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「変態、ですわね。女子トイレで寝ているなんて有り得ませんわ」
俺の姿を確認すると、瞬時に琴音さんはそう声を掛けてくれる。
やはり彼女の言い方が極上だな。どっちが変態だ、って話だけどね。
「もう午前の部は終わっていましてよ? 後半はずっと女子トイレ、本当に可哀想なお方ですわね。そんな可哀想なお方に、ご褒美を差し上げますわ。わたくしと一緒に午後の部を回っても宜しくってよ」
断られるとは微塵も思っていないようで、自信に満ちた表情だ。どうしよう。
①お願いします ②ごめんなさい
ー当然①を選びますー
どうしてもその表情を見ると、断ってみたいと一度思ってしまう。
「お願いします」
そう考えている間にも、勝手にそう口にしているんだけどね? 無意識でそうなってしまうのも、仕方がないことなのではないだろうか。
だってそれほどまでに、俺は琴音さんが愛おしいのだから。
「わたくし、色々な店に行きたいと思いますの。あなたは着いて来て下さいまし」
勝手だ、自分勝手だ。そう思う人だっているかもしれない。
しかし俺は、こんなことを言う琴音さんが大好きなんだ。上から目線で、絶対的な自信を持った彼女が。
「はい! どこまでも貴方について行きます」
だから俺はそう言った。
満足そうに琴音さんは笑うと、俺の手を持って散々遊び回った。
強く握られたその手は、どれだけ振り回しても離れたりなどしない。それはきっと、俺たちの絆を現してくれているのだと思う。
へとへとになりながらも、殆んどの店を満喫。俺が、じゃなくて琴音さんがだけどね。
そして、とても楽しく文化祭一日目を終えることが出来た。俺、リア充。
文化祭 二日目
二日目は一般の客も入り、生徒の出し物も一日目より自由になってくる。部活でやる生徒や友達同士でやる生徒、一人でやる生徒もいる。何もやらなくたっていいし、一人で沢山出したっていい。まあ、メインと言ったところだ。因みに俺たち手芸部は、ここで作品発表となる。
琴音さんに断りを入れて、手芸部部室の被服室へと足を運ぶ。努力の結晶である作品を、丁寧に丁寧に並べて行く。見る見るうちに、被服室は文化祭仕様へと変貌を遂げる。大王様のデザインなので、そこは問題ない。かなり女子らしい、夢の部屋となっているだろう。
出店一覧の手芸部に与えられたスペースには、大王様が可愛らしいイラストを描いてくれている。あれで行きたいと思わなければ、それは女子と呼べないものだろう。そうとすら思える。
小学校低学年くらいの、可愛らしい女の子が来てくれる。やはり、女の子としてはここは夢の部屋なのだろう。目を輝かせて見て回っている。お母さんもなんだか楽しんでいるように見えるから、年齢層にも問題はないと思われる。
次から次へと女性が訪れてくれる。そして作品の出来を褒めてくれたりするのだ。それは素直に、とっても嬉しくって。来年二人が卒業しても、手芸部を守ろうって思えた。
手芸部に入る口実には、十分過ぎるほどである。
最初は三人で見ているのだが、途中からは店番を決めて自由時間となる。そして文化祭ラストスパートでは、もう被服室の扉を閉ざしてしまい三人とも遊びに出る。
俺は初めに店番をやることになっているので、自分の番が終わったらもう被服室に帰って来る必要はない。
琴音さんと遊んでいる途中に来るとなると、少し億劫になってしまうと思ったから俺は最初を選んだ。
勿論、手芸部としての活動はとても楽しい。それでも楽しいのだけれど、琴音さんと別れるときはどうしても悲しくなってしまうから。
部屋を閉ざすのは部長、つまり大王様がやってくれる。だからそのときにも、俺は帰る必要がないのだ。
自分の担当が終わると、大急ぎで琴音さんが待っている昇降口へと降りていった。彼女が外から回りたいと言うので、最もわかり易いと集合場所に定めたのだ。
「あなたがいない間に、いろいろ遊んでしまいましたわよ? でもきっと、一人で回るよりもあなたがいた方が楽しい。だから、精一杯遊びましょう」
遅いと怒るかと思ったが、琴音さんは温かい笑顔で俺を招いてくれる。
そして文化祭二日目は、超全力で楽しんだ。こんなに楽しいことは初めてだ。学校行事を心から楽しめるなんて、初めてだ。
これで文化祭イベントは終了となりますね。
赤羽琴音の攻略はかなり進んでいるのではないか、と思われます。
しかし赤羽琴音を攻略する為にここまで多くの先輩に触れなければならないとはね。くっくっくっく。
文化祭も終わり、普段通りの日常が戻ってくる。
──と思われたのだが。
文化祭翌日。琴音さんとの約束の日である。どうしよう。
①八百屋赤羽へ ②琴音宅へ ③行かない
ーここは②に決まっているでしょうー
今日の俺は、彼女の家に行くのだ。八百屋へ買い物に行く訳ではない。
持ち物はなしでいいと言うので、俺は何も持たずに琴音さんの家へと向かった。財布も持たずに商店街へ行ったのだから、いい度胸だろう。
