6.plum
さてさてこれは、どうしたものなのでしょうか。
僕は昨日、葵との墓参りを終えた後、そのまま帰路についた。
帰りがけ記憶堂に寄って予定を確認して、家に帰って夕飯を食べて風呂を済ませて床に就いて、その翌日である今日を迎えて大学へ赴いて、課程が終わったから天文部へと足を運んでいる筈だ。
「——ですから、寝る前には軽くストレッチをするようにしてて」
「ほんまに? おっとんそんなんよーやるなぁ。私は死ぬように寝てまうさかい」
「乙葉は真面目すぎるのー、ほんと毎晩毎晩せっせとやってるんだから」
「こっとんもよー知っとるねぇ。部屋別々になったって言うとらんかった?」
これはどうしたことか。
ちなみに、おっとんは乙葉さん、こっとんは琴葉さんを指しているようなのだけれど。
その声の主が問題だ。
「あの、私もここに入りたいんだけど」
「大歓迎!」
「元よりそのつもりだったでしょ?」
「この子ら寂しそうやったから、仲良うしったてなー」
いやそれは待て。
「何で葵が馴染んでんのさ?」
「まことが驚き過ぎなんだって。別に悪いことでも何でもないんだしさ、あの花屋の店長さんがここの講師でも」
それはただ事実であって。
それに僕からしてみれば、お願いと称されたメモ書きの謎もはぐらかされて、悶々としていたところだと言うのに。
「本職はこっち、大学の講師と天文部の顧問や。花屋は私の母までやってたところを、肩書と言うか歳を考えてか、美咲が私をただ店長って名乗らせとるだけで、店自体はあの子に渡しとるんよ」
「ほへー、そうだったんですね。ご実家、花屋さんだったんだ」
「あれ、おっとんたちには言うとらんかったっけ? まぁええか、今言うたし」
チョコレートをパクリ。
「せやけど、驚いたんはこっちの方やわ。よーよーこの子らが話す、頭が良くて人が良くて、遥繋がりで色々あった人ら——それと、久しぶりに再会した完璧超人のことを思い出してな、もしもと思って待っとったんや」
「僕らが現れなければ?」
「何とか私ら親子で解決しとったよ。それこそ、その完璧超人さんにでもお願いしてね」
ラムネをパクリ。
なるほど。
これは一本取られ——いや、取られてはないか。
「顧問言うても、この部自体サークルなんか部なんか分からんようなところやから、あんまり顔出さへんのや」
焼き菓子をパクリ。
「あー、そう言えば通潤橋は遥さんの金とコネとで行ったんだったな…」
思い返せば、あまり顔を出さないというのであれば、接点がなくても不思議ではないか。
いや、それよりも。
「食べすぎですよ、赤松先生」
「そう固いこと言わんでな、まこっちん」
「妹先輩の吹き込みだな!?」
当の本人はドードーと手を出している。
これは後で物申す必要がありそうだ。
「家では美咲が厳しくてなぁ、太るわ虫歯になるわご飯が食べられへんくなるわって、監視してるみたいに言うて来て」
「たまに我慢ならなくなった時、ぱーっとここで遊んでるってわけですよまこっちん!」
部ではないのですかここは。
と、突っ込みも程々に。
椅子に腰かけると、僕は先日のことを掘り起こして言及してみた。
図らずも昨夜、この人が葵に言った嘘——その実、大方の目途がたってしまっていたからだ。
それには、いくつか確認しておかなければいけない事柄もあって。
「あー、その話かいな。せやな、答えも聞きたいところやし。その確認したことって言うのを教えてくれへん?」
「ええ」
まず一つ。
そのお得意が、どうして花選びを一任するか。
答えは簡単。全然そのことについて知らないからだ。
一つ。
そのお得意様とは、どういったコミュニケーションを取るのか、またコミュニケーション自体取れているのか。
答え。何となく。
たまに聞き取れる言葉の断片を繋ぎ合わせて、こんな感じかと理解している。
