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【超短編小説】飲み乾せ!慕情れーぬー坊!

掲載日:2025/12/18

 夏を告げる雨が降っていた。

 長雨の季節とは言え、もう二週間も降りっぱなしである。

「冷えるな、クソ」

 武道から離れて、すっかり薄くなった足の裏に、板張りの廊下は突き刺さるように冷たい。

 小僧どもが雑巾の水を絞らずに拭いた所為もあるだろう。身に覚えがある。

「あぁ、面倒くせぇな」

 気が遠くなるような長い廊下を睨む。

「あのジジイ、わざと一番遠い部屋を当てがいやがって」

 うんざりするな、と吐いた息も白い。

「冬かよ?」

 なら廊下沿いに火でも焚いてくれていれば良いのに、気の利かぬ和尚だと千休は呟いた。


 中庭に目をやった。

 すっかり水浸しになった畑やら倒壊しそうな石灯籠が、銀色の水煙の中に見える。

 降り続けるこの雨粒のひとつひとつにも意味があるのだろうか。

 そうやって長い廊下を歩いていると、むかし三十三間堂で見た仏像たちを思い出した。

 大小の仏像が並んでいる様は壮観と言えば壮観だが、滑稽と言えば滑稽だった。

 千休は思わず「シューティングゲームみてぇだな」と言って、一緒にいた和尚に頭を叩かれた事を思い出してまたムカつきが発生した。

「あいついつかぶっ飛ばす」

 ついでに小僧にもお湯で廊下を掃除させようと思った。


「和尚様、千休です」

 千休が襖越しに声をかけると、和尚はやたら間を置いてから「うむ、入れ」と答えた。

「(偉そうに……)失礼します」

 千休が襖を開けて入ると、和尚は煙管に刻み煙草を詰めながら顎で座布団を指して「座れ」と言った。

 千休は軽く頭を下げて、和尚の対面に敷かれている座布団に腰を下ろした。

 座布団は薄く、冷たかった。



 部屋は暖かい。

 しかし部屋に火鉢はない。

 千休が来る前に隣の部屋にでも隠したのだろうか。あの間はそう言う事だったのかも知れない。

 つくづく見栄っ張りな和尚だ。

「暖かいですな、この部屋は」

「そう思うか?千休。わしは煙草呑みじゃからの、ワカらんよ千休」

 和尚は笑った。

 煙草盆の小さな火でこんなに部屋が温まる訳がなかろうに、シラを切りやがる。

 クソ爺いめ、殴ってやる。


 和尚が煙草を呑むのを見ながら、千休はそろそろほじった鼻糞を飛ばしてやろうかと考え始めた矢先だった。

「千休」

 和尚は視線を煙管に向けたまま訊いた。

「修行はどうだ」

「はい、誠心誠意勤めております」

 千休は事もなげに答えたが、むしろほじり損ねた鼻の穴がムズムズしている気がした。

 和尚はやはり煙管を見ながら続けた。

「そうか。煩悩は断ち切れたか」


 なんの話だ?

 千休は訝しげに思ったが顔には出さず冷静に答えた。

「完全に、とは言えませんが、いまは明鏡止水の心もちです」

「明鏡止水」

 和尚が嗤った。

 その時はじめて和尚は千休を見た。

 厭な目だった。侮蔑と嘲笑、そして憎しみが込められた視線。

 それは千休が和尚に向ける視線と似ていた。


 千休は眉間に皺を寄せかけてどうにか耐えた。

「おかしいですか」

 和尚は一度、千休から視線を外すと煙管の灰を盆に落とした。

 これはお前だよ、と言われている気がして千休は目に力が入った。

 和尚は鼻で嗤うと、例の粘質に湿った視線を千休に向けた。



「千休、お前はインターネットのnoteと言うところで小説を書いていると聞いた」

「お恥ずかしい、ご存じでありましたか」

 身構えていた千休は少し肩透かしを食らった思いだった。

 無論、そんな反応はお首にも出さないが。

 和尚は千休を伺いながら続けた。

「うむ。何やら、異常独身男性を名乗って非モテ芸なるものを打っているとか」


 非モテ芸なんて言葉は脳みそインターネットの奴しか使わないんだよ!

 さてはお前もアタマ糞どぶ臭インターネット野郎だな?

 叫び出しそうになるのを握り拳で耐えながら千休は愛想笑いで答える。

「ははぁ、もうすぐ不惑が見えると言うのに独身、修行僧と言うのはやはり社会的に見れば十分に異常独身男性かと思いまして」

 これでウケりゃ女入れ食いだとも、跳ねりゃ本が出せるとも言わなかった。

 本音と建前は別だ。

 


 和尚は目を見開いた。

 目の奥から厭な湿気が溢れてきそうだった。

「ふむ、しかし千休よ。その異常独身男性芸も果たして本物かな」

 和尚が盆に煙管を叩きつけると、灰になった刻み煙草がごっそりと零れ出た。

 千休は怯まなかった。

「本物か、と言うのはどういう事でしょう」

「お前は異常独身男性ぶっているわりに、どうやら幾人かの女性ファンまでついているそうだな」

「写真などは使っておりませぬ故、小生の筆力が為せる魅力でしょうか」

 嫉妬か?

