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桐島記憶堂 Act2 ~新しいひととせ~  作者: ぽた
第1章 ふたつ目の春
9/12

8.竜頭ノ滝

 さてさて、とご機嫌な藍子さんは、夕餉の支度をしているところだった。

 思いがけず夕刻の今、簡単なものではありますがと料理に手を出していたらしい。


 手伝う、と言い出した葵を最初は制した藍子さんだったけれど、僕も加わって二対一になれば、じゃあ皆で協力しましょうかという運びに。

 結局、存外と豪華な食事が完成してしまった。


「たけのこご飯に豆腐とわかめのお味噌汁、お肉入りの野菜炒め、ししゃもの焼き物、と」


「なんてバランスの良い……とは言え、三人でやってしまえば時間もあまりかからないものですね」


「まことの出際が良いことに驚いた」


 一人暮らしの甲斐あって、男子の中じゃあ割とやっている方だとは思うけれど。


 ついでにお茶やコーヒーの準備も終えると、それらをテーブルへと運び、いただきます。

 すると、箸をつけて早々に、藍子さんの口から「アルバイトの件ですが」との言葉が飛んで出て来た。


 反射的に気が引き締まる僕ら。

 そんな僕らの表情を見て、思わずといった様子で吹き出してしまう藍子さん。

 そう構えることはありませんよ、と優しく諭すように言う。


「葵ちゃんの心の温かさ、頭の良さは、もはや確かめる必要はございません。昨年度の働き、そして真さんと同じ大学に合格している時点で、それは明白です」


「はぁ…」


「つまりは採用と言ってはいるつもりなのです。新しい一年(ひととせ)の始まりということもありますから、同じくスタートをする良い機会でもありますから」


 回りくどく、しかししつこくはない言い回しも変わらず。

 藍子さんのそれは、嫌な気にはあまりならないから不思議だ。


 藍子さんの言う葵像はその通りで、そういう観点から是非を決めるここに限って、不採用という結果にならないだろうとは思っていた。

 そうでなければ、流石に僕だけが採用されている根拠の方が怪しくなってくるから。

 あまり考えたくはないたられば、だけれども。


 葵は純真無垢が過ぎる故に、リルの件なんかがあった通りナーバスにもなり易いが、それは一重に相手のことを誰より思っていればこそ。

 確かな心がそこにあるからこそ、葵は深くその人へと近づくことが出来、且つ役にも立てるだろう。


 なんて。

 僕が言うのは間違っているけれど。


「最終確認、と言っては少し仰々しすぎる気もしますが——高宮葵さん。当記憶堂にて、共に働いてくださいますか?」


 優しくも、姿勢が正されるような口調に、葵は思わず背筋を伸ばして呼吸一つ。

 よろしくお願いします、と言葉が出る頃には、既に数十秒は経過していた。




 そうして再びの夕餉。

 一通りの食事を終えた僕らは、おかわりしていた飲み物とスイーツをちまちまと口へ運びつつ、何でもない会話を楽しんでいた。


 と、僕はつい先日の出来事と繋がる驚きを思い出した。


「そう言えば藍子さん。この間の花屋さんでの話なんですけど」


「はい?」


「思いがけない依頼と言うか、まぁ謎解きのような仕事はとりあえずと解決したんですけれど、その時の店長さん基そのお母様が、僕らが所属している天文部の顧問だったんですよ」


 そう言うや、藍子さんは準備していたかのように「それはまぁ数奇な」と、いつぞや聞いた言葉で以って返答してきた。

 ふわりと変わらぬ笑顔と、透き通るような声音で。


 本当、この人の年齢って——大輔さんと小夜子さんの見た目、そして藍子さんの祖母さんがまだ存命だということから、幅こそ広いが大方の予想はつくけれど。

 タブーとは言え、一度本人に確認してみたいところだ。

 下手をすれば魔女だ。美魔女だ。


「こてこての関西弁だったね。初めて聞いたな、私」


「僕だって。鳥取、それも僕らの住む地域は結構な訛りだけど、イントネーションは標準語寄りだから」


「私も標準語ですし——興味ありますね、そのお方」


 そう言えば。

 去年の今頃、僕が鳥取出身で方言を喋るってことから、やけに食いつきが良かったっけ。

 純粋な好奇心。知らない、ないし普段は触れない何かを知ったりすることが、楽しいのだろうな。


「あ、そうだ。その顧問の先生と、あと岸姉妹と話してたんですが、今度また部の活動で星を見に行こうって話が出たんですよ」


「ふむふむ。その場所の名前が出ない辺り、言えないのではなく言わない——さしずめ、どこか良い所がないか、といったご相談でしょうか?」


「相も変わらない慧眼で助かります。ええ、どこか近場で……そうですね。確か、車で四時間以内くらいの範囲内が好ましいって、先生が言ってました」


「四時間、ということは、大体三から四県くらいまでは広がれるということですね」


「どこか心当たりあります? 僕らもこれから探そうとは思ってるんですけれど」


 そう伝えるや。

 人差し指を口元に当てて思考していた藍子は、やがてピンと何か閃いたように口を開いた。


 竜頭(りゅうず)ノ滝はどうか、と。


「栃木県は日光市にあります、奥日光の地域を代表する滝の一つで、実に全長二百メートルを超える大きさで、大変見ごたえもよろしく。同時に天体観測のスポットとしても有名で、ただ綺麗な星空を眺めているだけでも楽しいものですが、ことここに至りましては、木々の隙間から良い具合に覗くシチュエーションも人気らしいのです」


「栃木ですか。そう遠くもありませんね」


「えぇ。バスの本数も少ないという話ですから、車で移動されるという分にも丁度良いかと。ちゃんとした展望台、また近くには茶屋なんかもあり、お蕎麦も楽しめるみたいですね」


「へぇ。流石は歩く名所案内本ですね。やっぱり、尋ねて良かったです」


「藍子さんの記憶力と情報量の多さは流石だよね。うぅ……私、まことがぼそっと『藍子さんの役にはたってるのかな』って言ってた意味が分かった気がするよ」


 そうだろうそうだろう。

 自身を指名されてか、あるいはこの間のようにゲリラ的な依頼かでもない限り、藍子さんにその十割全て取られてしまう。

 元よりこの人の仕事なのだから文句こそ言いはしないけれども、必要のない自虐に駆られる時がたまにあるのだ。


「あらあら。では、これからの依頼は、大きなものまで含めて全て、お二人にお任せしちゃいましょうか。丁度、相性のよろしいカップルさんですし」


「茶化されると人ってやる気なくなるんですね」


「もう、冗談ですって。葵さんも、そう肩を落とす必要もありません。お二人には、出来ることを自分がやりたいように手伝ってくだされば、私は満足ですから」


「それが一番難しいんですよねー……藍子さん、介入の余地なさそうですし」


「もう、真さん…!」


 頬を膨らませて憤慨する藍子さん。

 これは少し弄り過ぎたか——とも思っていたのだけれど、


「だよね……まこと、よくやってるよ」


「葵さんまで…!?」


 思いがけないコンボに助けられて、藍子さんの冗談を初めて上回ることが出来た気がした。


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