プロローグ
いつだっただろうか。
思い描いていた日常と、両目に捉える景色が全く違うものだと気づいたのは。
別に大したことはない。
大したことは望んでいないはずだったのに、人は何時でも多くを求めるものなのだろうか。
月明かりが照らす人の群れ。
多くの人が行き交う街並みに、虚ろな視線を揺らしても、
返答の代わりに奇異の視線が向けられるだけ。
世界を呪って、現実を否定して自分の我儘を押し通す。
そんな子供のような思想が牙をむく。
矛先はそう……。
誰でもよかったのだろう。
狂気に光る刃と、それを彩る赤い液体がいくら地面を濡らしても、
口から洩れる小さく遠くで鳴るだけの音が誰かに届いたかもわからない。
一度の刃は瞬時に急所を切り裂く。
二度目の閃光が意識を刈り取り、三度目の狂気で鼓動を止める。
悲鳴と嗚咽。
どこか遠くで響く音。
どんどん遠ざかっていく音。
近くにあったはずのぬくもりも、徐々に凍えて。
そして光はとうに黒に鎖されて、思考も緩やかになってゆく。
これは、そう。
不幸な偶然。
それで充分だ。
「これは無力だと自分を卑下している少年の生涯を盗み見る物語」
無数のモニター越しに血塗れの少年を見つめる。
「私と彼の物語」
無数の文字列と数列、混ざり合いながら意味を成す式を練り上げる。
「それではシンギュラーポイントオープン」
ひとつのモニターに映し出されたのは、一人の女性に抱かれた赤ん坊。
「この世界では、いったいどんな人生を送ってくれるのだろうか」
楽し気に発せられた言葉、その真意は誰にも分らぬまま。