8話
湿った風が通路を抜け、石壁に反響する。
探索で得た証拠を管理棟に提出した翌日。俺は再び銀狼の精鋭とともに浅層東域へ向かっていた。研究者のエリスも当然のように随行する。
(昨日の“閉じる音”。あれが偶然とは思えない。……誰かが確実に、ここで何かを隠している)
「副団長、進路は昨日の分岐からさらに東へ。未踏の枝道です」
先頭を歩く斥候が報告する。
「問題ない。そのまま進め」
シュナイダーが短く応じる。銀狼の行動は相変わらず正確だ。
◇
ほどなくして、通路が急に広く開けた。崩れた天井から差し込む光に、黒い影が動く。
「群れだ。二十……いや三十近い」
前衛が剣を握り直す。
鼠型に蜥蜴型、混成の小型魔物。数だけなら中層に匹敵する。
「前衛、二歩前! 側面、左へ回れ!」
シュナイダーの指示は速い。
後衛の矢が矢継ぎ早に放たれ、三匹を仕留める。しかし残りが一斉に押し寄せ、通路が塞がれる。
「崩れるな」
俺は低く告げ、指を軽く払った。風が足元を流れ、銀狼の動きを阻む砂埃を散らす。
側面の兵がその隙に飛び込み、蜥蜴型の首を斬る。前衛は二枚の盾で通路を固め、後衛の矢が隙間を突く。
鮮やかな連携。
それでも数が多い。
背後から二匹が回り込み、エリスに迫る。
「下がれ」
俺は指を鳴らした。爆ぜる風が二匹を壁に叩きつけ、肉片に変える。
「っ……ありがとうございます」
エリスが息を呑み、記録板を庇いながら下がる。
(やはり研究者は前に出るべきじゃない。……だが、彼女の観察が今は必要だ)
十分ほどの戦闘で群れは沈黙した。血と硝煙の匂いが濃く残る。
◇
「副団長、これを」
銀狼の兵が持ってきたのは、砕けた炉の欠片だった。
「粒子が細かすぎる……」エリスが眉を寄せる。
「まるで、意図的に削られたみたいに」
「自然に壊れた炉じゃない、ってことか」
俺の言葉に彼女はうなずく。
「誰かが“管理”している。魔物の成長速度を操作しているように見えます」
(やはりな。……昨日の箱や粉と繋がる)
◇
進むほどに、不自然な痕跡が増えていった。
壁に残る削り跡。石畳に敷き詰められた人工的な砂。
「ここ、通路が封鎖されてます」斥候が報告する。
崩落ではなく、石を積み上げて作られた“壁”。
「誰かがわざと閉じた……?」
エリスの声に俺は頷く。
「封鎖の音か」
昨日聞いた金属音が脳裏をよぎる。
「副団長、どうする?」シュナイダーが問う。
「無理に壊すな。痕跡だけ記録しろ。敵の狙いが見えるまでは動くな」
それは銀狼にとっても想定の範囲だ。すぐに記録が取られ、俺たちは別の枝道へと進む。
◇
次の小部屋で遭遇したのは狼型の群れだった。体長は大人の男ほど。牙は光り、目は赤く濁っている。
「十……いや、十五!」
「前衛、下がるな! 側面、角度をずらせ!」
シュナイダーの指示で陣形が動く。
狼型の一匹が跳びかかり、前衛の盾にぶつかる。すかさず後衛の矢が首を射抜いた。
別の二匹が側面を狙うが、シュナイダーがナイフで一閃し、さらに魔法で風を操り押し戻す。
「こっちに三!」
後衛が叫ぶ。
「任せろ」
俺は指を動かし、足元に風を滑らせる。狼たちの足が止まる。その瞬間、銀狼の前衛が三体を一気に叩き伏せた。
十数分の激戦の末、広間は静寂を取り戻した。
◇
「……これも偽化が進んでます」
エリスが狼型の炉を取り出し、指で撫でる。
「外殻が滑らかすぎる。自然に育った魔物じゃありません」
「浅層でこれか」
俺は吐き捨てるように言った。
「副団長」シュナイダーが近寄り、声を潜める。
「これ、東域だけじゃない気がする」
「同感だ。だが証拠を積み重ねるのが先だ」
その時、背後の通路から再び——あの金属音が響いた。
“閉じる音”。
誰もが一斉に振り向いたが、通路は静かだ。
「……追うな」
俺は短く言った。
「敵は誘導している。まだ狙いが見えない」
◇
探索を終え、地上に戻った時、伝令が駆け込んできた。
「報告! 西域でも……赤牙が同じ痕跡を発見!」
思った通りか。東域だけの問題じゃない。
こうなると、次の会議は全員参加になるだろう。
(七人全員が揃うのは面倒だ。俺は目立ちたくないのに、どうしても視線が集まる。……まあ、仕事だから仕方ないか)
閉じる音の残響はまだ耳から消えない。




