【Ⅷ】悲しみを糧に
【第1章8話】
今日のこの日は、気持ちとは裏腹に蒼天で町全体を太陽が明るく照らしていた。ユダヤ教では仏教の様なお通夜などはなく、一刻も早く葬儀をして土の中に棺桶もなくうめられるのである。
ビクター・フランクル博士の葬儀には大勢のひとたちが嘆き悲しみやってきた。それはヨシュアがビクター老人が爆発テロで死んで、すぐに遺体を持ちかえりビクター老人の生徒や、HM隊のメンバーにビクター博士の死をみなに教えるように指示を出していたからだった。その葬儀には著名人なども多くビクター老人の人脈の広さを感じるのだった。その人々の中にはシオニズム運動の首謀者とさえ言われたベン・グリオンの姿さえあったのだ。のちのイスラエル国初の初代首相となる人物が彼だ。
広大な大地にある墓地に人々が集まりその中で司祭が話始めた。
「ユダヤ教の死に対する思想概念は、他の宗教に比べ、現実的であるとされます。すなわち、他の宗教によくみられる死者の世界であったり、死後の世界であったりといったものはありません。その代わり、審判の日において全ての魂が復活し、選別されると言うように考えており、これはイスラム教やキリスト教にも共通してみられる考え方であるといえます。判決の基準は、生きている間に行った行為の善悪であるとされ、悪いことを行った者は永遠の命を得られず地獄に落ちると考えられています。ビクターフランクル氏の人生は人に人徳を広めることへのあくなき探求だったように思えます。神に幸あらんことを。」
「次に、親族からの言葉をどうぞ。」
ヨシュアは白い布で包まられたビクター老人の前に立ってすこし間を置いてから話始めた。
「わたしは、8年前家族と一緒にドイツ兵に捕まり、あのアウシュビッツ収容所にいれられました。そこでわたしは他のユダヤ人とは別の場所につれていかされ、ナチスの軍服を着せられ当時5歳児だった僕は数年間、ナチスの教育で洗脳されナチスと同じようにユダヤ人をこの手で殺せと命令され、わたしは実行しました。」
急な話とユダヤ人を殺したというその内容にユダヤ人たちはどよめいた。
「ソビエト連邦軍がやってきて、やっとユダヤ人は解放されました。わたしは母と妹を探しました。でも、見付けたのは大量に積み重ねられた死体の中の母の遺体でした。わたしは、ナチスの軍服を着たままその場に座り込んでしまい、その姿をみつけ解放されたユダヤ人たちはわたしに向かってナチスと叫び石を投げつけてきました。みなわたしを殺そうとしたのです。そんな異常な状況の中でたった一人わたしの為に座りこんだわたしの壁になって助けてくれた人がいました。それが、ビクターさんです。ビクターさんは昨日死ぬ直前までわたしを本当の孫のように可愛がってくれました。わたしが毎晩悪夢をみて叫び続けても、毎日かわらずに抱きしめてくれました。5歳の頃から家族から離され、本当の家族としてわたしに心を教えてくれたのはビクターさんです。わたしのたったひとりのじぃーちゃんであり、お父さんであり、家族でした。これからも、じぃーちゃんは俺の近くで見守ってくれていると信じます。」
その話を聞いたビクター博士の知人は女性をはじめに涙をこらえきれずに泣きだした。
「ビクターさんはユダヤ人が神から与えられたこの神聖な土地にユダヤ人が集まり国を建てることを心から望んでいました。シオニズムです。それをはばむイギリスやパレスチナ人からの圧力にわたしたちは負けてもいいのでしょうか?」
群衆の中で声が上がった。
「ユダヤ人の国をー!」
それに答えるかのようにヨシュアが叫んだ。
「わたしたちは神から祝福された民族。ユダヤ人だ!!」
すると群衆が一気に叫び始めた。
「ユダヤ!ユダヤ!ユダヤ!ユダヤ!」
ベン・グリオンがヨシュアの方へと歩きだし、近づいて叫んだ。
「ヨシュア君の言う通りだ。我々の国を取り戻そう!」
ベン・グリオンが出てきて、その場がさらみ盛り上がった。
ぐぉぉぉーーーーおおおおお!!
ベン・グリオンがヨシュアに声をかけた。
「また、落ち着いたらわたしの所に来なさい。あなたに話があるから。」
ヨシュアは、鋭い目でベン・グリオンをみて返事をした。
「はい!」
ビクター・フランクルの死はヨシュアによってシオニズム運動の心の火をユダヤ人たちに与えるきっかけの一つとなったのだった。群衆の中で叫びはじめたのは、ヨシュアの仲間たちだった。ビクター博士の生徒とHM隊だった。
その夜、家で一人になったヨシュアは葬儀には一度もみせなかった涙を流し震える体をおさえつけるように腕をつかむのだった。
すると、ディナが家にやってきて震えるヨシュアの体をみて、ディナの目にも涙がこぼれた。そして、何も言わずにヨシュアを抱きしめた。ヨシュアの涙は止まることは無かった。
【第1章8話】完