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桐島記憶堂 Act2 ~新しいひととせ~  作者: ぽた
第1章 ふたつ目の春
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4.花屋にて

 どうしよっか。

 葵の言葉だ。


 篤郎さんの墓参り目的で出て来た結果、あのような事が起きてしまって、少しばかりそのようなテンションでは無くなってきてしまった、と。


 しかしだ。


 わざわざ今日それを目的としたのは、その命日が近いから。

 四月十日は普通に講義があるから、今日行こうとしているわけで。


 それを蹴ってしまっては、篤郎さんも泣こう。

 来宮天音という思いがけない種は一旦と忘れて、今はただ、篤郎さんのことだけを考えて花を買おうと二人で頷いた。




 そんな路地から少し歩いて。

 見えて来た花屋に立ち寄った。


「白い菊が無難だよね。あとは——」


 手に取った白。

 そしてそれに合う色や大きさの何かを必死になって考え、首を捻る葵。

 合わせて紫の小菊なんかもあろうが、どうせなら違う何かを選びたいのだそうだ。


 そんな僕ら二人のやり取りを微笑ましそうに見つめている店員さんの視線らしい何かはずっと感じていたが、ついぞ魔が差したのか、こちらにやって来る足音が聞こえ始めた。


「何用のお花をお探しですか?」


 にこにこと明るい笑顔。

 藍子さんとそう変わらないくらいの年齢だろうか。鮮やかな長い茶色髪をポニーテールに結わっている。


「お墓参り。家族みんなの分をと思って」


「ご家族さん——分かりました。お手伝いいたします」


 少しばかり落ち着いたトーンに変わる声。

 葵の言葉で事情を察したのか、しかしそれは敢えて確認などはせずに、並ぶ花々に目を落とし始めた。


「どなたかとの会話の中で、特に好きな色の話なんかをした相手っていますか?」


「うーん……あんまり覚えてないかも。あ、でも、おじいちゃんとかお母さんも、意外と黄色の物とか好んでたかな」


「黄色、ですか。それでしたら——」


 ピンときた様子の店員さんが動く。

 すこし離れたケースの中にあったそれを手にして戻って来ると、王道ではあるのですが、と前置いて差し出して来た。


「フリージア。季節の頃も今くらいが一番綺麗なお花です」


「綺麗…」


「真っ白な菊、そして同じく白のフリージアを主軸としまして、一つ黄色のものも入れてあげますと——ほら、この通りに。落ち着いた雰囲気は損なわず、それでいて少し目を引くアクセントにも」


 店員さんのフラワーマジックに圧倒されて、感心して、葵は目を輝かせて食いついている。

 なるほど確かに、これはとても綺麗なものだ。


 そんな葵の様子を見て、店員さんはまたも小さく笑って「ぴったりですね」と呟いた。

 何が、と尋ねる葵。


「フリージア全体の花言葉として『純愛の情』というものがあるのですが、それとは別に、色特有の花言葉があるのはご存知ですか?」


 葵は首を横に振った。

 僕も全体のそれしか知らなかったからと、同じく首を横に。


「どちらも似通ったものではあるのですが。白が『あどけなさ』、そして黄色が『無邪気』となっていまして——すいません、先程笑ってしまったのは、お客さんの反応があまりにもよろしかったものですから。花言葉と相まって、あぁ、こんな子が持って行ってくれるのならピッタリだな、なんて」


