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「隊長も、驚いてるかしらね。ふう」
ニヤリと笑うと、愛美ちゃんは立ち上がり颯爽と歩き去って行ってしまう。どうしよう。
①一人で入っている ②追い掛ける ③追い越す
ーこれは②でいいでしょうー
一人で入っていても寂しいし、別にそこまでお風呂大好きってわけでもないから、急いで愛美ちゃんの後を追った。
一生懸命走って行くと、つるっと滑って豪快に転んでしまった。
痛い。痛い。
でもまあそれでも、普通にお風呂場で走った俺が馬鹿だったもんな。普通に俺が馬鹿だったよな、わかってるよ。
子供並みだな……。どうしよう。
①お風呂に戻る ②気にしない ③顔を真っ赤に
ーこれは②と③を選ぶとしましょうかねー
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にさせているだろうことが、自分でもよくわかった。
「子供かよ、可愛いわね」
だけど、からかうようにして愛美ちゃんはそんなことを言ってくるんだ。
そう言われて更に恥ずかしさは増したが、俺は”気にしない”ふりをして何食わぬ顔で体を拭いて服を着て。
その間もずっと、恥ずかしさは消えなかった。
得意の”気にしない”も、真っ赤な顔のせいで上手く出来ないな。
「ほんと、大丈夫? 怪我とかしてないわよね? 真っ赤になってるわよ?」
心配しているようなことを言ってはくれるけど、クスクスと笑いが止まっていない様子だ。その状態で言われても、馬鹿にしてるとしか思えないよ。
確かに俺だって、そんな奴がいたら笑うだろうけどさ。
でもでも、でもだよ? 真っ赤になってるって、それは完全に馬鹿にしてるだろ。
「別に、ちょっとのぼせちゃっただけ! 男だってのぼせるくらいあるから!」
唇を尖らせてみせて、わざと不機嫌そうに俺はそう言ってみせた。
その仕草も、愛美ちゃんには可笑しくて仕方がないようだった。物凄く爆笑してくれるから、俺としてはむしろ恥ずかしくなくていいけどね。
失笑とか笑いを堪えられたりとか、そっちの方が恥ずかしいもん。
「行くわよ」
俺の真っ赤な顔が治りつつあった頃、愛美ちゃんは女性らしく髪の手入れや、持参したらしく肌の手入れなどもしていた。
やっぱりこういうところを見ると、男性だなんて信じられない。
そして手早く慣れた手付きで終えると、女王様系のキャラクターっぽく愛美ちゃんは俺の手を引っ張っていった。
手を掴んでくれることが、萌えを煽っているようで女性らしい。どうしよう。
①着いていく ②どこまでも付いていく ③離せよ
ーここは①でいいでしょうー
金魚の糞のように、愛美ちゃんの後ろをちょこちょこと着いて行った。
「愛美ちゃん、愛美ちゃん? どういうことにゃん」
更衣室を出て休憩所へ行くと、戸惑った顔のたまきがそこで待っていた。フルーツ牛乳のビンを持っているが、口を付けた痕跡すらない。
開けてそのまま放心状態になっているんだろう。
そりゃまあ、これだけ可愛ければ女の子であると信じて疑わないだろうからね。
まさか愛美ちゃんが男だなんて、そんなこと誰が思うだろうか。
「隊長、騙してたわけじゃないのよ。でもあたしが男だって知って、ビックリしたでしょ? 気付いてなかったでしょ?」
楽しそうに跳び回って、愛美ちゃんはたまきにそう問い掛けた。
まだ驚きは絶えないみたいだが、口をあんぐり開けてたまきはこくりを頷いた。ここまでたまきが驚くなんて、珍しい。
こんな表情をしているたまき、初めて見た。
「気付かなかったにゃ。てか二人とも、遅いにゃん。たまきは愛美ちゃんを待ち続けちゃったにゃん」
待ち続けちゃったというのは、いつ愛美ちゃんが女湯に来るのかと待っていたと言うことなのだろう。
遅いというのは二人ともが付いたのだから、出てくるのが遅いという意味なのだろうかね。どうしよう。
①謝る ②謝らせる ③帰ろう
ーここも①としますかー
俺たちも長くはなかったと思うのだが、たまきを待たせちゃったんだったら謝らなきゃいけないよな。
「ごめん」
遅いというから謝った。でもたまきは、それが少し意外だったらしい。
「別に、謝らなくていいにゃん。謝る人がどこにいるにゃ、そんなことで。リア充になる為には、謝罪は捨てるにゃん! 友達間では挨拶も遠慮もいらないのにゃぁ」
たまきも俺と同じようにリア充に対する偏見があるようで、可愛らしくだが結構酷いことを言って来た。
「それよりもたまきは、愛美ちゃんが男だったという驚愕に。素性は探らないのが子猫同好会の鉄則だけど、まさか性別すら知らにゃいにゃんて」
ショックを受けている、のだろうか?
