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そして遂に、勝利の鐘を鳴らし、神に祈ることが出来た。
この時点でかなりの達成感だったのだが、まだ終わっていない。今度は琴音さんの元へと帰らないとだ。
しかし琴音さんに近付いて行くということがあり、こちらの方がまだ楽に感じられた。
琴音さんから離れていく、と言うことに抵抗があってしまった為、進むのが更に大変になっていたのかもしれない。
本能のまま、意思など関係ない。
だから人の波と反対に進んでいるのだから、行きより辛い筈の帰りなのに、視界に琴音さんが入っている、それだけで迷わず早く進んで行くことが出来た。
「よく出来ましたわね」
彼女の元へと辿り着くと、そう言って琴音さんが頭を撫でてくれた。
そのあまりの心地好さに、俺はその場に溶けてしまう。そして犬のように座り、終いにはワンなどと鳴いてしまっていた。
それはそれで、琴音さんのペットになれたみたいだし、嬉しかったんだけどね。
「ご褒美を差し上げますわ。一つは、わたくしがあなたの願いを一つだけ叶えてあげるということ。そしてもう一つは、素敵な温泉旅行へとご案内致しますわ。ということ。どうかしら」
長い髪を指で弄りながら、琴音さんはそんなことを問い掛けて来た。どうしよう。
①ワン ②却下 ③辞退
ーここでも①を選んでいいんでしょうかねー
正直、そこまでのご褒美を頂けるとは思っていなかった。
特に二つ目が予想外である。
見ると、お義父さんとお義母さんも悪戯っ子のように笑っていた。
三人が浮かべる、幼い子供のような表情に、俺もつい微笑んでしまったいた。
「ありがとうございます」
予想外のサプライズ。対応には困ったけれど、まず最初に言うべき言葉。お礼をした。
「新婚旅行みたいなもんだと思ってくれ。すんげぇ褒美だろ? がっはっは」
本当に嬉しかったのだろうが、お義父さんの笑い方が普段以上に下品になっている。どうしよう。
①指摘 ②スルー ③微笑む
ーこれは③でいいのではないでしょうかー
「お父様、お下品でしてよ。笑うときも、もっとお上品になさいませ」
俺が微笑んで流そうとすると、俺の心を読んだかのように琴音さんが指摘した。
しかし、笑うときも、と言う言葉がわからない。笑うときじゃなくても上品じゃあない気がするんだけどな。
まあ、別に金持ちの子でもないんだし上品でいることもないがな。
お義父さんに下品下品と言っていたら、学校になんか通えないや。下ネタのオンパレードだぜ。
「それよりも、さっさと出掛けるぜ? 安心しろ、準備なら出来てる」
ニヤッと笑うお義父さんに俺が首を傾げていると、琴音さんが俺の手を掴み突然の猛ダッシュ。何をすることも出来ず、駅まで連れて行かれていた。
途中で三人は帰って荷物を持って来たというのに、俺は帰宅もさせて貰えていない。
俺の荷物をと言ったのだが、大丈夫なんて言われて終わってしまった。
「時間もぴったりね。さっすがあたし、ベリーグッド!」
駅に着くとすぐに新幹線に乗せられた。お義母さんの自画自賛を全員でスルーし、とりあえず着席する。
温泉旅行、どこに向かうのだろうか。温泉旅行、どれくらい人がいるのだろうか。温泉旅行、混浴はあるのだろうか。
想像しているだけで、様々な気分を味わうことが出来た。
「かなりの人混みが予想されますわ。しかし、今のあなたならばそれも乗り越えることが出来るでしょう」
隣に座る琴音さんが、突然そのようなことを言って来た。どうしよう。
①訝しげな表情 ②続きを聞く ③眠りに付く
ーここでは②を選びますー
変わらない微笑みを維持し、琴音さんの次の言葉を待った。
そんな俺を見て、琴音さんは楽しそうに笑う。そして話し出してくれた。
「無事人混みをクリアしてくれたから、ご褒美と言うことが出来ましたわ。でもね、失敗した場合の言葉も用意しておいてありますの。折角考えたから、そちらも聞いて下さるかしら」
なるほど。俺が成功するか失敗するかなんて、やってみないとわからないからな。
諦めるなどと言うことはありえないが、体力が持たなくて吐くとか気絶とかはありえないでもないからな。
信用なかったのかと一瞬残念とも思ったが、琴音さんが慎重なだけだと考え直す。
「人混みが全然駄目だから、特訓として連れて行く。そう言うつもりでしたのよ。どうですの? 一生懸命考えましたのよ」
