笑う雪乃
師匠に付き合う内に、晴奈も大分酔ってしまった。
「ふわ、あ……」
思わず、大あくびが出てしまう。雪乃の方を見ると、食卓に上半身を伏せ、既に寝息を立てている。
(いけない、いけない。寝かせないと)
ふらりと立ち上がり、卓上を片付けて、寝床の用意をする。
「うにゃ……せえな?」
と、雪乃が卓に突っ伏したまま、晴奈に声をかけてきた。
「どしたのー……?」
「寝支度を整えております。今日はもう、お休みください」
「んー、ありがと。……ごめん、おみずもってきてちょうらい」
「あ、はい。今お持ちします」
「ありがと。……ふふ。わたし、おさけすきなんらけろ、よあいのよ」
「そのようですね」
「せえな、あんまいよっれないろれ。うらやあしいなぁ」
呂律が回っていないため、雪乃が何と言っているのかは今ひとつ理解はできなかったが、言わんとすることは何となく察せられたため、晴奈はうなずいておいた。
「いえ、そんなことは。……ただいま水をお持ちしますので、それを飲んだら今日はもう、お休み下さい」
「ん、ありがと。せえなも、もうねる?」
「あ、はい」
晴奈がそう答えると同時に、彼女は晴奈の手を取り、引っ張ってきた。
「いっしょにねよ?」
「……はぁ?」
晴奈と雪乃は普段、別々の部屋で寝ている。だから二人揃って枕を並べることはまず無いのだが――酔った上での発言とは言え――師匠の誘いでもあるし、そのまま放っておくこともできなかったため、その日は雪乃と二人で眠ることとなった。
「ふー……よこになると、ちょっとらくね。……そっか、はじめてよね。こうやってふたりでねるのって」
「そうですね。塞に入ってからは、初めてのことです」
「こんなによっぱらったのも、なんねんぶりかなー」
「少なくとも私がこちらに来てからは、初めてお見かけするお姿です」
「そっかー」
そこから会話が途切れ、晴奈もじわじわと眠気を感じ始めた。
(もう寝たか……?)
と、また声がかけられる。
「ねえ、せいな」
「あ……はい」
眠気をほんのちょっと振り払って答えると、雪乃はこんな提案をしてきた。
「こんどさ、ちょっとだけ、とおでしてみない?」
「とお……遠出ですか?」
「そ、ひとつきか、ふたつきか、それくらい。ちょっとだけ、たびしない?」
「いいですね。是非、お願いします」
「ん……」
また、静かになる。今度は完璧に眠ったらしく、すうすうと寝息が聞こえてきた。
翌朝、晴奈と雪乃は昨日の酒宴など無かったかのように、黙々と食事を取っていた。その内に、一足先に雪乃が食べ終え、茶を飲み始める。そして晴奈が食べ終わったところで、唐突に口を開いた。
「どこに行こっか?」
「え? どこ、とは?」
何の話か分からず、晴奈は聞き返す。雪乃はにこっと笑みを浮かべながら、こう継ぎ足した。
「ゆうべ話してたでしょ、旅の話。さっと行って、さっと帰れるところがいいわよね」
「ああ……そう言えば、そんなことも。えーと……どこがいいでしょうか。相変わらず地理に疎いもので、どこと言われてもさっぱりでして」
晴奈に聞き返され、雪乃はあごに指を当てて思案する様子を見せる。
「んー、じゃあ央南東部の……そうね、州都の青江辺りなんかどうかしら? 同じ央南だからこことそれほど勝手も違わないし、街道も通ってるから、万一何かあってもすぐ戻れるもの」
「では、それでお願いします」
「ふふ、楽しみね」
雪乃はうれしそうに微笑みながら、茶を一息に飲み干した。
そして数日後――晴奈は師匠と共に、央南東部へ向かう旅に出た。
「青江とは、どのような場所なのですか?」
「あなたの故郷、黄海と同じ港町よ。昔話も豊富で、退屈しない場所ね」
「ほう……」
13の頃まで自分の住む街から出た経験の無かった晴奈は、その話に思わず、心がときめいた。
(黄海とはまた別の港町か……楽しみだ)
「ふふ……」
唐突に、雪乃が笑う。
「どうされました?」
「ん、ああ……」
問われてもう一度、雪乃は楽しそうに微笑む。
「あなたいつも、そんなに笑う方じゃないわよねって」
「え?」
そう返されて晴奈は、自分がいつの間にか笑みを浮かべていたことに気付く。
「そうですね。心が浮ついておりました」
「大丈夫、わたしもよ。……うふふ」
そう言ってはいるが、彼女はいつも笑顔でいるため、晴奈には師匠の様子がいつもと違うようには感じられない。しかし――。
(……そうだな、やはり上機嫌に思える。いつもに増して、口数が多い)
と、雪乃が晴奈の前に回り込み、顔を覗き込んでくる。
「わたしね、こうして旅をする度に思うんだけど」
「はい」
「やっぱり旅は、一人より二人の方がいいなって思うの」
「はあ……そんなものでしょうか」
「そんなものよ。一人旅も楽しいと言えば楽しいけれど、こうして二人で、色んなこと話しながら歩くの、好きだから。小鈴とも一緒に旅したこと、何度かあったんだけど」
クスクスと笑いながら、柊はこう続ける。
「あの子といると、なんでか騒動って言うか、事件みたいなのにいっつも巻き込まれるのよね」
「そうなのですか?」
晴奈が目を丸くするのを見て、柊はまた笑う。
「ええ。それはそれで退屈しなかったけど、でもやっぱり普段の倍は疲れちゃうのよね。まあ、晴奈となら、流石にそんなことにはならないと思うけど。
あなたとなら、楽しい旅になりそう」
「ええ。楽しい旅にしましょう」
晴奈は力一杯うなずき、嬉しさと楽しさを満面に表した。
蒼天剣・手本録 終




