柊雪乃の必殺剣
バン、と力任せな音を立て、その熊獣人の男が堂の中に入ってきた。
「よう、ヒイラギ」
人を端から見下した卑しい目つき、ひねくれた性根が脂肪と共にだらんと垂れ下がるでっぷりとしたあごと腹回り、胸を反らした尊大な態度、そして央南ではあるまじき、屋内での土足――どこからどう見ても、まともな性格と礼儀を持った人間には見えなかった。
そしてその、ひどく歯並びの悪い歪んだ口から出てくる言葉にもやはり、彼の人間性の無さが現れていた。
「今度こそてめえが地面に這いつくばる姿を拝みに来てやったぜ」
「あっそう」
一方の雪乃は、あからさまに汚物を見るかのような眼差しで相手を眺めている。
「これで四度目になるけれど、もういい加減あきらめたら?」
「五度目だ。てめえがトンズラこきやがったせいで、俺ぁ3ヶ月も時間潰しちまったんだぞ」
「偶然でしょ? それともあなた、事前に連絡くれてたのかしら。くれていたなら旅には出ず、待っていたはずだけど」
「てめえ如きに俺様が手紙なんか寄越してやるもんかよ」
「ああ、字が書けなかったわね。すっかり忘れていたわ」
「かっ、書けるに決まってんだろうが! 馬鹿にするんじゃねえ!」
「馬鹿者を馬鹿にするのは適正な評価だと思うけれど。……ねえ、あなたは口喧嘩に来たの? それとも腕試しに来たの?」
「もちろん腕試しだ。いいや、てめえをブチのめしに来たんだよ、この『キング』クラウン様はな!」
そうすごんで熊獣人――クラウンは腰に提げていた鉈を手に取り、構えようとした。が、雪乃の隣にいた晴奈に目を留め、うざったそうな顔であごをしゃくる。
「おい、ガキ。どっか行けや。殺されてえのか?」
「ガキとは……」「ガキとは失礼ね」
声を荒らげかけた晴奈をやんわり制し、雪乃が応じる。
「わたしの弟子にまで無礼な態度を取らないでちょうだい」
「弟子だぁ? ヘッ、こんな乳臭い小娘はべらせて先生様気分か? お偉くなったもんだな、ヒイラギ」
「……~ッ」
激怒しかけた晴奈の前に立ち、雪乃も刀を抜く。
「クラウン、わたしの悪口ならいくらでも言って構わないわ。でもね」
そして次の瞬間、雪乃はクラウンの首に刃を当てていた。
「わたしの弟子を侮辱するなら、命も覚悟しておきなさいよ。もしもう一度侮辱するようなことがあったら、勝負なんか関係なく叩き斬るわよ」
「……ヘッ」
クラウンは依然として馬鹿にしたような目で雪乃を見下ろしながら、刃をつかんでくい、と横に流した。
「分かった分かった、じゃあさっさとやるぞ」
謝るどころかうざったそうに答えるクラウンを見て、晴奈は心の中で叫んだ。
(師匠ッ! 絶対、勝って下さい! 私もこの『熊』、捨て置けません!)
こうして峡月堂の中で、雪乃とクラウンの仕合が始まった。
「うおらあッ!」
ブン、ブンと風切音を立て、クラウンの鉈が雪乃を狙う。一方の雪乃はその斬撃を間一髪、間一指のギリギリの距離で避け、間合いを取り続ける。
「どうしたヒイラギぃ! ビビってんのかオラあああッ!」
クラウンはなおも鉈を振り回し、雪乃に迫る。まったく攻勢に出ない師匠の姿に、晴奈はやきもきすることしかできない。
(何故何もなさらないのです!? 反撃しなければ!)
と――いつの間にか晴奈の横にいた重蔵が、「安心しなされ」と晴奈の肩を叩いた。
「雪さん、何も無策で逃げ回っているのではなかろう。わしがにらむに、あれは一撃必殺を狙っておると見える」
「い、一撃必殺? ですか?」
その大仰な言葉に、晴奈は目を丸くした。
「さよう。相手を心身共に一撃で折らしめる手を考えておるのじゃろう」
「ふむ……確かに接戦などにでもなれば、相手に物言いの余地を与えてしまいますね」
「それは後々、面倒になろう。実際、3年前も帰すのに骨を折った。事あるごとにごちゃごちゃと愚にもつかぬ言い訳を立て並べる男であるからのう。物言いの余地を一片たりとも与えず、すぱっとあきらめて帰ってもらわねば」
「しかし家元、一撃必殺などと口にするのは容易いですが、実際には……」
「うむ、条件が整わねば成りはすまい。一つ、瞬間的かつ圧倒的な攻撃を仕掛けること。二つ、仕掛ける際に防がれぬこと。そして三つ、仕掛ける瞬間を悟らせぬこと。……と考えれば晴さん。師匠の動き、どう見えておるかの?」
「ふむ?」
問われて晴奈は、雪乃の一挙手一投足に注目する。
「すべて紙一重で避けておりますね」
「さよう。即ち無駄がなく、疲労を抑えておる。対するに熊獣人の方、所作が一々大袈裟じゃ。大兵肥満の巨体であんな無駄だらけの動きを連ねては、その結果がどうなるか。目に見えておろう」
「なるほど」
重蔵の言う通り、2分、3分も経つ内、クラウンの動きが目に見えて鈍り始めた。
「うら……っ、おら……っ、ぜぇ、ひぃ、ほああ……っ」
もはや風切音も立たず、クラウンは鉈に振り回されているかのような、へろへろとした緩慢な動きになっている。
「はっ、はっ、俺を、おちょっ、おちょくっ、てんのか、はあっ」
「……」
答えないまま――雪乃はそこでようやく刀を抜いたらしい。「らしい」と言うのは、晴奈にはその動作が確認できなかったからである。
「う……っ」
「まだ何か言い訳することがあるかしら」
ともかく、一瞬のうちに決着は付いた。その一瞬の間にクラウンの鉈は彼方に弾き飛ばされており、丸腰になった彼の首筋に、雪乃が先程と同様にぴたっと刀を当てていた。




