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桐島記憶堂 Act2 ~新しいひととせ~  作者: ぽた
第1章 ふたつ目の春
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5.墓参り

 まったく。

 葵、たまにこうして変なことを言い出すんだもんな。

 僕だって、別にそれが嫌だとは面倒だとは言わないけれど、お墓参りだって遅れてしまうし、頭を使い過ぎれば疲れてしまう。

 葵は葵で、言い出したっぺの癖に僕に任せっきりにしたいのか、他にどんな花があるのかと言った風に店内をぐるり。


 極めて不公平である。

 しかし。まぁ、その何だ。頼まれて断る訳にはいかない。電話向こうには最終兵器もいる。


 とりあえずは——


『お断りいたします』


 件の最終兵器からの第一声であった。


「いや、あの、藍子さん? 僕まだ何も言っていないのですが」


『大学終わりに葵ちゃんと一緒に居てどこかを回っているにも関わらずの電話、そんな用件の内容とするには、依頼かそれに付随する何か——ひいては謎解きの類かと疑うのは当然です』


 正解である。

 しかしだ。それを頭から断ると言うのは如何なものか。貴女の仕事ではないのでしょうか。

 いやそれ以前に、そのとても高いテンションによる口調は何なのだろうか。


『私、まことさんには期待しているんですよ? だから、せめてじっと考えて、それでも出てこなければヒントを差し上げます』


「僕が今その末かも分からず、逆にヒントの一つも言っていない状況で、よくそれだけ上から来られるものです」


『まことさんがご自身で動かれるのか、感情が揺れるようなことが有る時ですから。となると、私に助けを求めて来るのは、それが無くて且つ難題な時かと』


「——本当に人が悪い」


 まったく、この人は。


「では、どうにもならなくなったら、その時は力を貸してくださいね」


『ええ、勿論。約束、と敢えて言っておきましょう。それでは』


 プツ。ツー、ツー。


 この音さえも無情に感じるなぁ。

 さて。


 藍子さんの言葉にもあった“ヒント”。まずはそれを得ぬことには話は始まらない。

 溜息一つ。

 店員さんズに向き直り、事の詳細を確認していこうと口を開きかけて、二人が首を傾げてこちらを見やっていることに気が付いた。


「お相手の方は?」


 と、店員さん。


「あぁ、えっと……バイト先の店主です。頭がキレる天才肌、とでも言いましょうか」


「あぁ、なるほど。それで、あの葵って女の子が“まことも”って言ってたんですね」


「引っかかってたんですね、そこ。ええ、まぁ。って、僕はあの人と違って特別はないんですけどね」


「特別…?」


 まぁ、疑問に思うのも無理はないか。

 別段隠す必要もないにはないのだが、本人はそれをあまり良くは思っていない様子だったからと、少し曖昧な表現で告げてみた。


 何でも覚えているんです、と。


 すると、店長さんの目つきが変わった。

 固いと言うか、真面目と表現するべきか——何れにしれも、先程までのふわりとした雰囲気は、どこかへ行ってしまっている様子。


「あの、店長さん…?」


 聞くや。


「失礼を承知で尋ねるんやけど、お二人さん大学はどこへ?」


「え? っと、天ノ史(あまのふみ)ですけど…」


 そう僕が答えると、店長さんは先ほどまでの表情に。

 けれど、目を伏せ店員さん——娘さんの肩を叩くや、


「今日はええにしよか、美咲」


 そんなことを言い出した。


「え? ちょ、ちょっとお母さん…!?」


「そのお客さんら、これからお墓に参らはるんやろ? せやったら、あんまり引き止めるんも悪いやろ」


「そうだけど…頼みだしたのはお母さんでしょ」


「大丈夫、大丈夫やから。送り出してあげて」


 話は進む。

 勝手に、だ。


 納得は元より、話していることの意味があまり掴めていない僕だったが、葵が戻って来て「どうしたの?」と聞いて来たことで、


「お兄さん、もう答えは見つかったんやて。せやけど調べることもあるからって、一旦持ち帰るって」


「あ、そうなんだ」


 そんな穴だらけなはぐらかしを潔くも受け入れた葵の頷きを以って、何故かその場は収まってしまうことに。


 ヒントの一つも貰っていないのに。






 そんなこんなと、ようやくと辿り着いた集合墓地。

 葵の先導で高宮家の墓を見つけると、軽く掃除、邪魔な雑草の抜き取り、仕上げに水を変えて花を供える。

