない世界を繰り広げ始めた2人を見て桃は呆れるとともに、おそらく勝負をしなければ自分は開放されないのだということを何となく察した。
「……なんだか私に一切の得がない提案ですね。正直、あんまりやる気しないです」
「うーん、そうね……
じゃあ貴女が勝てば迷惑料として、近くの男子高のカッコいい男の子を紹介してあげる」
その提案に、桃の眉がピクりと反応した。
中学校の頃からずっと女子校で過ごし、男子に縁の無い学生生活を送っていた桃であったが、そこはやはり思春期の女の子。年頃の男子との恋愛に憧れる気持ちは当然あるのである。イケメンとちんちんかもかもしたいのである。
ただ長い女子校生活ゆえ、男子とどう接すればよいのかよく分からない……そんな彼女にとって、先の提案はまさに渡りに船と呼べるものだ。
最初はまったく乗り気ではなかった桃だが、すっかり一転。気持ちは少し勝負をする方向に傾いた。
「べべべべ、別にそんなのには興味ないですけどね…………一応聞きますけど、勝負って何ですか?」
「ふふふ……ここは『帰宅部』よ? もちろん…………
『帰宅バトル』に決まってるじゃない!!!! ドン!!!!」
(結局何で勝負するのか全然わかんないな……)
満足げなドヤ顔の田中。それをよそに、桃はそう内心独りごちていた。




