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桐島記憶堂 Act2 ~新しいひととせ~  作者: ぽた
第1章 ふたつ目の春
7/12

6.plum

 さてさてこれは、どうしたものなのでしょうか。


 僕は昨日、葵との墓参りを終えた後、そのまま帰路についた。

 帰りがけ記憶堂に寄って予定を確認して、家に帰って夕飯を食べて風呂を済ませて床に就いて、その翌日である今日を迎えて大学へ赴いて、課程が終わったから天文部へと足を運んでいる筈だ。


「——ですから、寝る前には軽くストレッチをするようにしてて」


「ほんまに? おっとんそんなんよーやるなぁ。私は死ぬように寝てまうさかい」


「乙葉は真面目すぎるのー、ほんと毎晩毎晩せっせとやってるんだから」


「こっとんもよー知っとるねぇ。部屋別々になったって言うとらんかった?」


 これはどうしたことか。


 ちなみに、おっとんは乙葉さん、こっとんは琴葉さんを指しているようなのだけれど。

 その声の主が問題だ。


「あの、私もここに入りたいんだけど」


「大歓迎!」


「元よりそのつもりだったでしょ?」


「この子ら寂しそうやったから、仲良うしったてなー」


 いやそれは待て。


「何で葵が馴染んでんのさ?」


「まことが驚き過ぎなんだって。別に悪いことでも何でもないんだしさ、あの花屋の店長さんがここの講師でも」


 それはただ事実であって。

 それに僕からしてみれば、お願いと称されたメモ書きの謎もはぐらかされて、悶々としていたところだと言うのに。


「本職はこっち、大学の講師と天文部の顧問や。花屋は私の母までやってたところを、肩書と言うか歳を考えてか、美咲が私をただ店長って名乗らせとるだけで、店自体はあの子に渡しとるんよ」


「ほへー、そうだったんですね。ご実家、花屋さんだったんだ」


「あれ、おっとんたちには言うとらんかったっけ? まぁええか、今言うたし」


 チョコレートをパクリ。


「せやけど、驚いたんはこっちの方やわ。よーよーこの子らが話す、頭が良くて人が良くて、遥繋がりで色々あった人ら——それと、久しぶりに再会した完璧超人のことを思い出してな、もしもと思って待っとったんや」


「僕らが現れなければ?」


「何とか私ら親子で解決しとったよ。それこそ、その完璧超人さんにでもお願いしてね」


 ラムネをパクリ。


 なるほど。

 これは一本取られ——いや、取られてはないか。


「顧問言うても、この部自体サークルなんか部なんか分からんようなところやから、あんまり顔出さへんのや」


 焼き菓子をパクリ。


「あー、そう言えば通潤橋は遥さんの金とコネとで行ったんだったな…」


 思い返せば、あまり顔を出さないというのであれば、接点がなくても不思議ではないか。

 いや、それよりも。


「食べすぎですよ、赤松先生」


「そう固いこと言わんでな、まこっちん」


「妹先輩の吹き込みだな!?」


 当の本人はドードーと手を出している。

 これは後で物申す必要がありそうだ。


「家では美咲が厳しくてなぁ、太るわ虫歯になるわご飯が食べられへんくなるわって、監視してるみたいに言うて来て」


「たまに我慢ならなくなった時、ぱーっとここで遊んでるってわけですよまこっちん!」


 部ではないのですかここは。

 と、突っ込みも程々に。


 椅子に腰かけると、僕は先日のことを掘り起こして言及してみた。

 図らずも昨夜、この人が葵に言った嘘——その実、大方の目途がたってしまっていたからだ。


 それには、いくつか確認しておかなければいけない事柄もあって。


「あー、その話かいな。せやな、答えも聞きたいところやし。その確認したことって言うのを教えてくれへん?」


「ええ」


 まず一つ。

 そのお得意が、どうして花選びを一任するか。


 答えは簡単。全然そのことについて知らないからだ。


 一つ。

 そのお得意様とは、どういったコミュニケーションを取るのか、またコミュニケーション自体取れているのか。


 答え。何となく。

 たまに聞き取れる言葉の断片を繋ぎ合わせて、こんな感じかと理解している。


 つまりは最後のもう一つ。


「そのお得意さんの出身国は?」


「アメリカや。奧さんがペラペラやから、日本語はからっきしみたい」


 カチリ。

 ピースがはまった心地だ。


「花屋が選ぶ“すばらしいもの”でしたら、ある意味何でも良いんでしょうけどね。先生が先日言っていた言葉を借りるなら、暗号でも勘違いでもどっちでも良くて、どっちでもあるようですから」