 さては和尚め、おれのアカウントを見つけやがったな?

 どうせクソ雑魚弱小アカウントか何かだろ。見つけたらファンネルで焼き尽くしてやる!


 和尚は千休の心を読んでか読まずか、急に大声になった。

「うぬぼれるな千休!どうせお前は異常独身男性ぶっている割に、ちょっと若い女の読者に”あたしファンなんですぅ””千休さんの小説好きでずっと読んでましたぁ”などと言われたら簡単に“転ぶ”だろう」

 若くて色白で巨乳の少し背が高い手足長めの女なんぞ来たらイチコロじゃろ、フン。

 和尚は次々と属性を盛りながらヒートアップしていく。


 千休は和尚がひと呼吸入れるのを待ってから、できるだけ静かに尋ねた。

「お言葉を返すようですが和尚様、それではそのちょっと若くて私の小説ファンだと言う女を屏風から出してくださいませ。見事に耐えきってみせましょう」

 そんなのが出てこないからまだ書いているのだ。出てきたら書きたくなんかないんだよ、面倒くさいし。


 

「耐える、とな。ふふ、語るに落ちるとはこのことよ」

 和尚はさも可笑しそうに嗤いながら膝を打った。

「煩悩を断ち切れておれば耐える必要もない、明鏡止水の心もちに立つ波風もなかろう、この未熟者め」

 ワハハ、と高笑いする和尚を千休は呆気に取られて見ていたが、このまま主導権を渡すのは不味いと判断するするや否や、負けじと大きい声で笑い始めた。



 しばらく大声で笑う二人だったが、先に笑いやめたのは和尚だった。

 その和尚を見てから千休は

「和尚様、和尚様、それは誤解ですよ」

 ゆっくりと、言って聞かせるような声に腹を立てた和尚は

「誤解、どのような誤解か言うてみい」

 そう言うと額に青筋を立てた。

 制空権は抑えたと感じた千休は再び、ゆっくりと言った。



「和尚様、闘争領域に於いては全てが耐えるべき事象なのですよ。だから我々は修行するのです。

 煩悩を断ち切るとはそういう事でございましょう?

 それが屏風から出た虎であろうと美女であろうと、私は一切の動揺をせず耐えてみせます。

 それはまやかし、あやかしの類。

 私が動じなければなんという事もございませぬ」

 勝った、そう思った時だった。


 まるでこれまでの全てが撒き餌であり、千休がまんまとその罠に食いついたと言わんばかりの嬉しそうな表情で和尚が笑った。

「ほほう、そうか。ならば」

 和尚が手を打つと後ろの襖が開き、続きの和室から高校の時に好きだった女が、その時のままの姿で出てきた。

 制服姿だった。

 息を飲んだ。

 しまった、と思ったが既に時遅し。

 和尚はさらに粘度を増した厭な目で笑っていた。


 クソが。

 千休は舌打ちを堪えて訊いた。

「和尚様、これは」

「お前の言葉を借りればあやかし、まやかしの類かも知れぬな」

 このクソ狸め!

 俺が動じればこの寺から追い出す口実にでもするつもりだろう。

 このクソ和尚のへそくりを少しずつ盗んでいるのがバレたか、バイトで他派の読経してるのがバレたか、檀家の孫をヤってるのがバレたか、酒か煙草か肉魚か大麻か博打か。

 ……まぁいい。

 どうせあの女は、インターネットで調べた過去から探り当てたあの女によく似ただけの紛いもの。

 なんてことはない。



 千休が大声で笑おうとした時だった。

「タクトさん……」

 女が言った。

 それは千休が俗世で使っていた名前である。

「お前は……千冬……」

 そう口走った瞬間、千休はしまったと言う顔をした。

 和尚は顔を皺くちゃにしながら笑っていた。

「千冬!とな!

 ……千の冬、お前の名前も千の休み。永遠の眠り、死そのもの。そして冬とは死の季節であり、肉体や精神が入滅して休む季節。

 ……お前、この女の名を騙って修行と言っているのか!」


 カッと見開かれた和尚の目は爛々と輝いていた。粘性の強い火が目の悪で燃えていた。

 いまのおれは苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう、そう思いながら千休はなんとか打ち返した。

「それは些か強引ではありませんか和尚様」

 因縁、言いがかりも良いところですよ。

 だが和尚は余裕たっぷりだった。

「黙れ千休、お前は今日限りでこの寺から出ていけ」

 部屋の外で控えていたのか、小僧が襖を開け放った。

 夏を告げる長雨の冷たい空気が流れ込んでくる。



「千休、出て行くのだ」

 激高した和尚は嬉しいのだか怒っているのだかわからない表情で怒鳴った。

 千休はゆっくり立ち上がると、和尚にミドルキックを放った。

 そして懐からおもむろに長い数珠を取り出し、鼻血を出して倒れている和尚の首を絞め上げて殺害した。

 そして振り向くと千冬を押し倒し、凌辱の限りを尽くすと、満足して鴨居に帯をかけて首をくくった。



 こういう小説を書いてどうにかなりたい人生だったな、と千休は思いましたとさ。

 汝入滅暗転暗転。

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