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ささやかな祝宴

「ようやった、雪さん。見事な居合抜きじゃったぞ」

 決着が付いたところで、重蔵がぱちぱちと拍手する。雪乃は棒立ちになったクラウンを放っておいたまま、刀をぱちりと鞘に納めて戻って来た。

「いえ、まだまだです。もう少し早く決着が付けられれば完璧でした」

「謙遜せずとも良い。まさに一撃必殺。わしも剣士を長年見てきたが、今の一太刀は近年稀に見る、胸のすくようなほれぼれする絶技じゃった。こと居合抜きに関しては雪さんの右に出る者は、当代の世にはまずおらんじゃろうて」

 重蔵にほめちぎられ、雪乃は顔をほんのり赤くしつつ、頭を下げた。

「恐縮です」

 そして師匠をほめられたのだから、晴奈も当然、嬉しくなる。

「お疲れ様でした、師匠。あなたは間違いなく私の誇り、私の永遠の(かがみ)です」

「ありがと、晴奈。……あなたもちょっと、ほめすぎよ。顔が熱くなっちゃうわ」

 晴奈に向けられたその顔は――自分で言った通り、赤くなってはいたが――いつも通りの、穏やかな笑顔だった。

 その一方、クラウンは一緒に来ていた付き人らしき者たちに、ぶつぶつと言い訳を重ねていた。

「いや、だからな、今日はやっぱり俺、ほんのちょっと体調が悪かったんだよ。どことなくハラが痛えしよ。やっぱこんなド田舎だし、水にカビか何かが入ってるんだろうぜ。それにな、この鉈はまだ新品だからな、何て言うかさ、まだしっくり、手になじんでなかったんだって。だからよ、それでも善戦した方なんだって、そーゆーマイナス要素があったにも関わらず。……あ、それにほら、ここは敵の本拠地だろ? だから『負けろ』みたいな空気があるだろ? 俺様も敏感だからよ、その空気感じちまってさ。そう、空気が悪い、それなんだよ。それが敗因なんだって。じゃなきゃ、俺様があんな女に……」「クラウン」

 と、雪乃が静かに声を掛ける。

「うぐっ、……な、……なんだよ? 再戦するってのか?」

「いいわよ。わたしはまだ余裕だもの。あなたにまだ体力と気力があるなら、何度でも相手するわよ。どうするの?」

「そ、それは……その……」

「再戦する? それともさっさと央中に帰るの? わたしとしてはどこにも寄り道せず、まっすぐ帰ってほしいんだけど」

「……ああ、ハラが痛えからよ。水が合ってねえみてえだからな。帰るとする……ぜ」

「そう。さよなら。もう二度と来ないでね」

「誰が、てめえなんかの指図を受けるかよ……」

 クラウンは雪乃に背を向け、付き人たちにもあごをしゃくって指し示し、無言ですごすごと立ち去った。

 が――五感の鋭い猫獣人であるため――晴奈はこの時、クラウンが「くそっ……」と悔しげにつぶやいたのを聞き逃さなかった。




 その晩、晴奈と雪乃は勝利を祝って、ささやかな酒宴を開いていた。

「さ、師匠」

「ありがと。この半月、ずっと気が塞いでいたものだから。やっと肩の荷が下りたって感じがするわ」

「それは重畳(ちょうじょう)です」

 晴奈が(さかずき)に注いだ酒を、雪乃は嬉しそうに呑み干す。

「ふう……本当に、今日は疲れたわ。……うふふふっ」

「師匠?」

 雪乃が突然笑い出し、晴奈はけげんな顔をする。雪乃は酔った顔で晴奈を見つめながら、また笑う。

「うふふふ……そう言えば晴奈、あなた勝負の間中、ずっと顔がこわばっていたわね」

「み、見ていたのですか? あの緊迫した勝負の最中で、まさか私を見る余裕があったとは」

「実際、そんなに苦戦はしていなかったもの。それとも不安にさせるような戦い方をしていたかしら、わたし?」

「いえ、そんなことは。ただあの時、家元から『師匠は一撃必殺を狙っている』と聞かされたので、いつ、どのように繰り出すのかと、後学のために注視していた次第で」

「あはは、そうだったの。流石は家元ね」

 話している間にもう一度酒を注ぎ、雪乃はこれも美味しそうに呑み干した。と、雪乃は空になった盃を晴奈に渡し、とろんとした目で尋ねてきた。

「あなたもどう?」

 問われて晴奈は、目を白黒させる。

「い、いやいや。私はまだ未熟ですし、それにまだ、酒を呑んだことがなくて」

「あら? 呑んでみたくないの?」

 そう言われれば、美味しそうに酒を呑む師匠に多少触発されてはいるので、呑んでみたくはある。

「……少しだけ、なら」

 好奇心の方が勝ち、晴奈は恥ずかしそうに、盃を差し出した。

「うふふふ……」

 どうやら雪乃は、大分酔っているらしかった。

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