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第一話~転生~

 騒がしい街の喧騒に思わず顔を歪める。

浮足立つ雰囲気が鬱陶しさを際立たせる。

毎度どうにも不可解でしかないと、内心悪態をつく学生。

どこにでもいる平凡な男子高校生、蒼井璃音。

 彼は突出した才能もなく、ずば抜けて頭がいいわけでもない。むしろ無能と呼ばれるほどのダメ人間である。

 故に、自分にどこまでも非常なこの世界が嫌いだった。能力があれば、一度も笑いかけてくれないこの世界の機嫌もよくなるだろうか。

 楽しそうに笑う同級生たちを近くで見るたびに、自分が嫌いになっていく。

 さのままずっと変わらずに、変われずにいるはずだった。

「ちょっと。聞いてますか璃音くん?」

 そんな彼の傍、わざとらしく頬を膨らませ、右腕を掴む力を強める女性。

璃音の頬に寄せる黒髪、微かな甘い香りに一瞬表情が緩む。小柄で無邪気な笑顔が可愛らしい女の子。

 茜月夜。

 平凡な高校生である璃音にとって唯一の拠り所ともいえる存在。

自分でさえもどうしてこんな娘が、なんて思うほどの美人。

 幸せそうに寄り添う彼女の頭を撫でながら、鬱陶しい街の喧騒に目を向ける。

世間はクリスマス一色。

璃音はこの騒々しいだけである恋人たちの一大イベントに、自分が参加することになるとは思いもしなかった。

参加するという表現も少しおかしいのだが、いままで怠惰に日々を過ごしてきた璃音にとっては無縁だと思っていたクリスマス。

まさか可愛い彼女と一緒に過ごすことになるとは……。

隣で楽し気に微笑む彼女に、璃音も笑いかける。

「ねぇねぇ璃音くん。こんなに楽しいと思ったの初めてだよ。好きな人と一緒にいられるってこんなに幸 せなことだったんだね」

 そういいながら強く、握った手を引く月夜。

確かに、こんなにも屈託のない笑顔を向けてくれる人がいるのなら、憂鬱だった日常も楽しいと思える。

「ほら、あそこ!ツリーのイルミネーション!いこ」

 はしゃぐ愛おしい人の声に、今日は楽しもうと、そう静かに決意した。

今までなら絶対に思いもしないこと、それでも月夜といっしょなら。

そう考えながら、月夜の横顔を見つめて、頬に触れる。


「おい!」

 そんな怒声と同時に悲鳴が上がる。

驚いて振り返ると、包丁を手に持つフードの人物がこちらに近づいてきている。

街の明かりはあるが、既に日は落ちてしまいフードの奥の表情は見えない。

止まることなく駆けてくる狂気。

璃音は咄嗟に月夜をかばうように前へ出る。

「璃音くん!逃げよう」

 月夜の必死な声と、先ほどとは全く違う焦りの表情。

自分でも咄嗟に動いてしまった、間違った判断であることは分かっている。

確かにこの場合は絶対に逃げるべきだ。

しかし……周りを見渡して思う、逃げ場がない。

イルミネーションの周りには人の群れ。

こんな状況だというのに逃げようとする者の方が圧倒的に少ない。

 人間の心理とは恐ろしいもので、どうにも状況を飲み込めていないのだ。

もしくは楽観視しているのだ。

こんな非日常が起こるはずないと。


 様々な思考が巡っては消えてゆく。

圧倒的に時間が足りない、このままでは……。

 そして、狂気は眼前に迫った。

フードの中の表情が見えるまで近づいてようやく気付いた。


 嗤っている。


「いち」

 ぽつりと吐かれた言葉の真意も解らぬまま、刃を突き出したまま突進される。

躱す余裕もないまま、どうすることもできないまま勢いに負けて後ろに倒れる。

冷たい路面に広がる血液。

 フードの男は深く身体を抉る刃を引き抜くと、もう二度璃音の心臓目掛けて振り下ろす。

一気に眩む視界の端に大切な人の絶句を捉える。

しかし、それを隠してしまうかのように覆いかぶさる影。

そこから覗く狂気の瞳を最後に璃音の意識は完全に途絶えた。





 苦痛が永遠にも引き延ばされたかのように感じた。

その後は一瞬だった。

目の前が真っ暗になって、そして……。

最後の言葉なんて残す余裕もなく、微かに映った最愛の人は泣いていた。

結局……。

そこにあるのは後悔だけ、永遠に終わることのない問答。

どうして?