「う……そ、そんなに良い反応してたかな…?」


「少なくとも、斜め後ろに控えてた僕にも分かるくらいには、ね」


「あぅ…」


 真っ赤になって俯いた。

 これは新たな葵の遊び方を見つけたかもしれないぞ。


 なんて。

 言ったら多分怒られるけれど。


「これ、買う。左右分で」


「ありがとうございます。纏めてきますので、少々お待ちください」


 そう言って、先程それを持って来たケースへと戻っていく店員さん。


 僕らは僕らでその間、葵が財布からおおよそ全額分取り出しているのを見て僕も財布を取り出して、私のお墓だから私が払う、挨拶だから僕も払う、と言い合いに。

 遠くの方から店員さんの笑い声がまた聞こえて来た。


 結論。


「じゃあ——」


「うん、半分で」


 そう決まって落ちついた。

 半分なら怒りはしないのか。


 と、そんなことが決まったすぐ後くらいで、店員さんが花々を持って戻って来た。

 一本追加されているフリージアは、おまけで葵用にということらしい。


「その分のお代は結構ですよ、ふふ。久しぶりにちょっと良いものを見られたお礼だとでも思ってください」


 何だか藍子さんみたいな人だなぁ。


 などと思っている僕の前では、テキパキと纏め作業が行われていた。

 慣れた手つきだ。


 早々にそれも終わると、花々を受け取ってお勘定。

 適当な半々支払いを済ませる。


「ありがとうございました」


 店員さんの声が響く。

 葵はそのまま背を向けて店を後にしようとするが。


「まこと…?」


 立ち止まった僕の方へと向き直ると、一歩、二歩と進めていた歩みも元へと戻して横に並ぶ葵。

 その僕が目をやっているのは、


「それ、ずっと眺めてた様子でしたが?」


 レジ台の端に追いやられていたメモの切れ端。

 葵は花だけに集中していたから気が付かなかったらしいが、たまにチラと店内やらを見回していた僕は、それが視界に入る度に浮かべる店員さんの表情が気になって仕方がなかったのだ。


 あぁ、これですか。

 そう言ってこちら側へと向けられた紙面上には、何やらメモ書きらしい短な文字群が並んでいた。


「お得意様からの依頼、なのですが……」


 店員さんが表情を曇らせるのも無理はない。

 何せ、


「『素晴らしい花を準備して欲しい』ですか。これはまた随分と雑と言うか、漠然といた頼み事ですね」


「えぇ。その得意様、一度来たら、次に買うものがある時以外には顔を見せないもので。加えて、ご自身で悩むよりも私たち花に造詣がある者に任せっきり。別にそれが悪いだなんて言いませんが、その所為で私も母も手を焼いているんです」


「それはまた難儀な……あれ? でも、メモがあるということは、正式な依頼をされたのではないんですか?」


「それも一つ悩みでして、筆跡は確かにその人なのですが……恐らくは、前回のお買い物の折に“置いていった”ものかと」


「なるほど。それは悩みだ」


 そう、僕と店員さんが話していると。

 隣からクイクイと袖を引かれた。

 何かとそちらに顔をやる。


「手伝う?」


「また唐突な。葵は僕を藍子さんか何かだと勘違いしてるの?」


「そういう訳じゃないけど。まことも頭は良いから」


「それと花とは全く関係が——」


 と、言いかけた時だった。


「珍しく賑やかやと思ったら、お客さんとお話しとったんか」


 眼前の店員さんより一回り程歳上の女性が、奥から顔を出して来た。

 似通った目鼻立ちにこの店内にいたということは、おそらく。


「あ、お母さ——じゃなくて店長。お届けはもう終わり?」


「そない真面目な口調にしやんでええって、いっつも言うてるやろ、もう。っと、いらっしゃい。あらあら若いカップルさんやこと」


「こんにちは。これから、こっちの子の親族の墓参りに持っていく花を買いに、立ち寄らせて貰ってます」


「そうかそうか、ええもんは見つかった?」


 裸足から草履に履き替える。


「ええ、まぁ。こちらの店員さんに、良いものを見繕ってもらいましたんで」


「ふむふむ。で、美咲、お得意さんがどうのって——あぁ、そのメモかいな」


 と、お母さん——言い換え店長さんも、それをチラと見やる。

 そして何を言い出すかと思えば。まずは少しばかり悪戯な表情を浮かべて、こちらに視線を送って来た。


「そちらのお嬢さんかいな、さっき『まことも頭ええ』って言ってたんは。で、つまりは君がそのまことくんって訳や」


 嫌な予感がするぞ。


「私な、これ何か暗号か勘違いか、どっちかやと思ってんねん。ちょっと知恵貸してくれへんかな、お兄さん」


 新年度一発目の小依頼が始まりそうな予感。


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