つまりは最後のもう一つ。
「そのお得意さんの出身国は?」
「アメリカや。奧さんがペラペラやから、日本語はからっきしみたい」
カチリ。
ピースがはまった心地だ。
「花屋が選ぶ“すばらしいもの”でしたら、ある意味何でも良いんでしょうけどね。先生が先日言っていた言葉を借りるなら、暗号でも勘違いでもどっちでも良くて、どっちでもあるようですから」
「どういうことなん?」
首を傾げる先生。
僕は辞書を引いて差し出した。
「素晴らしい、と引けば、自然出て来るのはgreatやwonderful。ですが、メモにあった“素晴らしいもの”では——こうなります」
示した文字は“plum”。訳にはちゃんと、素晴らしいものと書いてある。
それが答えだ。
「この綴りを見て、花屋に触れている者として心当たりはある筈です」
「なるほどな——せや、これは花の名前や」
先生が頷いた。
残る葵と岸姉妹の首を傾げている様子が変わらない以上、説明は必要だろうが。
「まずはこれが暗号だという理由。今先生が言ったように、これは花の名前——plumっていうのは、つまり梅のことを指す英語なんだよ」
「せや。“Japanese apricot”って言うても通じるけど、それは日本人が発信の場合や。向こうの人らは、割とプラムって言うな」
「ただ、plumと引いて出て来るのは、順に“濃紫色”や“とてもすばらしいもの”といったもので、直接“梅”とは出てこない。だから、二つ目の理由“勘違い”ってわけだ。お得意さんは日本語が苦手で、しかしだからこそ辞書なんかを使って引いたんだろう。で、出て来た言葉があれだった。メモ書きの字は、汚いというよりかは慣れていない——カタコトのような自体だったからね」
と、一息に最後の説明を済ませた。
どうだ。
チラと先生の表情を窺うと、それはもう晴れやかな顔をしていた。
間違ってはいなかったか。
頭を捻った甲斐があったというものだ。
「おおきにな、まこっちん。助かったわぁ」
「一応、仕事ですから。あそこでバイトをしている以上、まぁ、ね…」
最初から頼ろうとしていたことはもう忘れよう、うん。
と、一人飲み込んだところで。
景気よく開けられた扉から、遥さんが手を振り入って来た。
「おー、まことに葵じゃないか。どうした——って、そうか、ここに入るって言ってたな」
「ええ。改めて言うのも変な感じではありますが、また一つよろしくお願いします」
「おう。お? あーそういや、まっちゃん先生とは初めてだったな」
「とある事情により、たった今簡単な依頼を済ませたところで……まっちゃん先生?」
まさかの生徒から先生にもあだ名とは。
都会のノリって、やっぱりちょっと怖いな。
「赤松だからまっちゃんって、コトちゃんの命名だ」
「コトちゃん…?」
更に増えるあだ名に、今度はてなを浮かべたのは葵。
問われた本人は、しまったという様子で琴葉さんへと視線を送っていた。
なるほど。
これは一つ、これまで散々辱めを受けて来た報いだ。
敢えて言葉にしてやろう。
「これはまた随分と仲が良くなってるみたいじゃあないですか、遥さんに琴葉さん?」
「あ、意地悪モードの顔してるーまこっちん!」
「いえいえそんな。ただ、一応は先輩という立場でもある琴葉さんをあだ名呼びなんて、ほーほーと思ってただけですって」
「おい、お前だって妹のこと——ただの葵か。まぁ、変にあだ名付けるような名前でもないけど」
「琴葉さんだって、琴葉さんのままでも十分……それをコトちゃんとは。ふむふむ」
「随分と良い性格になったなぁおい、我が将来の義弟よ。なぁ姉ちゃん先輩からも何か言ってやってくれよ」
遥さんにそう促された乙葉さんは、ノータイムで一言だけ。
「粛清対象が増えてしまったようね……ふふ」
ジーザス。
これは事情聴取という名の粛清待ったなしだな。