そんな思いに答えを与えるものはいない。


 俺は死んだのか。


 もう悲しくもない。

呆気ない最期だった。

そうそれだけ、蒼井璃音という一人の少年の人生が終わっただけ。

伝えたい言葉も結局伝えられないまま。

伝えたい相手の姿は暗闇の果てに溶けて消えていくようで。

 あの涙はみたくなかった。

後悔に包まれる心情はもう誰にも伝わらない。

彼女には伝わらない。



「シンギュラーポイントアクセス。エフェクトリィンカーネーション……エラー。ネクストプロセス

 エージェンシーデバイスアクセス……リブートサクセス。アペンドスキルランダムセレクト……

 サクセスアイテムホルダー。オールプロセス……クリア。ジェネレートリィンカーネーションシステム」


 うるさいな。

そんな思いを握り潰すかのように、次第に視界がホワイトアウトしてゆく。


 そして……


「……」

 優しく語り掛ける声を聴いた。

慈愛に満ちた声と、身体を包む温もり。

「リィン。私たちの愛しい子」

 どこの世界も理解を求めない。

どこの世界も理不尽を叩き付ける。

どこの世界も未知であふれている。

 どういうことかもわからぬまま、次第に思考が減速してゆく。

なぜか身体を自由に動かすことも、言葉を正確に発することもできない、その不可解な現象に抗うことができない。


 最後に振り絞った答えは……。


 転生。




 この世で最初の記憶は……リィンにも確かに存在する。

しかし、別の世界の記憶まであるのだから、それを告げた日にはきっと誰もが驚くだろう。

だから誰にも告げていない。

そうすることが厄介事を避ける一番の方法だと知っているから。

なによりまずいのが、前世の記憶を思い出していると、前の世界での一番最後の記憶がフラッシュバックし、気分が悪くなる。

身体を貫く刃物の感触が……。

 すでにリィンがこの世界”バース”に生を受けて十八年、前の世界と並ぶほどの時間を生きてきたのだが、その最中にリィンが気づいたことがある。

異世界転生の定番であるはずのチート能力が一切備わっていない。

それどころか、身体能力も一切上昇している感じがしないのだ。

異世界定番ネタであるステータス表示、魔法を試してみたのだが驚くべきことに全く使用することができなかった。

 それで結局何をするでもなく、怠惰な日々を過ごしてきたのだ。

前の世界と同じように……。

 たった一つの願いにつながる道がどんどん消えていく。

あの世界に、大切な人のいる世界に帰りたい。

ただそれだけの願いが途方もなく遠い場所にあるようで……。

 勿論今日も、無意味に時間を浪費してゆく。

まだ諦めきれない微かな希望に縋って。

 バースにある小国”ソング”唯一の大魔法図書館。

”王立魔法書館”リィンはここで毎日少しづつ、バースの歴史を学んでいる。

「ようこそリィン。魔法書……起動」

 機械音に似た言葉と共に魔法書より魔法陣が展開され、映像が浮かび上がる。

一見派手に見えるが、これはバースに存在する汎用魔法。

ごくありきたりなこの魔法でも、最初に見たときは心が躍った。

しかし、自分では魔法が使えないと知ると段々と興味が薄れ始め、慣れと共に今では一切何も感じない。


「バースは空気中に魔力の源であるティアーがあふれている。

 そのティア―を魔法陣などで収集、魔力を取り出し、魔法という特殊事象を引き起こす。

 魔法をうまく扱えるのは人族のみで、そのほかの種族は人族ほどうまく事象発現できない。

 しかし、全くの適正なしというわけではなく、種族について一部魔法に適性がある。

 亜人は身体能力強化魔法、魔人は単一属性魔法に高い適性があることがわかっている」


 淡々と書物に記された内容を再生する便利魔法。

少ない魔力で発動できる分使い勝手が非常によく、エネルギー切れなどということもない。

いくら少ない魔力で使用できようが、そんなことリィンには関係ないのだが。

 内心悪態をつきながら、延々と再生される映像と音声に集中する。


「この世界は三つの大陸が存在する。そしてそれらを分断するのは広大な氷原。

 大まかには中央大陸、その西方に位置する暗黒大陸、遥か北方に位置する神域である。

 中央大陸には人族と亜人。暗黒大陸には魔人がそれぞれ国を作り暮らしている。

 神域は未踏の領域であり、周辺を鎖す氷界と呼ばれる過酷な環境が存在する。

 人族と亜人の対立は今なお続いており、中央大陸を東西に二分して西が亜人領”エスト”、

 東が人族領”イース”である」