わからないけどなんだか複雑な表情をして、たまきは愛美ちゃんをまっすぐ見つめていた。
やがて正気を取り戻すと、持っていたビンに気が付いたのか一気飲みをして、いつものたまきらしく一番前を歩き出した。
その背中は変わらず子猫同好会の隊長に相応しいもので、迷いは微塵も見られなかった。
カッコいい。と思わせてくれる、いつものたまきの背中だった。
「隊長の子猫的キャラクターにぶれや隙がないように、あたしだって完璧にキャラクターを演じられるよう努力しているってだけ。素を見せないのがキャラクターを演じるってことでしょ?」
ニコニコとそう言っている愛美ちゃんに、俺も気付けなかったのは当然なのかと自分を宥める。
だって結構辛いぜ? 一夏共に過ごした仲間の性別すら、気付けなかったし知らなかったんだからね。たまきなんて、今年だけの仲じゃないみたいだし。
「なんか驚きで疲れて、――眠くなっちゃったにゃん」
辛うじて子猫同好会の拠点に戻ることは出来たが、入るや否やたまきは倒れ込んで眠りに付いてしまった。どうしよう。
①隣で寝る ②遠くで寝る ③まだ起きてる
ーここも①にしちゃいますー
女の子と添い寝と言うのは初めてだし、かなり緊張してしまう。
心臓はバクバクだがそれを感じさせないよう努力して、たまきの隣に倒れ込んだ。すると不思議なことに、一瞬で眠りに付いてしまった。
俺もきっと、疲れていたんだろう……。
翌日目を覚ますと、部屋のどこを探してもたまきも愛美ちゃんもいなかった。
女の子と添い寝をしたという事実は夢だったんじゃないか。二人の荷物もなかったから、そうとすら思えてしまった。
時間を確認すると、まだ朝六時半。
寝坊をしたわけでもないんだから、やっぱり二人は俺と一緒になんか寝てなかったんじゃないか。
そうしたら、あれだけ早く眠れたのは睡眠薬でも盛られたのでは?
いやでも、別に夕飯昨日食べてないんだから、いつ盛られたんだって話になっちゃうからな。どうしよう。
①夢 ②現実 ③どっちだっていいさ
ーここは③にしましょうかー
夢だって現実だって、別にどっちだっていいじゃん。
自宅ではなく子猫同好会に俺はいるんだから、たまきも愛美ちゃんも幻ではなかったのは確か。
それだったら、添い寝の事実があろうとなかろうと構わない。二人と過ごした夏の日が幻じゃないんだから。二人の存在は、本物なんだから。
でも、二人とも本当にどこ行ったんだろ。
添い寝の事実だって、夢や幻じゃなく現実だって信じているから。
「おはよ。先輩ちゃん、いつもこんな早起きなの?」
寝惚け眼で周りを見回していると、愛美ちゃんのセクスィーな声が聞こえて来て、背中に温もりを感じた。
夏の暑苦しさとは違う、とっても温かくて心地が良い感覚だった。
「ま、どっちでもいいや。戸惑う先輩ちゃんの顔は見れたし。ただもっと遅起きしてくれれば、いっぱい準備できたのにさ」
その言葉を聞いて、俺は確信した。
テレビ番組などでよくある、寝起きドッキリ擬きのようなものを二人は結構しようとしていたんだろう。
いつもは――休日なんて特に――こんなに早く起きることなんてないから、今日に限って早く目覚めてくれた俺の脳に感謝だな。
八時くらいに起きていたら、俺はどんな惨状に晒されたことか。どうしよう。
①安堵 ②激怒 ③爆笑
ーここは①ですかねー
悪戯を怒ろうとか、笑おうとか、そんな感情よりも先に俺は安心した。
たまきと愛美ちゃんに十分な時間を与えたりしたら、本当に何をされたかわかったものじゃないからな。
「んにゃ? 先輩、起きちゃったのかにゃ。ちっ」
俺以上に眠そうな顔をしながら現れたたまきは、あからさまに舌打ちをしてみせた。
なんだか、その行動は可愛らしくて仕方ない。
舌打ちをされたことが嬉しいというわけじゃないよ? でもなんか、眠そうな顔でムカついたふりをして舌打ちとか、凄い可愛いじゃん。
たまきだから可愛いのか、な?
「朝、すぐに帰るという条件でお泊りを許して貰ったにゃ。だからたまきはもう帰ることにするにゃん」
悪戯失敗に少し不機嫌そうな顔をしていたのだが、更に不機嫌顔でそう言うと、たまきは手を振って去って行ってしまった。
愛美ちゃんと二人きり。
男だとわかっていても、かなり緊張してしまう。どうしよう。
①帰る ②帰す ③帰らない
ーここも①にしますー
如何わしいことを考えたりしないうちに、早く帰った方がいいなこれは。
それに愛美ちゃんだって、言えなくとも帰りたいに違いない。愛美ちゃんを口実にするのは悪いとも思うけど、俺の思考の中でなら大丈夫だろう。
愛美ちゃん、ごめんなさい。
貴方が帰りたいんじゃないかというのを口実に、俺は帰りたいと思います。
友情が、壊れてしまう前に――。
「そんじゃ、俺も帰るね?」
俺がそう口にすると、愛美ちゃんは「あたしも」と口にして立ち上がる。
そして部屋を出て鍵を掛けると、もう二人もお別れとなる。家の方向から違うようで、一緒に帰るなんて青春じみたことは叶わなかった。
俺が送るよ。なんて言っても迷惑だろうから、普通に潔く別れを告げる。
昨日があまりに騒がしかったせいか、一人で歩く道が寂しく感じられてしまう。
子猫同好会として活動してたら、いつか俺は寂しいと死んでしまうようになっちゃうな。ぼっちのくせに。
ぼっち耐震度を下げないで、欲しいものだよ。
その後はもう誰と会うこともなく、去年と同じような夏休みだった。
勉強とゲームに捧げた、本当につまらない孤独な夏休み。俺らしい、夏休み。




