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桐島記憶堂 Act2 ~新しいひととせ~  作者: ぽた
第1章 ふたつ目の春
2/12

1.デートまで

 まだ冬の寒さが少し残る四月の頭。ある日の昼過ぎ。

 大学構内は食堂の隅っこにて、僕は一人でコーヒーを啜っていた。


 そろそろ初講義を終えてやってくる子を待っているのだ。


「おまたせ、まこと」


 よくよく覚えのある声が響く。

 振り返らずとも分かるそれに、やっぱりちゃんと顔を見て挨拶を返さなければと向き直る。


「お疲れ様、葵。高校と違う講義はどうだった?」


 高宮葵。

 丁度去年の今頃に知り合って、ついこの間晴れて恋人になった。


 少し伸びた髪は緩く一つに纏めて前に流し、ショートパンツではなくロングのスカートを着込んだ姿は、どこか垢抜けた感じがして。

 それでも色調は落ち着いた色で、やはりそこは葵らしい。


 薄く身だしなみ程度、岸姉妹に教わっていた化粧まで施して。

 女の子というよりかは、すっかり"女性"といった感覚だ。


「うーん、どうだろ。確かに席順とかはないけど、まぁ先生一人を前に聞くっていうのは変わらないし、まぁ私はやっぱり一人だからね」


「まだ初日じゃないか。サークルだって考えることなく既に決めてるって言うんだから、そりゃあ話す機会もないって」


 そう言うのも、葵は入学式の折に「天文部に入る」と公言していたのだ。

 それを聞いた岸姉妹の反応たるや。


「今日は二人とも用事があるみたいだから、天文部は活動なし。兄貴もバイトあるし」


「まぁ、だからこその午後からお出かけなんだけどね」


「…おでかけ、ね」


 やや不満そうな表情。

 言わんとしていることは分かるけれど。


「デートって、何だか恥ずかしくて言いにくいでしょ? それに、そんな大層なお出かけでもないんだし」


 駅前をブラブラ、といった何でもないプランだ。


「それでも、やっぱりせっかく恋人と一緒なんだからさ」


「葵ってそんなに乙女だった?」


「あー、それは酷い」


「はは、冗談だって」


 口を尖らせて憤慨する様子は見ていて面白いものではあるが。

 あまりいじり過ぎると、何を言われるか。


 僕は意識を切り替えて「よし」と一言。


「ならデートだ、デート。とは言え何も考えてないのは事実だから、場所は駅前近辺で勘弁して欲しい。どこか行きたいところはある?」


 聞くと。


「あ、それなら——」


 一呼吸。


「ごめん、デートって言っておきながらこんな場所でって思うかもだけど、お墓参りに行きたいかな」


「墓参り——そう言えば、篤郎さんの命日はこの辺りだったね」


「あ、覚えてたんだ」


 そりゃあ。

 それきっかけで葵とよく会うようになった訳で。


 それに、あれだけの出来事があった中で、それに関わる情報を捨ててろって方が土台難しい話だ。


「おじいちゃんと、あと両親におばあちゃん。二人とも地元がここだから、お墓も一緒のところなんだよ」


「そうなんだ。まぁ僕もちゃんと報告したいと思ってたし。遥さんだけじゃなくてさ」


「それは私の役目な気がするけど——ううん、嬉しい。断らないんだね」


「そりゃあデートかって言われたら判断にも困るけど、やっぱそれより大事なことだからね。去年あれだけ一緒に居たのに、まだ挨拶もしたこと無かったから」


「うん。ありがと、まこと」


 どっちが礼を言う立場なのか。

 むしろ、誘ってくれて感謝だ。

 流石に、言われないと「墓参りについていきたい」とは言い出し辛い。


 ずっと、行かなければとは思っていたのだが、そう上手く行かないタイミングばかりで。


「葵、昼はここで食べてく? 食べ歩く?」


「せっかく学食にいるけど、食べ歩こうかな。その方が、流石にデートっぽいでしょ?」


「違いない。なら、移動し始めようか。先導は頼むよ」


「ん。駅とは反対方向に歩くよ」


言いながらどちらともなく席を立つ。

目指すは葵の肉親眠る墓地だ。






「まだ寒いね」


 隣で肉まん頬張り呟く葵。

 気温はまだまだ十度台だ。


「薄いマフラーならあるけど、使う?」


「使う。ありがと」


 遠慮なし。

 悪い意味ではなく、勿論信頼関係の賜物だ。


 手渡したそれをくるりと首に巻いて、葵は口元までそれに埋めた。


 流石に、少しそれは恥ずかしいのだけれど。

 まったく。何ともなしにやってくれちゃって。


「ふぅ…」


 寒さの余韻を感じる間もなく、勝手に体温は上がっていく。

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