【Ⅸ】天国か地獄か
【第1章9話】
ユダヤ教の葬儀では、その家族は1週間はその喪にふくし、家に知人が来たらその人たちと一緒になって死を悲しむという風習がある。そして、1年間は祭りなどの楽しみなどの行事は禁止されるのだった。深くその人生を考える時間を家族に与える為だった。
葬儀の時のヨシュアの行動をみていたディナは何か不安が心に残りヨシュアの事を心配していた。ディナはそーっとヨシュアの家の扉から顔を出して中の様子をうかがった。
「おい。何してるんだ?」
覗き込むとすぐにヨシュアの声が聞こえてきて逆にディナは驚かされた。
「びっくりしたー。すぐ気付くんだもん」
ヨシュアはディナの驚いた顔をみて優しくわらいかけた。
「思ったより、ヨシュア大丈夫そうね」
「何が?」
「なんだか。葬儀の時のヨシュアいつもと違ってた気がしたの。だから、ずっとヨシュアの事心配してたんだよ」
「・・・・」
ヨシュアは少し黙りながら、これが女性の感というものかと感心する気持ちになった。そして、それはディナにとって自分は大切な存在で真剣に自分のことを考えてくれるひとなのだと感じて嬉しく思った。
「ありがとう。ディナのおかげで昨日は落ち着いたんだよ。いつもいるじぃーちゃんがいないとさ。ほら・・・。何かさみしいっていうかさ・・・。」
「うん。わかるよ。でも、忘れないで、ヨシュアにはわたしがいるから」
「ディナをみるとさ。なんか妹のリベカが生き返ったような気がして、安心するんだ。はじめはディナをみるとリベカを思い出すから嫌だったんだけど、今はディナがいてくれないとおれ生きていけない気がするよ。」
「だから、言ってるでしょ。わたしはヨシュアからは離れないよ。ずっと、ヨシュアが安心できるようにわたしが見守ってるからね。」
「ありがとう」
ヨシュアはディナの手を握って嬉しそうに微笑みかけるのだった。
昼は、ビクター博士の知人が大勢、家にやってきては、ビクター博士の思い出をヨシュアをいれて話していくのだった。葬儀の時のヨシュアの言葉を聞いてとても感動したという声が多数のぼっていたという。
そして、夜は・・・・。
次の日、ヨシュアはシオニズム運動の中心人物ベン・グリオンの家へと向かった。その姿は見えないように白い布で包みこむような服装だった。シオニズムの首謀者のベン・グリオンに会いに行くということは、パレスチナ人に狙われやすくなるということだからだ。
無事に屋敷についたヨシュアは、ベン・グリオンに笑顔で招待された。
「よく来てくれたね。ヨシュア」
「はい。お招きいただきまして、ありがとうございます。」
「ビクター・フランクルとは古い友人でね。彼はわたしがまだ有名ではない頃から仲良くしてくれたんだよ。でも、よくわたしがビクターの知人だということが分かったね。」
「はい。生前、ビクターさんはシオニズムについて語ってくれました。その中にあなたの名前が出ない訳が無く、また知り合いなのだということも聞かされていましたから。」
「なるほど、本当におしい人間を亡くしたよ。残念に想う。」
ベンの目頭は熱くなり、ビクターとの思い出がよぎったのかハンカチで目を拭くように悲しんだ。それを見たヨシュアは
「そこまで悲しんでいただければ、ビクターさんも喜んでくれていると思います。」
ベンはその言葉に、うなずいた。
「ところで、ヨシュア君。君のあの葬儀での演説はとても素晴らしかったよ。あの中で共鳴された人がいてね。何人かがシオニズム運動の役に立ちたいと言ってきてくれた者までいたんだよ。」
「そうでしたか。それを聞けてビクターさんのたむけに少しでもなれた気がして嬉しく思います。」
と、話しているとベンの部屋のドアを凄い勢いで開けて男が入って来た。
「おい。聞いてくれ。また、パレスチナ人が襲撃を行った!」
と、大きな声でベンに話しかけた男は、あのハイム・ヴァイツマンだった。彼はシオニズムを世界に広めいままさにユダヤ人の国を作ろうとしている張本人だ。のちのイスラエル国の初代大統領になる男だった。
二人はヨシュアの存在を忘れてるかのようにその場で討論をはじめた。するとハイム・ヴァイツマンがヨシュアに気付いた。
「ん?彼は誰だい?」
ベンが答えた。
「彼はビクター・フランクルの孫のヨシュアだよ。」
「あぁー。君があのビクターの葬儀で名演説をした少年か。うわさはベンから聞いていたよ。」
「はい!ありがとうございます。」
ヨシュアは、二人の大物を前にしても怖気づくこともなくハキハキと答えた。その態度とそのエメラルドグリーンの瞳はこの二人にも相当なインパクトを与えたようで、二人はヨシュアの事が気に入ったようだった。
ヨシュアは続けて話した。
「わたしのまわりには、勇敢な仲間がいて、わたしの一声で数十人がすぐに集まることができます。その中にはHM隊といってナチスでわたしと同様に軍の指導を受けたものも数人いて実際に実行行動もできます。わたしはビクターさんの志を胸にシオニズムのお役にたてればと思っています。どうかお使いください。」
ハイム・ヴァイツマンは、ヨシュアを睨みつけて脅すように言った。
「君はシオニズムという言葉をいうが、それを実際に行動に移して国を建てると言う事はパレスチナ人との争いが続き、君のその大切な仲間さえ犠牲にしかねないのだよ?。何の罪もない人々が死ぬ。それでもわたしたちについてこれると言うのかね?」
ヨシュアは、強い目線を変えることなく、すぐさま話した。
「わたしのこの両の手は8歳にして、同じユダヤ人で何の罪もない人をナチスの命令により、殺しました。ユダヤ人に対する迫害の加害者としてユダヤ人のわたしたちが手を汚したのです。その罪は重く、わたしたちのこの命で償うべきだとHM隊一同それを信念に持って生きているのです。シオニズムこそその償いのひとつでしょう。」
その言葉を葬儀にいかなかったハイムは聞いて驚いた。まだ、こんな13歳の子どものような者からそのような言葉が出てきたことも驚いたが、その言葉はハイムの心に響いてくるようだったからだ。
このヨシュアという人間には何かがあるのかもしれないと二人は思うのだった。
【第1章9話】完