7.葵の面接へ
そんな日の放課後。
今日は、かねてより日取りを決めていた、葵の記憶堂アルバイト面接でもあった。
と言ってもそう堅苦しいものではなく、こと葵相手であれば、バイトとして採用するという決定の旨を伝える程度のものだろう。
僕が透明だと言うのなら、葵はもっと澄んだ色の筈だから。
藍子さんのことを浮かべて、そう言えばと思い出したこと一つ。
もうあと一週間程で、霧島愛としての新作小説が世に出る筈だ。
テーマは“リアリティ”としていたが、大方の内容を知ってしまっている僕からすれば、それはリアリティと言うよりかは、寧ろただの“リアル”だと思う。
何せ、
「田舎者の男と都会っ子の女、なんて…」
僕らの境遇と、とてもよく似通っているからだ。
詳細こそ知らないものの、問いただした藍子さんは「とっても素敵な題材が、目の前にあったものですから」と舌を出して照れていたけれども。
褒めてはいなかったのだが。
ただ、であればあのヴェネツィア旅行もとい取材は何だったのか、といった問いには、流石に生々しく書き過ぎるのもアレだから舞台はヴェネツィアにしたとの返答。
リアリティかけるリアリティの答えは、その実ある種のフィクションではないか、それ。
「面白いよね。ハーフフィクションノベルだっけ?」
隣でまんざらでも無さそうな葵は、歩きながら、先刻に天文部で幾つか貰ってきていたチョコレートの一つをぱくり。
本当、何でもよく食べるなぁ。
「もはやどこまでを言ってハーフなのか分からないけどね」
対して、呆れて肩を落とす僕。
「えっと……ねぇ、まこと。私、本当に手ぶらで良かったのかな? 普通、バイトの面接って言ったら、履歴書に何にって色々と準備も必要なんじゃないの?」
最もな意見。
しかし、僕も似たようと言うか、バイトをするぞって決めて入った訳でもなかった当初、ただ透明色だからという理由だけで採用されただけに、ある意味自信をもって「大丈夫でしょ」と応えることは出来た。
藍子さんから手ぶらで良いと伝えられていたとは言え、どうにも心配になるのは、まぁ無理もないことだろう。
「そう言えばなんだけどさ。葵って、前は何のバイトやってたの? 秋頃までは続けてたんでしょ?」
「あぁ、うん。近所の古書店だよ。あんまり人も来ないような場所だったから、受験生ってこともあって、たまに机を借りて勉強とかもさせてもらってた」
「なるほど。道理で、あんな時期までバイトしててカツカツじゃなかった訳だ。まぁ、元より葵なら上手くは出来たんだろうけどさ」
「それは買い被り。兄貴譲りの努力の人だって、分かってる癖に」
それもそうだ。
元気と勇気を貰いに、なんて言ってついて来た年末の帰省時にも、時期とは言え結局ずっと参考書と睨めっこ続きだったのを、よく知っている。
それに付き合っていた身として、否定も知らざるということも無い訳なのだが。
そんな葵がチョコレートを飲み込んで少し。
見慣れた店先が僕ら二人を出迎えた。
ただ、どこか違和感のある様子をしていて。
「記憶堂……開いてない?」
「そんな筈はないんだけど。藍子さんの方から今日を指定してきたし、依頼が無くてもずっと奥部屋に閉じこもって、自宅の二階には閉める時間まで上がらない筈——とは言え、閉まってる様子なのも事実」
然るに。
「そう言えば葵、藍子さんの家の方は知らなかったよね?」
聞くや、目を輝かせて食い気味に「うん!」との返事。
理由は藍子さんにあるだけに、これは仕方のないことだと言い聞かせ、横手に回って家の方へと続く階段を上がっていった。
扉の前まで来ると、正解ですよと言わんばかりに中から物音が聞こえていた。
そんな藍子さんの挙動には触れず、気にしないままに、僕はインターホンに指を掛けた。
返答は直ぐにあった。
すいません、との第一声が。
『昨夜、色々あって、眠りに就いたのが今日の昼前だったものですから…! 寝過ごしてしまって…』
申し訳なさそうな様子は、インターホン越しの声でも分かるくらいに伝わって来た。
たまにある弱りモードの時とはまた違う、しゅんとした声音だ。
「僕らも今来たところですから。慌てず、まぁ下に降りて来てください」
そう伝えるや、いいえ、と短い言葉の後で、
『ここで構いません。せっかく葵ちゃんもいることですし、今日はこっちに上がってください』
とのお達し。
わくわく、といった楽し気な表情を浮かべる葵と連れ立って、一言断ってから扉を開いた。