挨拶できれば大抵どうにかなるらしい
「おはようございまーす」
「し、失礼します」
ガラン、と鈍いベルの音とともに、色褪せた木のドアを開けると、そこは想像よりもこじんまりとした空間だった。入ってすぐ小さいステージがある。4人掛けのテーブル席が2つ、6人掛けが1つ。それに、カウンター席が4つ程。
壁は真っ黒で、天井にはミラーボールがぶら下がっている。店内のあちこちに配置されている照明や、デンモク関係であろう赤や青の小さな光が、歩いたこともないけれどまるでネオン街のようで、少しだけワクワクしていた。
奥のテーブル席に通されて履歴書を渡すと、どうやら早速仕事内容の話をされるらしかった。愛さんがお茶を淹れながら補足説明をしてくれる。
「こちらはママのよし子さん。他に学生が2人と、チーママが1人、30代のお姉さんが2人いるよ」
「それに愛さんもあわせて7人?」
「そう。マイちゃんで8人ね」
とにっこり微笑むとカウンターの裏へと入っていった。
ママさんは小柄で腰まである長い黒髪、それにキリッとした目元の美人で、トレンディドラマに出てきそうな人だった。
「それじゃあ覚えてほしいのだけど」
「はい」
「時給は1200円スタートなんだけど、出勤率とかお店への貢献度なんかでだんだん上がっていくの
具体的な接客は、お客さんにドリンクをご馳走していただいてお喋りしたり歌ったりするという感じね
もちろんお酒でもいいしジュースでもいい。自分の年齢とか体調を考えてちょうだいね。車を運転して帰るからノンアルコールの子もいるのよ
うちはほとんど常連のお客さんだから、料金やシステムはみんなわかってる。新規さんがいらしたときは、私たちが対応するから安心してちょうだいね
連絡先の交換や営業メールは強制しない。けれど、やってる子のほうがファンのお客さんがついてくれる確率が高いわね
お客さんからの指名や、お酒のボトルを開けた数、自分がドリンクをおかわりした数なんかがお給料に加算されていくけれど、細かいからもっと慣れてきた頃に改めて説明するわね
とりあえずは、席につくときにお邪魔します、ドリンクいただいたらいただきます、席を移動するときはごちそうさまでした。これを忘れなければ大丈夫」
真新しいことばかりで覚えられる気がまったくしない。とにかく挨拶だけしっかり
ーーガラン
決意を固めている見計らったかのようなタイミングでドアが開いて、カウンター越しに、いらっしゃいませぇと愛さんの声が聞こえてくる。
「あら、いらっしゃい。それじゃあ早速デビュー戦ね」
とにかく、挨拶だけはしっかりやろう。