「どういうことなん?」


 首を傾げる先生。

 僕は辞書を引いて差し出した。


「素晴らしい、と引けば、自然出て来るのはgreatやwonderful。ですが、メモにあった“素晴らしいもの”では——こうなります」


 示した文字は“plum”。訳にはちゃんと、素晴らしいものと書いてある。

 それが答えだ。


「この綴りを見て、花屋に触れている者として心当たりはある筈です」


「なるほどな——せや、これは花の名前や」


 先生が頷いた。

 残る葵と岸姉妹の首を傾げている様子が変わらない以上、説明は必要だろうが。


「まずはこれが暗号だという理由。今先生が言ったように、これは花の名前——plumっていうのは、つまり梅のことを指す英語なんだよ」


「せや。“Japanese apricot”って言うても通じるけど、それは日本人が発信の場合や。向こうの人らは、割とプラムって言うな」


「ただ、plumと引いて出て来るのは、順に“濃紫色”や“とてもすばらしいもの”といったもので、直接“梅”とは出てこない。だから、二つ目の理由“勘違い”ってわけだ。お得意さんは日本語が苦手で、しかしだからこそ辞書なんかを使って引いたんだろう。で、出て来た言葉があれだった。メモ書きの字は、汚いというよりかは慣れていない——カタコトのような自体だったからね」


 と、一息に最後の説明を済ませた。


 どうだ。

 チラと先生の表情を窺うと、それはもう晴れやかな顔をしていた。


 間違ってはいなかったか。

 頭を捻った甲斐があったというものだ。


「おおきにな、まこっちん。助かったわぁ」


「一応、仕事ですから。あそこでバイトをしている以上、まぁ、ね…」


 最初から頼ろうとしていたことはもう忘れよう、うん。


 と、一人飲み込んだところで。

 景気よく開けられた扉から、遥さんが手を振り入って来た。


「おー、まことに葵じゃないか。どうした——って、そうか、ここに入るって言ってたな」


「ええ。改めて言うのも変な感じではありますが、また一つよろしくお願いします」


「おう。お? あーそういや、まっちゃん先生とは初めてだったな」


「とある事情により、たった今簡単な依頼を済ませたところで……まっちゃん先生?」


 まさかの生徒から先生にもあだ名とは。

 都会のノリって、やっぱりちょっと怖いな。


「赤松だからまっちゃんって、コトちゃんの命名だ」


「コトちゃん…?」


 更に増えるあだ名に、今度はてなを浮かべたのは葵。

 問われた本人は、しまったという様子で琴葉さんへと視線を送っていた。


 なるほど。

 これは一つ、これまで散々辱めを受けて来た報いだ。


 敢えて言葉にしてやろう。


「これはまた随分と仲が良くなってるみたいじゃあないですか、遥さんに琴葉さん?」


「あ、意地悪モードの顔してるーまこっちん!」


「いえいえそんな。ただ、一応は先輩という立場でもある琴葉さんをあだ名呼びなんて、ほーほーと思ってただけですって」


「おい、お前だって妹のこと——ただの葵か。まぁ、変にあだ名付けるような名前でもないけど」


「琴葉さんだって、琴葉さんのままでも十分……それをコトちゃんとは。ふむふむ」


「随分と良い性格になったなぁおい、我が将来の義弟よ。なぁ姉ちゃん先輩からも何か言ってやってくれよ」


 遥さんにそう促された乙葉さんは、ノータイムで一言だけ。


「粛清対象が増えてしまったようね……ふふ」


 ジーザス。

 これは事情聴取という名の粛清待ったなしだな。


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