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  作者: takayuki
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【Ⅶ】解放

【第1章7話】


ヨシュアにとっての最初の教師はナチスだった。その学びはナチス側の考えに偏っていてアウシュビッツでのあの虐殺は子どもの中にも疑問と恐怖そして、悲しみを深く刻み込んだ。次にビクター老人の教えは真逆で、人格と仁徳、心への育成だった。同じ人間がその考え方によって、悪にも善にもなることにまだ疑心暗鬼になってしまうのだった。


時折、ヨシュアはあのゲヘナのような深い穴に母の亡骸が横たわっていた映像が頭から離れず苦しむのだった。


「う・・・・ぅぅぅう・・・」


頭から取り払おうとしてもそのイメージは何度も何度も押し寄せてくる。髪を掻き毟りながら顔をゆがめるのを、ビクター老人はその姿をみて近づきゆっくりと話すのだった。


「ヨシュア。おちつきなさい。」


優しいゆっくりとした声を聞いて、ヨシュアは鼻から空気を肺にいれ大きく膨れ上がった胸になると口から自然に風船の空気が抜けるように吐き出すとさきほどのイメージまで外に出たように少し冷静になった。そして、自分の手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。


「おれ苦しいよ。じぃーちゃん・・・。」



「ヨシュア。わたしの眼をみて聞いておくれ。」


ヨシュアは少し脅えたような目でビクター老人をみた。


「お前を苦しめるアウシュビッツでの話だ。わたしもお前と同じ苦しみを味わったのだから、心にとめるように聞いておくれ。わたしは裸にされ独房にいれられた。そこでわたしはナチスたちが決して奪う事が出来ない自由を発見したのだよ。確かにナチスたちはわたしの環境を思うがままにコントロールできた。だが、わたしは心理学者だったので自分の状況を客観的に自覚することができた。わたしの基本的なアイデンティティーそのものは健全でそこなわれてはいなかったんだよ。わたしに起きた出来事や受けた刺激と反応との中にある物を見付けた。」


「それは、なに?」


「それはね。わたしの自由という物だったんだよ。わたしたちには選ぶという自由を与えられてる。反応と刺激との間には自由意思がある。アウシュビッツにいる間、わたしはほかの状況を頭の中に思い描いた。収容所から解放され大学で講義をしている場面を想像した。拷問を受けている最中に学んだ普通では体験できない教訓を生徒たちに説明する事を考えた。知性、精神、道徳観念を研ぎ澄ますことによって私の中の小さな芽を伸ばし、いつしかナチスたちよりも大きな自由をもつようになった。そのおかげで周囲のひとたちは苦しみの中に生きる意味を、人間としての威厳を保つ事ができたのだよ。」


「おれは・・・すごく深く傷ついたし、頭ではあの状況を考えたくなかった。でも、どうしても考えずにはいられなかった。そんなおれに、じぃーちゃんとディナはずっと水をかけてくれてたんだね。おれの芽は少し育ったんだと思う。二人の事を考えると嬉しい気持ちが出てくるんだ。そんな時、前の苦しみは消えてるんだ。おれ少しかもしれないけど、分かるよ。その自由っていう意味。選ぶっていう意味・・・。」


「もう、おまえは大丈夫だな」


ビクター老人は愛おしそうにヨシュアの頭を撫でた。






1948年2月23日:ヨシュア13歳の時






イスラエルの首都エルサレムで大学での功績を讃えられ講演を頼まれビクター博士は招かれた。いつものようにヨシュアも一緒にその講演会の為についていった。



「じぃちゃん。少し町をみてきてもいいかい?エルサレムは、はじめてなんだ。」


「いっておいで」


いつもの優しい眼差しでビクター老人はヨシュアに答えた。そこには嘘偽りの無い本当の孫をみるかのような面持ちが存在していた。




昔のエルサレム旧市街は今日のエルサレム市内の0.9km² の区画だった。1860年代までは、この旧市街がエルサレムの全体であって、エルサレムはいくつかの歴史的な宗教における重要な遺跡を含んでいる。ユダヤ教徒にとっての神殿の丘と嘆きの壁、キリスト教徒にとっての聖墳墓教会、イスラム教徒にとっての岩のドームとアル=アクサー・モスクなどがそれである。

 その町並みは見事なまでの城壁群でうめつくされ大昔、聖書に書かれた場所もそのまま残されていて、とても神聖な雰囲気につつまれているが、そこに慣れ親しんだ人々は賑やかさと活気にあふれ、みな幸せそうに暮らしているようにヨシュアには見えた。

 エルサレムというユダヤ人にはかかせない土地に来た事に喜びを感じていた時だった。




ドゥォーン!! ドゥォーン!!




鈍い音が鳴り響いた。建物と建物との間からもくもくと煙が立ちあがっていた。さきほどまで賑やかだった町がその音とともに顔色を変えたようだった。


あの煙の方向は、たしか・・・


ヨシュアは妙な胸騒ぎを覚えて、逃げて来る人々とは逆方向の煙の方角へと走って向かった。



近づくにつれて、血だらけになって通り過ぎる人が増えて来た。その負傷者たちは、女、子ども関係なかったので、無差別テロだということが分かって来た。


おびただしい人々が倒れ動かなくなっていた。その数、約50人。大規模な爆弾テロだったようだ。ヨシュアは小さな声を出していた。


「じぃーちゃん・・・じぃーちゃん」



今日の講演会の為に新調した白い正装姿がヨシュアにビクター老人を判別させた。白い服がほこりや灰、そして血で赤く染まり、前とは見る影もなく地面にあった。ヨシュアは、ゆっくりとビクター老人の体を持ち上げた。


「じぃーちゃーん!!うわーーぁぁ!・・・・じぃーちゃーん・・・・」



煙や逃げ惑い落ち着きのない中、ビクター老人を座り抱きかかえ、ヨシュアは悲しんだ。ビクター老人の息はもうすでに無くピクリとも動く事はなかった。






アメリカの援助を受け始めたユダヤ人に対抗するために、パレスチナ人は自爆テロという手段で自分たちの主張をする過激派が行動に出ていたのだった。何の政治にも関係もない人もこの50名足らずの中にはいたのだろう。復讐は復讐を呼ぶのだった。



【第1章7話】完

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