楽しそうに、実に楽しそうに琴音さんは笑っている。
それは俺が一生を掛けてでも守りたいもの、それは俺が最も望むもの。どうしよう。
①褒める ②褒め殺す ③……
ーここでも②を選ぶらしいですー
「褒め殺す」
素直に褒めるのも照れ臭かったので、俺は一言そう口にした。
すると琴音さんはキョトンとした表情を浮かべたが、やがて楽しそうに笑ってくれた。
予想外でしたね。褒め殺すのかと思いきや、褒め殺すと口にするのですから。
選択の時点で行動と台詞の区別すら出来ないなんて、僕もまだまだ未熟ものと言うことでね。
特訓として連れて行かれてみましょうか。くっくっくっく。
その後も、琴音さんと楽しく笑い合う。たまに後ろからお義父さんやお義母さんの手も伸びて来て、ツンツンと突いてきたりもする。
小学生の遠足並みの行動だが、それがなんだか楽しくって仕方がなかった。
そんな時間が、幸せで仕方がなかった。
「わたくしにどのような願いを叶えさせたいと思いますの? 別に今すぐ答えろと言う訳ではありませんが、決まっているならば教えて下さいまし」
話し疲れて静かになってきた頃、琴音さんがそんなことを問い掛けて来た。
そうだ。温泉旅行と言う素晴らしいものがあるにも拘らず、ご褒美はもう一つあったんだった。どうしよう。
①正直に ②嘘を ③何もいらない
ー③を選びたい気持ちもありますが①ですー
正直に、自分が思ったままのことを答えるべきなのだろう。
俺にとっての、何よりの願い。たった一つの、大切な願い。
「願いか。……琴音さんに、俺より長生きして欲しい」
それはそれは、長い願いごとだった。
一日で叶えられる楽なものにしようとも思ったが、何よりの願いを答えることしか俺には出来なかった。
すると琴音さんの表情は、驚きへと変わり嬉しそうな笑顔へと変わっていった。
「当然じゃありませんの。あなたのお願い、叶えて差し上げましょう。ただ、難しいときには少しのズルも許して下さいまし」
コロコロと変わって行く琴音さんの表情が、次は真面目なものとなった。そしてそんなことを言って来る。どうしよう。
①許可 ②却下 ③?
ーこれも①だそうですー
琴音さんが言っている意味がわかってしまって、少し悲しくなった。
「わかりました。どうぞ」
しかし微笑みで隠して、俺は頷く。
難しいとき。それはつまり、不治の病に罹ってしまった場合とかのことなのであろう。だからその場合は、琴音さんが死ぬ直前に俺が死ねと言うこと。
そうすれば、琴音さんは願いを叶えてくれたことになるから。
「そのお願い、一つ不安な点がございますわ。もしあなたが去っても、わたくしはこの世に留まらなければならないのかしら。あなたがいない中、孤独に耐え生きなければならないのかしら」
本当に不安そうな顔で、琴音さんはそう問い掛けて来た。
果たしてこれを後ろで聞く、お義父さんとお義母さんはどう思っているのだろうか。そうは思ったけれど、俺はこの話を終わりにする気なんてなかった。
今はぐらかしちゃ、いけないような気がしたから……。どうしよう。
①それも試練と思って下さい ②琴音さんのお好きにどうぞ
ー少し意外ですがこれは②を選ぶそうですー
俺が死んでも、琴音さんには生きて欲しい。
それでも俺にはそんなこと言えなかった。
琴音さんがいない世に一人残されても、俺は苦しいだけだから。琴音さんに、そんな苦しさを味わって欲しくないから。
残される方が悲しい、それくらいわかっているさ。
長く生きたからって幸せな訳じゃない。愛しい人に看取られて去れる分、先に死ぬ方が幸せとすら思えるだろう。
そんな苦しみを琴音さんに望んでいるのだから、これ以上言える筈もなかった。
「琴音さんのお好きにどうぞ」
しかしはっきりと、どれが死んだらすぐにあとを終え。なんてことを言えば、悉く最低な男となってしまう。
だからこの言葉は命令よりも酷と感じながらも、俺はそう言った。
せめて俺の死後くらいは、彼女の好きなようにさせてあげたい。一生を掛ける願いを言ってしまったあとだから、そう思った。
こんな言い方は酷いよね? わかっているけど。
「あの世で浮気されては堪りませんわ。すぐにあなたの後を追いますわよ」
一人で残されたくない。
そう言うと俺の罪悪感が強まってしまう。それを気遣ってか、琴音さんはそう言ってくれた。
俺みたいに性格が悪いのではなく、琴音さんは優しい方へと頭の回転が速い。本当に最高の女性だよな。




