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8話


湿った風が通路を抜け、石壁に反響する。

探索で得た証拠を管理棟に提出した翌日。俺は再び銀狼の精鋭とともに浅層東域へ向かっていた。研究者のエリスも当然のように随行する。


(昨日の“閉じる音”。あれが偶然とは思えない。……誰かが確実に、ここで何かを隠している)


「副団長、進路は昨日の分岐からさらに東へ。未踏の枝道です」

先頭を歩く斥候が報告する。


「問題ない。そのまま進め」

シュナイダーが短く応じる。銀狼の行動は相変わらず正確だ。



ほどなくして、通路が急に広く開けた。崩れた天井から差し込む光に、黒い影が動く。


「群れだ。二十……いや三十近い」

前衛が剣を握り直す。


鼠型に蜥蜴型、混成の小型魔物。数だけなら中層に匹敵する。


「前衛、二歩前! 側面、左へ回れ!」

シュナイダーの指示は速い。


後衛の矢が矢継ぎ早に放たれ、三匹を仕留める。しかし残りが一斉に押し寄せ、通路が塞がれる。


「崩れるな」

俺は低く告げ、指を軽く払った。風が足元を流れ、銀狼の動きを阻む砂埃を散らす。


側面の兵がその隙に飛び込み、蜥蜴型の首を斬る。前衛は二枚の盾で通路を固め、後衛の矢が隙間を突く。

鮮やかな連携。


それでも数が多い。

背後から二匹が回り込み、エリスに迫る。


「下がれ」

俺は指を鳴らした。爆ぜる風が二匹を壁に叩きつけ、肉片に変える。


「っ……ありがとうございます」

エリスが息を呑み、記録板を庇いながら下がる。


(やはり研究者は前に出るべきじゃない。……だが、彼女の観察が今は必要だ)


十分ほどの戦闘で群れは沈黙した。血と硝煙の匂いが濃く残る。



「副団長、これを」

銀狼の兵が持ってきたのは、砕けた炉の欠片だった。


「粒子が細かすぎる……」エリスが眉を寄せる。

「まるで、意図的に削られたみたいに」


「自然に壊れた炉じゃない、ってことか」

俺の言葉に彼女はうなずく。


「誰かが“管理”している。魔物の成長速度を操作しているように見えます」


(やはりな。……昨日の箱や粉と繋がる)



進むほどに、不自然な痕跡が増えていった。

壁に残る削り跡。石畳に敷き詰められた人工的な砂。


「ここ、通路が封鎖されてます」斥候が報告する。

崩落ではなく、石を積み上げて作られた“壁”。


「誰かがわざと閉じた……?」

エリスの声に俺は頷く。


「封鎖の音か」

昨日聞いた金属音が脳裏をよぎる。


「副団長、どうする?」シュナイダーが問う。


「無理に壊すな。痕跡だけ記録しろ。敵の狙いが見えるまでは動くな」


それは銀狼にとっても想定の範囲だ。すぐに記録が取られ、俺たちは別の枝道へと進む。



次の小部屋で遭遇したのは狼型の群れだった。体長は大人の男ほど。牙は光り、目は赤く濁っている。


「十……いや、十五!」


「前衛、下がるな! 側面、角度をずらせ!」

シュナイダーの指示で陣形が動く。


狼型の一匹が跳びかかり、前衛の盾にぶつかる。すかさず後衛の矢が首を射抜いた。

別の二匹が側面を狙うが、シュナイダーがナイフで一閃し、さらに魔法で風を操り押し戻す。


「こっちに三!」

後衛が叫ぶ。


「任せろ」

俺は指を動かし、足元に風を滑らせる。狼たちの足が止まる。その瞬間、銀狼の前衛が三体を一気に叩き伏せた。


十数分の激戦の末、広間は静寂を取り戻した。



「……これも偽化が進んでます」

エリスが狼型の炉を取り出し、指で撫でる。

「外殻が滑らかすぎる。自然に育った魔物じゃありません」


「浅層でこれか」

俺は吐き捨てるように言った。


「副団長」シュナイダーが近寄り、声を潜める。

「これ、東域だけじゃない気がする」


「同感だ。だが証拠を積み重ねるのが先だ」


その時、背後の通路から再び——あの金属音が響いた。

“閉じる音”。


誰もが一斉に振り向いたが、通路は静かだ。


「……追うな」

俺は短く言った。

「敵は誘導している。まだ狙いが見えない」



探索を終え、地上に戻った時、伝令が駆け込んできた。


「報告! 西域でも……赤牙が同じ痕跡を発見!」


思った通りか。東域だけの問題じゃない。

こうなると、次の会議は全員参加になるだろう。


(七人全員が揃うのは面倒だ。俺は目立ちたくないのに、どうしても視線が集まる。……まあ、仕事だから仕方ないか)


閉じる音の残響はまだ耳から消えない。

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