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選択肢  作者: ひなた
近藤月夜ルート
377/389

du

「では、さようなら。バレンタインデーが土曜日で良かったですね。そうでなければ、学校があるのに泊まりだなんて、絶対に無理だったでしょうから」

 微笑みながら優しく言ってくれてはいるけれど、悲しいくらいに、月夜ちゃんは家に泊めたというそれだけなんだよね。

 好きな女の子が暮らしている部屋に、宿泊することを果たしたのだ。

 それを喜ばない男がどこにいようか。

 だけどお風呂に入ることもなかったし、着替えもなかった。食事もなかったし、しまいには朝目覚めたらすぐ「さようなら」である。

 出来立てほやほや熱々カップルのはずなのに。

 部屋に泊めてくれたし、そもそもバレンタインのチョコレートくれているんだし。温かく愛してくれているようだけれど、この微妙な冷たさはなんなのだろうか。

 微妙な冷たさ? むしろ絶妙な冷たさとも言えるけれどね。

 長年寄り添っている夫婦じゃないんだから、この扱いってばないと思う。

 もうちょっと一緒にいたいとか、休みだからデートしようよとか、それくらい言ってくれてもいいじゃないか。

 それとも月夜ちゃんったら、照れているのかな。どうしよう。


①茶化す ②帰る ③帰らない


ー普通に②を選んでしまうんだそうですー


 さようならと彼女が言っているのだから、さようなら以外の何でもないのだ。

 いつまでも居座っていたところで、彼女が喜ばないのは確かであろう。だって、少し前の月夜ちゃんならばともかくとして、告白して泊めてくれた後にツンデレ再来なんて変でしょ。

 もうあれだけ素直に言ってくれたんだから、ツンデレモードは終わったんだ。

 認めろ。拒絶は拒絶として、しっかり認めなさい、俺。

 曖昧な関係が終了したのと同時に、月夜ちゃんの曖昧な感情は終了した。もうツンデレじゃない。

「もうすぐ月夜ちゃんは高校をご卒業なさります。すると、学校で偶然会えるとか、そういうこともなくなるのです。家に行くとかデートの約束とか、会うことを目的にしなければ、二人で会うことも叶わなくなるような、卒業はそんな別れなのです。だから俺は、卒業のときにさようならは言いません」

 何を言い出したのか、というような表情で月夜ちゃんは俺を見ている。

「絶対にさようならなんて言いません。だから代わりに、今日はさようなら。またすぐに会えるから、さようならです」

 玄関に長居していてもからかわれるだけだと思い、そこまで言うとさっさと俺は帰宅した。


 その次に彼女と会ったのは、卒業式の日であった。

 三年生は自由登校に入っていたので、無理に学校へくる必要はないのだ。そして月夜ちゃんは、その風貌からは想像出来ないほどのサボり魔である。

 バレンタインまでちゃんと登校していたことの方が、むしろ驚くべきことだったのである。

 ああ、ちなみに卒業式は在校生は出なくても良かったりする。

 彼女と同レベルのサボり魔である俺だが、ここはさすがに参加するさ。

 だって今日、登校しなかったら、もう二度と月夜ちゃんには会えなくなってしまうような気がしたから。


「何? どうして貴方が泣いているのです? 卒業を寂しがるのは、卒業生の特権です。貴方にその権利はありません」

 式後、退場してすぐに、月夜ちゃんは俺にところにきてくれたのだ。

 涙まみれになっていた俺の顔を、そっとハンカチで拭いてくれた。その手は優しかったけれど、少しだけ震えていた。どうしよう。


①手を握る ②手を払う ③抱き締める


ーここで出来るのは①くらいのものなのでしょうー


 小さく震える彼女の手に、俺は自分の手を重ねた。

「なんのつもりですか?」

 言葉は少し冷たいけれど、手はとても温かかった。その温もりは、俺の涙を更に溢れさせる。

 震える手も、同じく震えている彼女の、その言葉も唇も。俺にとっては全てが悲しいもののように感じられて、どうしても涙は止まらなかった。

 これじゃあまるで、永遠の別れじゃないか。

 卒業したからって、何度でも会える。

 極論を言ってしまえば、彼女の家を知っているのだから、招かれていなくとも会うことは出来るのだ。それじゃ最早ストーカーだけれど、あくまでも極端な話、だ。

 永遠の別れなんてありえない、そういうことだ。

「月夜ちゃん、強がらなくてもいいじゃないですか。卒業は寂しいものなのですから、泣けばいいのです。権利とかじゃなくて、寂しくて悲しくて、それを泣くのは当然のことです」

「そうですね。でも私、貴方みたいに、人目も憚らず泣くことなんて出来ませんよ」

 俺の言葉に月夜ちゃんは頷いて、一筋スーッと頬に雫を伝わらせた。

 そして月夜のような儚くも美しい、幻想的で魅力的な微笑みを浮かべ、ハンカチをしまう。何をするのかと思えば、月夜ちゃんの手に重ねていた俺の手を、愛らしい両手で包み込む。

 それだけじゃなく、手首の辺りにふわりと軽い口付けを落としたのだ。

 触れたのもわからないほどに、優しくそっと。それでも確かに胸の高鳴りは、その唇が触れたということを、示しているようであった。

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