 そうして火を点けた線香を、まずは葵に手渡した。


 揺らして火を消して、煙が立ち始めたのを確認すると、それを備えて手を合わせる。


 風が吹き抜ける音だけが聞こえる。

 遠くの方では鳥が、車が、鳴いて走っている音もたってはいるのだろうが、この場の緊張感の中にあっては、それもまったく情報をしては耳に入って来ない。


「来たよ、みんな。段々と暖かくなってきたね」


 優しく微笑みかける横顔。

 どこか下がって見える眉根。


 見たことのないそんな葵の表情に、僕は緊張感が一層強くなった。


「今日、一緒に来てるこの人、私が今付き合ってる人なの。おじいちゃんと撮った写真のことでよくして貰って、それからも何かと一緒にいてね——」


 墓前にて語られる、僕と葵の話。

 むず痒いような、こそばゆいような。


「春にはその通潤橋に行って、夏は依頼相手のお姉さんの誘いで初めて海外にも行って。秋は勉強漬けだったけど、この人が家庭教師をしてくれて、冬には一緒に初詣にも行って、ちゃんと大学にも受かったんだよ」


 去年、一年間の出来事だ。

 葵がこうして大学生になって、同じところに通うようになると——何だろうな。

 高々一年前の出会いが、随分と懐かしくも感じる。


 それほど、それくらいに濃くて大切な出来事が詰まっているのだ。


「そうそう、合格祝いにね、兄貴が入ってるサークルの人たちにパーティーもしてもらて、そこで兄貴がヴァイオリン弾いたんだよ。ブランクも怪我も、全然治ってなくてさ、やっぱりボロボロだったよ」


 酷い言われようだ。と、そう直感的に思ってしまったが、


「でも——」


 続く葵の言葉に、


「でも、やっぱり一番の演奏だった。すっごくかっこよかったんだから。皆にも聴かせてあげたかったけど、残念、あれは私だけのものなんだから」


 そんな考えは吹き飛んでしまった。


 表情は変わらないながらも、頬を薄っすらと伝う雫。

 大切で大好きな思い出たちに触れて笑う葵の邪魔をしないよう、それには触れないでおいた。


 やがて最後に黙祷を捧げると、葵は僕と入れ替わるようにして一歩横にずれた。

 もう既に半分くらいになっていた線香をお供えして、同じように手を合わせる。


「えっと……僕も何か言った方が良いかな…?」


「どうだろ。あ、でも、ここには両親もいるから、挨拶くらいかな」


「う、心臓が痛くなるよ、その言葉…」


 ご両親への挨拶、か。

 誰かと恋人になんてなっていれば、いずれは来るかも分からない事象だけれども。

 まさかそれが、人生初のそれが、よもやこういった形だとは。


 などと言いつつも、緊張感は一切変わらないわけで。

 僕は一瞬にして乾いてしまった喉を何とか鳴らして、必死になって言葉を選んだ。


「え、っと……神前真、大学二回生です。葵さんとは、昨年の今頃にバイト先で知り合いまして——」


「それはもう言ったよ」


 鋭い指摘。

 だって、どう言ったものか分からないのだから、仕方はない。


「もっといつも通り、ほんと挨拶程度で良いって。特にお母さん、凄く人見知りな人だからさ、逆に恐縮しちゃうかも」


「そ、そう? なら…」


 深呼吸一つ。

 変に早くなっていた鼓動を落ち着けて、改めて、自然に出て来る言葉を待って口を開いた。


「第一印象は、何だか大人っぽい子だなって風でした。妙に落ち着いてるし、格好も女子高生っぽくないし、口調だっていきなりタメ口でしたし」


「あぅ…」


 思い返せばそうだ。

 初対面からタメ口で、自由で、勝手に僕を依頼の場所に連れて行くし、食事は奢らされる流れにもなるし。

 割と、勝手なことをしていたな。


「も、もう、まこと、それは——」


「でも——」


 でも。それでも。


 そんな一面から見えた、涙を流して思い出に触れた側面。

 心の強さも、落ち着きも、どれもそれを乗り越えて来たからこそのものだと思えてからは、随分と葵を見る目が変わった。


 勝手で落ち着いた依頼相手、から、心の温かい恋人へと変わったのだ。


「葵さんには僕も助けられていて——認められなかった自分を、少しは認められるようにもなったんです。それは一重に、葵さん自身がそれを知っていたからで」


 全然似ていないようで、所々似ている僕たちだから。


「とてもいい子で、芯の強い子で、僕にとっても大切な人になりました」


 我ながら恥ずかしく、随分と雑な纏めではあったけれど。

 隣で薄っすらと笑う葵の表情は、どうやら間違いではなかったらしい。




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