 どこの世界にも同じような概念があるものだと、半ば呆れながら溜息を吐く。

 イースとエストは遥か昔より争いを続けている。

優位性を主張して、どちらが勝っているのかを決めるため……。

きっとその争いは意図して仕組まれたものなのだろう。

そうでないならば、いったい何の理由があってそんなことのために争い続けるのだろう。

「興味ないけど」

「また独り言。何度も同じような文献あさってるけど、それおもしろい?」

 唐突に聞こえる声に、顔を上げると見知った顔がリィンを見下ろす。

「ローナさん。面白いとかじゃなくて、必要だと思ったからで……」

 咄嗟に出たそんな言葉を紡ぐ中で、ふと疑問が浮かぶ。

本当に必要なのだろうか。

 最初は希望があった、しかし調べていくうちに気づいて行ったのだ。

この世界でも無能である自分に何ができるというのだろうか。

魔法を使えないという時点であらゆる可能性を諦め、それでも希望を求めて縋ったのは……。

 帰りたかったから。

ほんの僅かでも、笑いかけてくれた彼女の元へ。

でも……。

 目を伏せると本を閉じる。

展開された魔法陣は解除され、無機質な音声も消え去る。

「リィンくん。この国のこと、この世界のこと、魔法のことを詳しく知りたいのなら、本なんか読むより もいい方法があるよ。本を読むだけでは得られない知識。経験が」

 そう言ってローナが人差し指をリィンに向ける。

小さく展開される魔法陣。

「展開。オープンリーダー」

 言葉と共に浮かび上がる文字。

「国境上に存在する村”ニューラル”の視察及び周辺魔物の調査、駆除」

 その文字列の最後に書かれた署名には、この国の王名が記されていた。

珍しいことではない、ここは”王立”この世界の王立とは、王が建てたものではなく

王のため、国のために建てられたという証明。

このような勅命もこなすのがここの司書の役割。

 王立魔法書館専属司書『ローナ・ルーベルク』

この国でもっとも王に近く、もっとも強い魔力を持つもの。

「たまには話し相手がほしいのよ」

 にこりと笑いかけるローナ。

 リィンは困ったようにまた溜息を吐く。

「なんで俺なんですか?」

「なんとなく」

 そんなありきたりなリィンの質問に、当然と言わんばかりに即答する。

「しいて言うなら、君がとても退屈そうだったから。知識を求めてるくせに、無意味に時間を使っている ように見えたから。そして、とても悲しそうな表情をするから」

 そう言った彼女は半ば強引にリィンの動向を申請。

 別に、ただ知識が欲しかったわけではない。

それでも同行を強く否定しなかったのは、まだ縋りたいはずの希望があったからなのだろう。

その、本を読むだけでは得られることのない知識、経験はもしかすると役に立つかもしれない。

リィンはまだ諦めたくないのだ。

本心では、この申し出が嬉しくてたまらなかった。

「ただ、俺は何の役にも立たないと思いますよ。魔法も使えませんし、武器を使おうにもどれも全くの適 性がないので……」

 そんなリィンの言葉にも一切驚くことなく、ローナは親指を立てて答える。

「問題ないわ。だって私最強の魔法使いよ」

 自信たっぷりに告げられる言葉、頼もしさが満ちるそれを聞いただけで不思議と安心感に包まれる。

それほどまでにローナの実力が高いのだろう、言葉一つで他人を納得させられるだけの強大な能力が彼女にはある。

 リィンとは全くの正反対の人間だ。

だからこそ、リィンの求めるものは彼女の傍でなら見つかる可能性があるのだ。

リィンもそれに気づいていた。

最強の魔法使いの肩書が伊達でないのならば、その魔法使いの近くが異世界への近道なのだ。

 リィンはしっかりとローナの目を見て頷き、ローナは嬉しそうにリィンの手を無理やり握る。

「よろしくねリィンくん」

 一瞬浮かぶ最愛の女性の笑顔が、ローナのそれに重なったような気がした。




 そして間もなくリィンの動向は承諾されたのだった。






※WARNING※

チートコードの使用は各種データに害となる場合がございますので使用を控えています。

魔法はこの世界に存在する概念であり、上記のような異質なものではなくただの現象にすぎませんのでご留意ください。

しかし、この世界にて確認されたプログラムで特異なものが一つ確認されています。現在精力的に事象と原因を調査しておりますので、修正までもう少々お待ちください。


なお、この物語の主人公は無双しません。


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