【Ⅵ】マインドコントロール実験
【第1章6話】
「じぃーちゃーん!おれじぃちゃんの行ってる学校でおれも授業受けたい。」
ヨシュアは明るい声でビクター老人に話しかける。ビクターフランクルは心理学者でアウシュビッツの体験をもとに多くの人々から支持を受け学校で学生たちに対して授業をおこなっていたのだった。
「そうだね。お前には家で他の知識を教えてたが、ヨシュアならわたしの授業でも何かを得られるかもしれないね。」
「うん。おれ勉強いっぱいして、じぃーちゃんみたいな先生になりたい。」
ビクターもヨシュアの素直な言葉を聞いて微笑みながらうなずいた。
ヨシュアはとても優秀だった。10歳も上の生徒たちと対等以上に話をし、見た目は10歳の男の子だったが話をすると誰よりも正確な判断と決断力でクラス全員を魅了した。その明るい性格もあってか、みなから愛される存在だった。
そのクラスでも優秀だった5歳年上のナフタリとヨシュアはとても仲が良かった。彼は、ビクター博士を心から尊敬しまたアウシュビッツの体験をしてきたヨシュアにたいしても興味を持っていたとても心優しい青年だった。彼とはシオニズムや戦争といった話を時間がある時によくしていた。
ユダヤ人に対するキリスト教国の弾圧には憤りを感じるがパレスチナ人に対しては友好的にシオニズムを進めたいと彼はよく話していた。
そこへ町に流れるラジオが聴こえて来た。
『物理学者アルベルト・アインシュタインが国連によるイスラエルの統治を提唱しました。
また、ユダヤ人とパレスチナ人の平和への道を訴えていたフサイニーが暗殺されました。』
イギリスの統治下であったイスラエルを国連にすることで第3者からの目から平等に話しあいをすることをアインシュタインは目指したのだろう。しかし、途中から来たユダヤ人に領地の半分を渡す事はパレスチナ人にとってゆるせることではなかった。
そんなラジオを聞いてナフタリは話す。
「イギリスはイスラエルに入って来たユダヤ人を受け入れようとはしなかった。シオニズムの指導者、ハイム・ヴァイツマンとベン・グリオンの二人がアウシュビッツにいたユダヤ人をはじめ世界中のユダヤ人を集め今イスラエルには70万人のユダヤ人がいる。早くイスラエル国家を作って前のようにパレスチナ人とも平和に暮らしたいね。」
それを聞いてヨシュアも答える。
「ぼくは、アウシュビッツにいた頃、ドイツ側の考えを学ばされてきた。だから、一概にシオニズム運動や世界のことをまだ、はっきりとは意見は言えないね。」
ユダヤ人の中で生まれ育ったナフタリにとって、ヨシュアの考え方はとても面白かった。普通とは違う考えを導き出しそうなヨシュアに惹かれるのはそのためだろう。
世の中の情勢は他にディナとヨシュアは毎日散歩をして、話をした。
「ディナ。おれとずっと一緒にいようね。」
「うん。」
ディナは嬉しそうに答えた。
「おれはディナがいてくれたら、あとは何もいらないよ。おれとディナはずーーっと幸せに暮らすんだ」
「ビクターさんもでしょ?」
「うん。じぃーちゃんもずーっと一緒。3人で幸せに暮らそう。」
ディナは、とても明るくなったヨシュアの事が好きだったし、何か他の人とは違うものを感じていた。
明るく前向きに勉強をしながら生きようとしているヨシュアのもとにまた別の集団がヨシュアに期待してやってくるのだった。それはアウシュビッツの時のHM隊にいたメンバーだった。その何人かはヨシュアのようにイスラエルに来ていたのだ。HM隊の仲間のシュケムが言った。
「ヨシュア、HM隊はドイツのナチスにマインドコントロールされ大勢のユダヤ人を殺させた。そんなユダヤ人をドイツに残ったHM隊の仲間は今はナチス狩りをはじめてる。もしHM隊のリーダーだった君が立ちあがるなら大きな戦果を世界に示せるだろ?一緒にドイツで戦わないかい?」
「・・・。」
ヨシュアは仲間の意見を聞くがとても鋭い目線で返事をする。
「俺たちはナチスに対して深い怨みがある。だが、本当に怨みをはらせば、今ナチスを殺せば、平和がやってくるのかい?今おれたちがしなければいけないことは、何故ドイツがあんなことをしたのか、そして世界がどう動いているのか。何が真実で何が嘘なのかを判断するための情報と正しい目を養うことじゃないか?」
ナチスへの報復よりも大きな目線を持ったヨシュアの言葉を聞いてシュケムはやはり、ヨシュアは普通の人とは違うと思った。
ヨシュアは知らないうちに二つの勢力の中に人脈を築いていっていたのだ。ひとつは、ビクター博士の生徒、もうひとつはHM隊という組織だった。今より2年間の間、ヨシュアを中心にそれぞれが勉強をしていった。そして、人知れず集まり討論を重ねるのだった。
しかし、今のヨシュアにとって大切なのは、ビクター老人とディナだった。何よりも守りたくて大切な存在であり、大きな世界よりもこの身近なささやかな小さな世界のほうがヨシュアにとっては大切なものだったのだ。
【第1章6話】完