1.特査
大きな丸テーブル。背もたれのない丸椅子フローリングの床。木目調の壁。建付けの大きな棚にはティーセット。部屋の端の方に、申し訳程度の6つのデスク。
ここは、警視庁特務課特殊捜査係。漢字だらけの堅苦しい名前が一応あるが、大抵は「特査」と呼ばれている。大層な名前がありながら、特務課の中でも理不尽係と揶揄されるほど微妙な仕事しか回ってこない。
主な仕事は1係、2係が投げた仕事の後始末。状況を悪くするだけ悪くして、中途半端に投げ出す、最後はいいとこ取りの1、2係。これが常。たまに、本来の仕事である特殊捜査も上の方から回ってくるが、ほぼ無いに等しい。しかし、係長の足取りが軽い時が特殊捜査の合図だ。
特殊捜査とは、表向きには出来ない捜査。荒っぽいことや、危険なこと、水面下で動かなければいけないこと、それらをまとめたものの総称である。
そんな特査にも遂に新人がやってくることとなった。それも2人。組織柄、本来は異動があるはずだが、特査のメンバーは、久しく異動していない。2年前に新人が1人入ってきてからは4人という警察組織の中では、少数精鋭でやってきた。個性的な者の集まりであり、最初はバラバラだったが、ここ最近はまとまりが出できて乗りに乗っている。仕事はキツイが新人の到来に心を躍らせる4人。うれしく、待ち遠しい。
「特査にもついに春がやってきた。」
そう思いながら今日くる新人を待っていた。
すでに出勤ししていた特査メンバーは、丸テーブルの定位置に付いていた。8時ちょうど。特査のドアが開く。色々あって−ブチギレた特査のメンバーが蹴っ飛ばして−建付けが悪くなったドアを2人の若い警察官が入ってきた。
「本日付で特務課特殊捜査係に配属になりました。明石日向三等です。よろしくお願いします。」
入ってくるなり大きな声が響く。スーツを着た大柄な青年。年の頃は20歳前後。さっぱりと切り揃えた髪型は、清潔感と真面目さを連想させる。
「同じく、本日付で特務課特殊捜査係に配属になりました。西宮あおい三等です。よろしくお願いいたします。」
日向のあとに間髪入れずに響く。こちらは、スーツに身を包んだ若々しい女性警察官。長い髪を一つに括り、お団子にまとめ上げている。年は、日向と同じくらいの20歳前後であろう。明るい雰囲気を感じさせる弾けるような女性だ。
2人の勢いに、すでに出勤していた4人は少したじろぐ。代わり映えのしないメンバーで、ゆったりとした空気しかしばらく感じていなかったため、少し驚いた。
湯呑みに入ったお茶を口に含み、一呼吸ついた1人の青年が立ち上がる。スーツにベストを着た、スラッとした赤髪の青年だ。
「おはようございます。よく来ましたね。私は、係長の碇穂高特等です。朝から素晴らしい挨拶を見せてくれてありがとうございます。こちらも自己紹介をしましょうか。」
上品な声に仕草、教養を感じさせる穂高。彼に促され、最初に立ち上がったのは、長い髪を三つ編みにした小柄な女性だ。
「おはようございます。私は岡澤雅一等です。基本的にはオペレーター業務をやっています。捜査で外に出たりはしないけど、いつでも頼ってよ。よろしくね。」
砕けた口調で優しそうな雰囲気の雅。彼女の次に名乗りを上げたのは、和服とも、スーツとも言えない不思議な格好をした青年だった。
「一条出雲二等です。ここで一番年が近いのは俺だから、色々頼ってな。よろしく。」
出雲の短いシンプルな挨拶のあとに、穂高に腕で促され立ち上がったのは、白シャツを捲り上げ、ズボンにチェーンを付けた一見では警察官らしからぬ若い男。
「俺は日比谷光だ。よろしくな。」
ぶっきらぼうだが、愛のありそう(想像)な光の挨拶を最後に一旦全員の自己紹介が終わった。
「自己紹介も終わりましたし、今日は急ぎの仕事もありません。ゆっくり、慣れていきましょうね。」
優しい口調で場を締め、本日の仕事に取り掛かるのであった。
新人二人の荷物整理が一段落ついたのを見て、穂高が声をあげる。
「いい時間になったので、お茶にしましょうか。雅さん、今日は紅茶を入れましょう。」
雅にお湯を沸かしてもらっている間に、他の特査メンバー丸テーブルについた。新人2人も空いていたイスに座り定位置を見つける。穂高が御茶菓子に焼いたシフォンケーキの準備が終わったと同時にセットしておいたポットが音楽を奏でた。ティーポットに茶葉を入れ、しっかり煮出す本格的な紅茶だ。このために棚にあった少々高価なティーセット。棚には日本茶器や、中国茶器もあったのでそのうち出てくるのだろうと想像した新人2人。同時に不思議な部署に来てしまったと思っていた。
紅茶を淹れ終わり、全員に行き届く。皆が、一口飲んだのを確認した穂高が口を開く。
「メンバーも増えたので改めて確認しましょう。特査、警視庁特務課特殊捜査係がどういう部署なのか。日向くん、君はどれくらい任務内容を聞いていますか?」
いきなり質問を投げられた日向は、驚きながらも問いに対する返答をする。
「特殊捜査、表向きにはすることの出来ない捜査をする部署だと聞いています。」
板についている警察官口調。模範解答のような答えが返ってくる。
「そうですね。表向きにはすることの出来ない捜査。本来ならば具体的に説明するべきなのですが、私一人ではできないのです。」
穂高の広角が上がる。優しさの中に、申し訳なさがにじみ出ている。そんな声だった。
「お茶が終わったら地下に行きます。特に何も持っていかなくていいので、覚悟だけしておいてください。」
意味深な言葉。場の全員が息をのむ。静かなお茶の時間が流れたのであった。
【蛇足】
〜人物ファイル〜
特殊捜査係係長:碇穂高特等
32歳・異例の若手係長に抜擢
情報処理担当:岡澤雅一等
27歳・パソコン関係で彼女の右に出るものはいない
特殊捜査担当:日比谷光一等
27歳・1係で暴力事件を起こして特査に配属になった
特殊捜査担当:一条出雲二等
25歳・防衛大卒の武闘派
新人:明石日向三等
20歳・警察学校首席卒業
新人:西宮あおい三等
21歳・頭脳明晰