1.デートまで
まだ冬の寒さが少し残る四月の頭。ある日の昼過ぎ。
大学構内は食堂の隅っこにて、僕は一人でコーヒーを啜っていた。
そろそろ初講義を終えてやってくる子を待っているのだ。
「おまたせ、まこと」
よくよく覚えのある声が響く。
振り返らずとも分かるそれに、やっぱりちゃんと顔を見て挨拶を返さなければと向き直る。
「お疲れ様、葵。高校と違う講義はどうだった?」
高宮葵。
丁度去年の今頃に知り合って、ついこの間晴れて恋人になった。
少し伸びた髪は緩く一つに纏めて前に流し、ショートパンツではなくロングのスカートを着込んだ姿は、どこか垢抜けた感じがして。
それでも色調は落ち着いた色で、やはりそこは葵らしい。
薄く身だしなみ程度、岸姉妹に教わっていた化粧まで施して。
女の子というよりかは、すっかり"女性"といった感覚だ。
「うーん、どうだろ。確かに席順とかはないけど、まぁ先生一人を前に聞くっていうのは変わらないし、まぁ私はやっぱり一人だからね」
「まだ初日じゃないか。サークルだって考えることなく既に決めてるって言うんだから、そりゃあ話す機会もないって」
そう言うのも、葵は入学式の折に「天文部に入る」と公言していたのだ。
それを聞いた岸姉妹の反応たるや。
「今日は二人とも用事があるみたいだから、天文部は活動なし。兄貴もバイトあるし」
「まぁ、だからこその午後からお出かけなんだけどね」
「…おでかけ、ね」
やや不満そうな表情。
言わんとしていることは分かるけれど。
「デートって、何だか恥ずかしくて言いにくいでしょ? それに、そんな大層なお出かけでもないんだし」
駅前をブラブラ、といった何でもないプランだ。
「それでも、やっぱりせっかく恋人と一緒なんだからさ」
「葵ってそんなに乙女だった?」
「あー、それは酷い」
「はは、冗談だって」
口を尖らせて憤慨する様子は見ていて面白いものではあるが。
あまりいじり過ぎると、何を言われるか。
僕は意識を切り替えて「よし」と一言。
「ならデートだ、デート。とは言え何も考えてないのは事実だから、場所は駅前近辺で勘弁して欲しい。どこか行きたいところはある?」
聞くと。
「あ、それなら——」
一呼吸。
「ごめん、デートって言っておきながらこんな場所でって思うかもだけど、お墓参りに行きたいかな」
「墓参り——そう言えば、篤郎さんの命日はこの辺りだったね」
「あ、覚えてたんだ」
そりゃあ。
それきっかけで葵とよく会うようになった訳で。
それに、あれだけの出来事があった中で、それに関わる情報を捨ててろって方が土台難しい話だ。
「おじいちゃんと、あと両親におばあちゃん。二人とも地元がここだから、お墓も一緒のところなんだよ」
「そうなんだ。まぁ僕もちゃんと報告したいと思ってたし。遥さんだけじゃなくてさ」
「それは私の役目な気がするけど——ううん、嬉しい。断らないんだね」
「そりゃあデートかって言われたら判断にも困るけど、やっぱそれより大事なことだからね。去年あれだけ一緒に居たのに、まだ挨拶もしたこと無かったから」
「うん。ありがと、まこと」
どっちが礼を言う立場なのか。
むしろ、誘ってくれて感謝だ。
流石に、言われないと「墓参りについていきたい」とは言い出し辛い。
ずっと、行かなければとは思っていたのだが、そう上手く行かないタイミングばかりで。
「葵、昼はここで食べてく? 食べ歩く?」
「せっかく学食にいるけど、食べ歩こうかな。その方が、流石にデートっぽいでしょ?」
「違いない。なら、移動し始めようか。先導は頼むよ」
「ん。駅とは反対方向に歩くよ」
言いながらどちらともなく席を立つ。
目指すは葵の肉親眠る墓地だ。
「まだ寒いね」
隣で肉まん頬張り呟く葵。
気温はまだまだ十度台だ。
「薄いマフラーならあるけど、使う?」
「使う。ありがと」
遠慮なし。
悪い意味ではなく、勿論信頼関係の賜物だ。
手渡したそれをくるりと首に巻いて、葵は口元までそれに埋めた。
流石に、少しそれは恥ずかしいのだけれど。
まったく。何ともなしにやってくれちゃって。
「ふぅ…」
寒さの余韻を感じる間もなく、勝手に体温は上がっていく。