時刻は午前六時。まだシャッターの閉まっている店も少なくない。
「お待ちしておりましたわ。さあ、こちらへといらっしゃい」
妖艶な微笑みを浮かべ、琴音さんは俺を招き入れてくれる。
家に行ってから聞いたのだが、今日は店が休みらしい。おっちゃんとおばちゃんが、なぜかこのタイミングで夫婦旅行に行ったと言う。
そんなの琴音さんの差し金としか思えないが、俺もそちらの方が遠慮がなくて済む。
「お父様もお母様も、店を休んで夫婦旅行だなんて困りますわよね。その上、わたくしが折角お休みですのにわたくしには店を任せられないと仰りますのよ。失礼しちゃいますわ」
どこに衣装は用意してあるのだろうか。舞台となる部屋へ案内される途中、琴音さんは愚痴のようなことを言っていた。
しかしそれは、彼女が事前に作っておいた設定であろう。
おっちゃんもおばちゃんもノリがいいし、俺のことは認めてくれている。とはいえ、その為に店まで休ませてしまっていいのだろうか。
それに、そこまで応援されたら琴音さんを幸せにするしかないじゃないか。
「ねえ、この服どうですの? 手に入れるのが大変でしたのよ」
舞台に案内されたのだが、意外とそこは普通の部屋であった。
笑顔で琴音さんが見せてくれるのも、これまた思ったより普通の服である。
魔法少女、と言えばいいのだろうか。ひらひらと可愛らしいピンクのワンピースで、リボンなどが沢山付いている。俺がその姿をすれば気持ち悪いに変わりないが、琴音さんのことだからもっと変わった衣装を用意してくれると思ったのだ。
まあ、このくらいが丁度いいってことかな。程々の気持ち悪さ、って奴?
「それもこの服、可愛らしいだけではなくってよ。変身と口にしてポーズを取って下さいまし」
物語はもうここから始まっていると言うことだろうか。
よくわからなかったのだが、琴音さんは俺にそう言って来た。どうしよう。
①言葉 ②ポーズ ③どちらも ④両方ヤダ
ーこれは③でいいのではないでしょうかー
琴音さんとの時に、恥じらいなんて必要ない。その分時間は無駄になってしまうからだ。
「変! 身!」
だから俺はそう叫び、適当にそれっぽいポーズを取った。
すると、あら不思議。俺の適当な私服は脱がされ、魔法少女の衣装に着替えていたのである。
ただこれは、変身する間目を瞑っていた方が良かった。と言うよりも、目を瞑れと最初に言ってくれれば良かったのに。
素早く着替えは出来たのだが、着替えさせてくれる琴音さんの姿が見えていては仕方がない。
「おお、可愛らしいではありませんの。さっすがわたくし! サイズもぴったりですわね」
可愛らしいと言ってくれたのだから、普通に喜んでいいのだろう。しかしその後は、俺ではなく琴音さん自身を褒めていたような気がする。
その上、どうしてぴったりに思えたのかがわからない。
正直なところ、かなりきついのだ。着させてくれたのだから、琴音さんも気付いた筈。
不思議に思っていると、琴音さんはぴったりと言う言葉の理由を教えてくれる。
「きついくらいが丁度いいんですのよ。その微妙に食い込んでいる感じ、体のラインが綺麗にわかるのも魅力的ではありませんの。それに気付かないなんて、萌えを学び直したらどうですかしら」
まさか、琴音さんに萌えについてを言われるとは思わなかった。
確かに体のラインが綺麗にわかる、食い込み衣装には萌えるかもしれない。俺が気持ち悪過ぎて、その単純な萌えの定義に気付くことが出来なかった。
なんと言う不覚。俺としたことが、ここまで衰えてしまっているとはね。どうしよう。
①反論 ②謝罪 ③開始
ーよくわかりませんが③を選ぶそうですー
琴音さんの注意はいつも通りキツイ言い方で、冷たい視線が向けられて。俺はとても幸せな心地になった。
服のせいで少し肌が痛かったが、それは殆んど気にならない。
「魔法少女? あなたが正義だなんて、笑わせないで下さいまし」
そんな素直に傷付く言葉と共に、琴音さんは俺を痛み付けてくれる。心身ともに苦痛を与えてくれるのだ。
大事なところを握り潰したり、踏み潰したり。
俺を刺激して、興奮させてくれる。息が荒くなってくるのを感じ、途中からもう意識はなかった。
目を覚ますと、隣で琴音さんが倒れている。なぜだかわからないが、彼女は一糸纏わぬ姿で俺のスカートの中に顔を埋めていたのだ。
覚えてはいないのだが、俺はなんと言うことをしてしまったのだろうか。どうしよう。
悩む前に、とりあえず俺は立ち退く。
そこに琴音さんの顔があるままでは、冷静な考えなど出来る筈がない。
気持ち良さそうな彼女の顔が、スカートから畳に落とされて少し痛そうに歪む。けれど目を覚ましはしなかった。
……無理だ。
彼女の姿が目に入っている時点で、冷静な考えなど出来ない。そう思って、俺は慌てて彼女に背を向ける。
しかし琴音さんが後ろに寝ていると思ってしまい、結局考えることなど出来なかった。




